014話-舞台初見学と衝撃的な話

 翌日。

 朝から雲ひとつない青空を見上げ、こっちに来てから雨を経験したことないなと考えながら目の前で繰り広げられている大道芸を見学する。


 場所は街の中央にある噴水広場。

 多くの人が行き交い、屋台のような建物がいくつも軒を連ねていた。




(人ってあんな動きできるんだ……)


 俺はみんなの大道芸を見学するため、野次馬の後ろの方から舞台を見ていたのだが、目の前で繰り広げられる光景にただ唖然としていた。


 木のパレットのようなものをを並べて作った簡易舞台の上では、リーチェが全ての指の間でナイフを構え、一斉にアイナへと投げつけた瞬間だった。


 アイナは避けるのかと思いきや、同じ数のナイフを投げ返し空中で衝突したナイフが全て地面に落ちる。




「いいぞー!」

「ママーあの人すごーい!」

「えっ、今何がどうなったの?」



 広場に集まった通行人たちが足を止め、徐々に観客が増えていった。


(さっきクルジュナもサイラスが投げたコインを全て矢で射って落としていたし)


 先ほど見た神業のようなクルジュナの姿を思い出していると、今度は座長が正面に出てきた。


(座長は……何をする気だろう)



 座長が持っているのは一本の剣。

 そして目を閉じ、手に持ったコインを数枚空中に投げた。



「――ふっ!!」



 短い呼吸とともに振り下ろされたのか振り上げたのかすら理解できなかった剣速。

 だが座長の足元に落ちてきたコインは全て割れていたのだった。



「……?」

「え? あっ……すご……」

「おおおっ! すげぇぞおっさん! 全然見えなかった」



 地面にチャリンと音を立て落ちたコインは全て二枚に下ろされていた。

 縦でも横でもなく、スライスしたように切れていた。



(みんな……練習ではあんな技見せてなかったのに……)


「おっ! お嬢ちゃん一人かい?」


 次は誰だろうと考えていると、突然隣のおじさんに声をかけられた。


「えっ? あ、はい……」


 俺はまた昨日のようなことになるのかと身構えたのだが、そのおじさんが手を上げて前に出ていくと座長と何かを話しをするとすぐに戻ってきた。


「ほら、記念品だ! あの人の技、すげえだろ」


 そう言っておじさんがスライスされたコインを一枚、俺の掌に載せてくれた。


(あ、普通にいい人……)





「あの人な、戦争で親を亡くした子供たちを引き取って、孤児院で育ててやってるんだ。そんでああやって、大道芸しながら稼いでるんだ」

「え? そ、そうなんですか……?」


 行き先のない者たちを預かってこの「荒野の星」という旅芸人一座をやっているという話は聞いていたのだが、孤児院の話は初めて聞いた。

 単純に「荒野の星」はこの大人メンバーだけで、座長の性格を考えると孤児院のようなものを世話していても変ではないなと想像する。


 だが、次におじさんの口から出た言葉は、俺の考えが全て真っ白になる斜め上のものだった。




「戦争中は敵のスパイだったっていう噂もあるんだがな……」





「――スパイ?」

「あぁ、あくまでも噂だけどな。それに敗戦国でスパイなんて意味がないだろう?」


「え、えぇまぁ確かに……」

「あの人、エイステインの街で小さな孤児院を経営しててな。知り合いが偶然見かけたそうなんだが、みんな幸せそうにしてたって言ってたんだ」



「孤児院……ですか」

「あぁ。偽善という奴もいるが、それでもちゃんと行動してるあの人は素晴らしいよ。だから俺は毎回こうやって見に来てる」



「……あの……その噂って」

「ん? スパイがどうのこうのってやつか?」


「はい……出どころは何処なんですか?」

「さぁなぁ……だが戦場でアイツと戦ったことがあるって言う兵士の話だったかと思う」



 確かに座長は違う国の出身だと言う話をしていたこともある。

 数年前に終わった戦争、この王国と隣の帝国の戦いだったそうだ。


 このおじさんの話を信じるなら、座長は帝国の兵士で戦争が終わってもこの国に残り、孤児たちの世話をしていると言うことになる。




「ま、昔のことはどうでもいいさ。今あの人らはああやって娯楽の少ないこの国で芸を披露してくれてる」

「そう……ですね」


 確かにこのおじさんの言う通り、昔は昔。

 今は俺もあの人たちに助けられてここに居ているのだ。


 ちょうど舞台では最後の芸が終わったのか、わーっと大きな拍手が起こったのだった。



――――――――――――――――――――


「お疲れ様です」


 俺は観客が小銭を箱に投げ入れるのを眺め、ある程度人が少なくなってからみんなの方へと向かった。

 チラリと見た箱の中には、いろんな種類の硬貨が溢れんばかり入っていた。




「あぁ、ユキ、どうだった?」

「みんな凄かったです……座長もあのコイン切ったやつ……どうやればあんな……」


「ふふ、それは企業秘密というやつだよ」


「ユキ、どうだったー?」

「ユキにもそのうち出てもらうからね!」


「ユキお疲れ様〜」


 座長と話してると、リーチェやケレス、アイナが次々と話しかけてくる。


(つまりみんなは親がいない……のか?)



