015話-うちあげ!

「着いたよ」


 座長を先頭にゾロゾロと宿屋から歩くこと十分程度。

 そろそろ日が落ちるという時間に「満腹亭」という料理屋に到着した。




 石畳の大通りに面した料理屋さんで、建物全体が丸太造りのお洒落な建物だった。

 通り沿いにはオープンデッキのテラス席もあり、すでに何人もの人たちが飲み物片手にワイワイと楽しそうな時間を過ごしていた。



 座長が両開きのガラス戸を開き、出迎えた店員さんに人数を伝えるとすぐに一番奥のテーブルへと案内された。


「すごい……いい匂い……!」

「んー! ここにくるといっつもこの店なんだよねー色々なお酒があるから」


 オレンジ色の炎が煌めくランプがいくつも店内に吊るされ、あちこちにステンドグラスのようなデザインの調度品が置かれている。


 ガヤガヤと騒がしい店内だが、その喧騒もいいBGMだった。




「私ワイン! ボトルで!」

「アイナ、飛ばしすぎないでよ?」

「わかってるよー、ケレス」


 座った瞬間に酒を頼むアイナ。

 他の面々はお水とお酒が半々ぐらいだった。


(さすがにビールは流石に無いだろうな……)



 俺はメニューの字が読めなかったので、周りの人たちが飲んでいるものを見回す。




「ね、ユキは何飲む? ジュース?」

「あ、そうですね……」

「えー、ユキも飲もうよー男の子なんだしそろそろお酒ぐらい飲まなきゃ」


 隣に座ったアイナが肩に手を回してきて、一緒に飲もうと誘ってくる。

 この世界では未成年の飲酒は許されているのだろうか。


(いや、そもそもそういう決まりごとが無いのかもしれない……ワインかぁ……)


 俺は元々、酒にはそれなりに強かった。

 この体がどうかはわからないが、飲めるとなると無性に飲みたくなってしまう。




「じゃ、じゃあ少しだけ……アイナ、分けてくれる?」

「とーぜん! あ、ケレスのウシュクでもいいよ?」

「んー? ユキ、ウシュク飲めるの?」


 アイナの向こう側に座っているケレスがバッと振り返り目を輝かせる。


(あ、あれは酒飲みの同士が見つかったっていう目だ……ウシュクってなんだ……?)



「いたっ! ケレスー! ツノ痛い」

「あ、ごめんアイナ」



「エイミー、ウシュクってどんなお酒?」


 アイナたちのことは置いておいて、俺は隣でメニューを真剣に眺めていたエイミーにこそっと聞いてみる。


「ウシュク? あーケレスがいつも飲んでるキツイお酒よね……えっとどう説明したらいいんだろう」


 エイミーは人差し指を唇に当て「んー……」と考え始める。

 最近わかったことだが、エイミーは考え事をしていると耳がぴこぴこと不定期に動くのだ。


 正直言って可愛い。

 

「エイミー、ユキ、ウシュクはウシュクベーハと言って、生命の水と呼ばれているものだ。穀物を煮て、酒精だけを取り出したキツイお酒だよ」


(――っ! ウイスキーだ!)


 座長の話を聞いてやっと理解した。

 まさかのウイスキーがあるとは思わなかったが、ウイスキーがあるならビールもある気がする。




「あの、座長、ビールっていうお酒はあるんですか?」

「ビール? 私が頼んだビベーレじゃなくて?」


 今度は座長の隣にいるアイリスが反応してくれた。


(ビベーレ……って、確かラテン語で……あ、それだ!)


 俺は心の中でガッツポーズをして、アイリスが頼んでいたビールもとい、ビベーレを頼んでもらった。


 (なんでラテン語なんだろう……そう言えばアイナの魔技なんてドイツ語ぽかったし……)


 そもそも言葉が通じるだけでアレなのだが、ともあれ全く知らない文字を羅列されるよりは理解しやすいので、細かいことは考えないようにする。



「へーユキ、お酒飲むんだぁ……意外」

「大人ぶっちゃって……」


 先に出されたハーブティーを飲みながら、ヘレスとハンナがジト目を向けてくる。

 なぜか毎回突っかかってくるこの二人も悪気があるわけじゃないのはわかっているのだが、いつもやられっぱなしなのも癪だ。


「昔……お父さんが飲んでて……思い出で……」


 俺は少し俯いて目元を前髪で隠してボソっと呟くと、その効果は抜群だった。


「あっ、ご、ごめんユキ、そ、そんなつもりじゃ」

「そ、そうよね、そういうのって大事にしなきゃね! あっ、ごめんねユキ、泣かないで?」


 泣いてないよと心で答えながら「大丈夫だよ」と返事すると、背中を誰かにちょんちょんと突かれた。

 何が当たったのかと背後を振り返ると、アイナの尻尾が俺の脇腹をつついていた。


 チラリとアイナに視線を向けるとニヤッと笑われた。

 反対側のエイミーも「程々にね」とボソッと言うので、バレバレだったようだ。



――――――――――――――――――――



「お待たせしましたー!」


 店員さんが三人がかりで飲み物や大きな皿に盛られたオードブルのようなものを運んでくる。


「うわ、美味しそう」

「ご飯きたー!」


「アイナ、乾杯が先だよー」


 リーチェとエイミーがそそくさと立ち上がり店員さんから飲み物を受け取り全員に配って回る。


 アイナの目の前にどかっと置かれたのは俺が知っているフルボトルサイズよりさらに一周り以上大きなデカい瓶。



(……あれF1レースの表彰台で見たことあるサイズだぞ……って、あの樽なに?)



