084話-原因推測

「ユキ、一体どうしたの?」


 舞台のあった噴水広場から『部屋』へと移動した全員が不安そうな顔で俺のことを見つめてくる。



「皆、変なことを言い出すと思うけれど、事実として……聞いてほしい。そして力を貸してほしい」


 焦って何を言っているのか解らなくなる可能性があったので、まずは全員にそう伝えながら自分の脳内を整理する。



「俺達のメンバーなんだけど皆が今覚えている以外、もう一人エイミーという女の子が居る。さっきまでアイナたちと一緒に五人で歌っていたんだ。それが舞台が終わった途端忽然と消え、全員の記憶からも消えてしまった」


「……そんなことがありえるの?」

「私たちずっと四人だったよ?」


「リーチェ、じゃあ『君の色と私の色が』のパートは誰が歌ったんだ?」


「それはアイナ……じゃないね、ヴァル?」

「私じゃないよーっケレスちゃんじゃないの?」

「違う違う……私その次をアイナと二人だもん」


「「…………」」


 エイミーのソロパートだが、やはりそこを歌った記憶のある人は居ない。


「だ、誰のパートかわからない……もしかしてそれが?」

「そう、エイミーのパート部分だ……そしてさっきお客さんと話をしている間に忽然と消えてしまった」





「存在を隠匿されたか、消されてしまったかどちらかでしょうね」


 リーチェたちとの話をじっと聞いていたアイリスが手を上げ、全員の前に歩み出る。


「アイリス、存在を隠匿ってどういうこと?」

「そのままの意味ね。特定の範囲、特定の対象に対し、その人物の記憶や存在が認識できなくなる魔法」



「じゃあ存在を消されたというのは……」

「憶測でしか無いけれど、対象の人物をそもそも存在していない事にする……と考えるわね私なら」


 懐から古びた本のようなものを取り出したアイリスが、パラパラとページをめくりながら説明してくれたのだが……。


「アイリスの言い方だと、最初の隠匿のほうなら心当たりがあるような言い方なんだけど……」



「ある、というより知っているわ」

「それって誰かの魔技なのか?」

「いいえ、精霊魔法よ――しかも森人族ハイエルフしか使えない高度な術」


 精霊魔法というものを見たことがないが、アイリスに習ったことや城の図書館で得た知識によると、自分の魔力と自然界の力そのものを混ぜて発動させる魔法が精霊魔法と呼ばれている。

 自然界の力を使うため効果範囲は対個人ではなく対集団、または対範囲というものが多いらしい。

 わかりやすいところで言うと、特定の範囲を見えなくする結界や、そこにいるだけで体力がじわじわと回復するようなものもあるらしい。


 「らしい」というのは、精霊魔法を使えるのは殆どが森人族|森人族《ハイエルフ》で、彼らはあまり他種族とは共存せずひっそりと過ごしているため情報があまりにも少ないためだ。