 身内がいないという意味では俺も同じだなと考えながら、余計なことは考えないようにしようと一緒に片付けを手伝い始めた。





「あ、ユキそれはあっちの箱に」

「はーい」


 昨日、色々と精神的にヤバかったクルジュナも今日は朝からいつも通りになっていた。


「ねぇ……ユキ」

「な、なに?」


 箱に剣のようなものを仕舞っていると背後からクルジュナに話しかけられ、ビクッと振り返る。


「……どうしてそんなに怯えているのよ」

「え〜っと……そ、そんなことないよ」


「……まぁいいけど。それより昨日は……その、なにもしなかったよね?」

「なにも……って何が?」


「あ、あ、あの、わ、わ、私の、ま、まぼろしで、夜とか……」


 顔を真っ赤にさせたクルジュナだが、何を言っているのか分からなかった。




「ユキ、クルジュは昨日の夜、クルジュナをオカズにした?って聞いてるよ」

「――!?」

「――っ!!」


 ケレスは何の冗談を言っているのだろうかと思ったのだがクルジュナが両手で顔を隠して座り込んでしまった。

 つまりケレスの言うことは正しいようだ。

 

「するわけないでしょ!」

「えー……ユキいくつだっけ? そろそろそういうことに興味津々なお年頃なんじゃ」


すでに二十年前にその時期は終わってて今はバリバリ現役だとは言えない。

口が裂けても言えるわけなかった。


「そ、そうだとしてもそんな事しない……よ」

「ふふっ、そうだよね。ユキはそーいうことする子じゃないもんね~ちょっと返事が遅かったけど」


「あ、当たり前でしょ……」

「でもシたくなったら、ちゃんと声かけてね? クルジュでもいいし、私でよかったらいつでもいいよ?」


 ケレスがニヤッと淫靡な笑みを浮かべ、座り込んでいるクルジュナの首根っこを掴むと片付けに戻っていった。





「はぁぁ……」


 なぜかどっと疲れを感じ、大きなため息をつく。

 その様子を見ていたのかエイミーとリーチェが俺の肩をポンポンと叩いてくる。




「あっはっはっ、クルジュってばすごい思い込みが激しいからねー。でもイイ子だから許してあげてね?」

「許すも何も、逆に申し訳ない気持ちでいっぱいだよ……」


「ユキ、そ、そ、その時は、わ、私でもいいからね?」

「エイミー……ほら、馬鹿なこと言ってないで片付け! もう少しで終わるんだから!」


 結局俺もエイミーとリーチェの三人で大物の箱を片付けて、馬車に積み込む。

 小一時間が立った頃、広場はすっかり元通りになった。


――――――――――――――――――――


「さて、一度宿に戻ったら食事にでもいこうか」

「やったー! 久しぶりのお店ご飯だー!」


「リーチェのご飯も好きだけど、お店のご飯も美味しいのよね」

「ユキは苦手なものってある?」


 エイミーに質問されて、食べられないものがあったかなと考えるのだが特に思い浮かばなかった。


 ただ、トラウマという意味では一つだけ思い当たったことがある。


「お、俺は特には……あ、グロテスクなのはちょっと……」

「グロテスク……って何?」


「えっと、普通の人は食べないようなものとか」

「……? 普通の人が食べないものを食べるの?」


 リーチェがキョトンとした顔を向けてくるので「大抵のものは食べられるから」と返事しておく。


 決して説明が面倒になったわけではない。


(……昔食べさせられた脳みそ料理はダメだったな……あと虫とか……)


 昔、部長に連れられた居酒屋で出された時は衝撃だった。




「俺は肉があればなんでもいいぞ」

 

 ニカッと笑うサイラスは道中から焼いた猪のような獣の肉を食べている姿をよく見かけた。

 やはりあの巨体を維持するには野菜だけでは無理なのだろうか。




「私はお野菜があれば……お肉も好きですけれど」


 エイミーはサイラスとは逆で野菜を食べているシーンしか記憶にない。

 いつかの夜は、人参のようなものをスティック状に切ってポリポリと齧っていた。


(それはリーチェの役目じゃない? とか思ったんだよなあの時……)



「ではいつもの店にするか」

「はーい! 満腹亭だー!」

「わーい、今日は飲もうっ!」


 座長の言葉に面々が沸き立つ。

 一度宿に戻り荷物を置いてから食事に行くとのことで、俺たちは全員で馬車に乗り込み宿へと向かったのだった。

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