 店員さんからリーチェが受け取ろうとして、座長が制して代わりに受け取った木樽。

 座長が両手で持ってギリギリのような、鏡割りで使われるものと同じぐらいの木製の樽だった。


 それを座長は徐にアイリスの隣にどかっと置く。



「えっ……っ……?」


 あまりにもおかしなサイズに言葉を失う俺。

 まさかあれがビールじゃないよなと内心で祈っていると、サイラスが同じ樽を持って俺の方へと向かってくるのが見えた。


「ほら、ユキ! お前なかなかイケル口なんだな」

「ユキ、無理して全部飲まなくていいからね?」

「ユキってば、ちっこいのにさすが男の子だね!」


 ジョッキ何杯分あるのか考えたくもないサイズの中を覗くと、茶色い液体が並々と入れられていた。


(まじかー! ビールってこのサイズなのか!)


 こんな世界だし、キンキンに冷えたビールは期待していなかったが、まさかこれは想像していなかった。

 俺の目の前に置かれた、こっちもまたありえないサイズの木製ジョッキ。


(大ジョッキよりデカイ……)


 アイリスを見習い、俺も樽にジョッキを突っ込んでビールを入れた。





 そしてそれぞれが頼んだ飲み物が届いたらしく、座長が乾杯の挨拶を始めた。


「では、この街であと三回の公演を予定しているので、みんな頑張りましょう!」

「はーい! かんぱーい」

「乾杯!」



 各々が飲み物が入ったグラスやコップを掲げ、ゴクゴクと飲み始める。

 俺も久しぶりのビールだと内心感動しながら、席の横に置かれた木樽のことは考えないようにしてゆっくりと口に含む。


(う……ぬるい……けどうまい!)



 ゴクゴクと喉に流し込み、ジョッキの半分ぐらいまで一気に飲み干してしまう。




「ぷはー……美味い……こんなに美味しいって思ったのに久しぶりだ……」


 思わず口からおっさん臭いセリフが出てしまったのだが、これはもう仕方がない。


「おお……ユキやるねぇ」


 アイナが隣から感嘆の声を上げるが、アイナはワインボトルにそのまま口をつけて飲んでいた。

 しかもその中身は既に半分ぐらいなくなっていた。

 ついでにアイリスは既にビール二杯目に突入したいた。




「ユキ、これも飲むー?」


 そう言ってワインボトルを差し出してくるアイナ。

 グラスはないのでそのままラッパ飲みしろと言うことだろうか。


 ワインもそれなりに好きなのでありがたく頂戴して一口飲んでみる。


「……渋い……けど美味しい」

「おっと、これの味がわかるなんてユキもしかして酒飲み?」


「ユキってたまにアイナみたいだよね。おおらかというか……大雑把というか……」


 果実酒のようなものをちびちびと飲んでいたエイミーだが、それはどういう意味なのだろうか。

 俺がチラリとエイミーに視線を向けた隙にボトルに手を伸ばし、再びゴクゴクと飲み始めるアイナ。


(あ……あー……間接キス……的な)



 全くそのつもりは無かったのだが、気付いてしまい妙に恥ずかしくなってくる。

 アイナは全く気にしてる素振りはなく、店員さんに追加を頼んでいた。





「さぁ、食事の方も冷めないうちに頂こう」


 アイナと同じワインをワイルドに飲みながら、座長がさらに盛られた肉に手を伸ばしていく。

 他の面々も自分のペースで次々と皿に取り分けて、口へと運んでいた。


 皿の上に盛られた何かの肉。

 ローストビーフのようなものと、明らかにジャガイモのフライ、それにチーズがが大量に載っていた。


 俺も一杯目のジョッキを開けて、肉とポテトと小皿に取り分ける。


「あ、リーチェこれ食べる?」

「あーっ、だべるー! エイミーも頼むよね?」

「うん! 私も欲しい!」


「お、サイラス、芋食べるなんて珍しいわね」

「ケレスこそ、今日は肉の気分なのか?」

「たまにはね!」


 全員でガヤガヤとした食事風景を眺めながら、肉とポテトをビールで流し込む。


 心底平和で、心休まる時間。

 俺は、手元のジョッキに入ったビールを眺めながら、いつまでもこんな時間が続けばいいなと思ったのだった。





 だがこの後、その考えを後悔することになるとはこの時の俺はまだ知らなかった。

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