「じゃあ、もしかしてコレはエイミーの仲間の仕業?」

「状況と推測でしかないけれど……」


「アイリス、この国の南にあったエクルースってどのあたりか知ってたら教えてほしい」

「大体の位置はわかるけれど地図をとりにいきましょう」


「ヴァル! この辺りの地図出せる?」

「はぁい、けど……材料が……」


「俺の血を使ってくれ!」

「えぇっ……そ、そんなことしたら」

「だけど躊躇してる場合じゃ無いんだ!」


 ここで彼女を見失ったら、もうこのまま会えない気がする。


 森人族ハイエルフの国、エクルースはこの大陸の南にある深い森の奥にあり、その存在は不可視の術で結界のようなものが貼られていたそうだ。


 だが当時は森で彷徨ってしまった人々のために入り口だけは誰にでもわかるようにしていたと歴史書で読んだことがある。

 それが前国王により滅ぼされ、散り散りに逃げ出した森人族ハイエルフたち。

 たとえ国をひっそりと再建していたとしても、次はもう人間や亜人には見つけることができなくなるだろう。



「ヴァル、頼む……俺の血を使って良いから急いでほしい」

「わ、わかった……でも流石にそれは出来ないわ。コレを使うわ」


 俺がコピーしてやった『収納』から、いつか見たことのある真っ赤な棺桶型のキーホルダーのようなものを取り出すヴァル。


「ほいっ!」


 そんな軽い掛け声とともにヴァルが指をかざすと、赤い棺桶がどろりと溶け床にべちょっと溶け落ちる。

 そしてじわじわと広がると徐々に形を変えていった。




「ここが首都ね、こっちの方が森だけどどのあたりかわかりますか?」


 血でできた地図を指差しながらアイリスに尋ねるヴァル。

 アイリスは場所を移動して、一つのエリアを指差した。


「この辺りね。ここの街道がここまで続いていて、この辺りからは道がないと思う」


「もし仮に、エイミーが何者かに連れられそこに向かっているのなら街道に沿って探すしかないけれど……」



 そもそも精霊魔法で見えなくなっているということすら憶測なのだ。

 その上、森人族ハイエルフに連れられエクルースがあった場所へ向かっているというのも確証は何もない。




「くそ……とりあえず六華とあと数人、エクルースへ向かわせるか」


 俺は六華と銀華、プラス三体の合計五人をこの大陸の南にあるというエクルースの国があった場所へと向かわせることにした。

 目に見える範囲で『転移』を繰り返せばそこまで時間はかからないはずだ。





「ユキ、可能性は低いけれど同じ森人族ハイエルフなら同族が発動している精霊魔法を感知できるかも」


 アイリスではなく、珍しくハンナが発言する。

 ハンナ曰く、種族にもよるが同族ならなんとなく気配のようなものを感じることがあるらしい。


 同じく森人族ハイエルフの使う精霊魔法も発動していることが『なんとなく』わかるかもしれないと言う事だった。

 だが……。



森人族ハイエルフ……って俺会ったことない……」

「そう……よね……森人族エルフ以外ほとんど見かけないものね……」


 実際街中にも森人族エルフはよく見かけるが他種族の血が混じっていない森人族ハイエルフは見かけたことがないらしい。




「ねぇ、ユキ……そのエイミーって、私たちも仲の良い人だったんだよね」

「あぁ……アイナといつも一緒にいたし、リーチェやケレスも仲良かったよ」


「でも、探そうにも顔もわからない……」

「何か手がかりがないか、私たちで広場でみんなに聞いて回ろうよ!」


「そ、そうね。顔は分からなくても名前だけでも探せるわ」

「ユキ! 私たちも探すから広場へ戻して。思い出せないけど一緒に舞台に立っていた仲間だもの……探さなきゃ!」



 アイナ、リーチェ、ケレス、ヴァルにクルジュに広場での聞き込みをお願いすることにして、念のため幻影も護衛のために付けておこう。

 これで出来ることと言えば、森人族ハイエルフを探す事……あとはそもそもどうやってエイミーのことをみんなが忘れてしまったかの原因究明だ。



「ねぇ………どうしてユキは、そのエイミーっていう娘のことを覚えているの?」


 アイリスがポロッと溢した言葉に全員がハッとなり、アイナたちも「確かに……」と視線を向けてくる。


「……確かにどうしてだ?」



 俺と他のメンバーの違い……この世界の人でないと言う理由は違うだろう。

 ヴァルもエイミーのことを覚えていないので今は関係はないはずだ。


 他に何か理由がある気がするとエイミーと過ごした数ヶ月のことを思いだしてみる。




「ユキってさ、そのエイミーと……色々と仲の良い関係になってたりする?」

「…………」


 アイナが言うようにそんなことが原因で俺だけが忘れていないのだろうか?

 だが、事実はどうあれ俺がちゃんとエイミーのことを覚えていることは事実だ。




「……まっ、良いわ。そー言うことなら私たちもますます気合入れなきゃね!」

「アイナ?」


「ほら、私たちだけでも先に聞き込みするから、お願い!」

「わ、わかった」



 俺はアイナたちを『部屋』の外へと出し、残ったアイリスとクルジュ、ハンナとヘレスと共にこれからどうするべきか作戦を練ることにした。



「でもユキ、もしあの森に向かったのだとすれば……わたしでも無事に辿り着けるか分からないわ」

「クルジュは行ったことあるの?」


「行ったというか……近くを通っただけなんだけど、深すぎて妙な魔獣の気配もするし、入りたいとは思わないわね」





 やはり現時点えはエイミーと同族の森人族ハイエルフを見つけるぐらいしか次の手が思い浮かばない。

 しかしこの世界との縁が深くない俺には森人族ハイエルフの知り合いはエイミー以外に心当たりが……あった。



「――いた!」

「見つかった?」

「いや、森人族ハイエルフかもしれない知り合いがいたことを思い出した! ちょっと行ってくるからみんなは宿でサイラスと合流して。あとヴァル経由で『ルミノックス』にも確認をお願いしておいてくれると助かる!」


「わ、わかった!」


「アイリスは他に何か心当たりがあれば、幻影残しておくから連絡を」

「わかったわ」


 急いで全員で『部屋』から出ると、アイナたちに一声かけてから『転移』で王城へと飛んだのだった。

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