016話-飲んでも飲まれるな

「ちょっとユキぃ! 聞いてる? だから、ほら、エイミーも言ってやってよー」

「アイナったら、ちょっと飲み過ぎよ。ほらユキ、私の膝に座りなさい?」


「あー! サイラス何寝てるのよ! 起きろーウシュク流し込むぞー!」



 あれから何時間経ったのだろうか。

 あんなに居た他の客は既に居なくなっており、しんと静まり返った店内でこの一角だけが騒がしい。




(う……流石にビール飲み飽きた……)


 まったく終わる気配のない宴会。

 店に来たのは夕方。

 感覚的に既に深夜を超えている気がする。




(違う! いつまでも続けばいいって断じてこういうことじゃない!)




 接待でいろんな飲み屋に連れ回された日のことを思い出しながら、最後の一杯となるビールをジョッキに注ぐ。


(せめて……冷えたビールがいい……体あっつい)


 それもそのはず、先ほどからアイナが背中から抱きついており、むにむにと胸が当たっているのも気にならないぐらいに熱い。


(猫の体温は高いっていうけど……アイナ熱い……) 


 両手で持ったままのビールがますます温くなっていく。




(くそー冷えろー!)


 半分ヤケクソで手に魔力を通すと、ふわっと冷気が漂い、ジョッキの中に小さな氷の粒がぷかっと浮かんできた。


「あ、できた……」


 先ほどから魔力で氷でも出せるかなと思い、こっそり練習していたのだがついにできた。

 俺はジョッキに口をつけると、確かにキンキンに冷えているビールが口内へと流れ込んでくる。


(うおー! シャリシャリのビールうめぇ!)




 この世界の魔法は想像力と心の理解力だと習った。

 だからこの世界の人は水は出せても物を冷やしたり、凍らせたりできる人は北国に住んでいる人以外はほとんどいないらしい。




(凍るっていう概念が理解できりゃ簡単にできるようになるんだろうな)


「あれ? ユキ、いま魔力使ったぁ〜?」


 背後からアイナが顔を肩に置いて頬にすりすりと頬ずりしてくる。


(……柔らかいしいい匂いする……)


「えっと、ビール……じゃない、なんだっけ? ビベーレ? 温かったから冷やしたんだよ」

「え〜すごいねー魔法ってお酒も冷やすことできるんだぁ~えらいえらい」

「……!?」


 アイナがまたしても俺の顎をこちょこちょと撫でてくるのだが、アイナの一言で眠っているサイラスとハンナたち以外、飲んでいた全員の視線が俺の方を向いた。





「えっ……? ど、どうしたの?」


 テーブルに突っ伏していたアイリスですら顔をパッと上げて俺に驚いた顔を向けてくる。


「アイリス……よだれ……」

「あっ、ご、ごめん」


 慌てておしぼりで顔を拭くアイリス。


(かわいい……)




「ユキ、いま酒精を凍らしたのかい?」

「えっ……と、はい……飲みます?」


 ビールを少しシャーベット状にしただけなのだが、そこまで驚くことなのだろうか。


 アイリスの授業では、物を凍らせることができる人はそれなりに……北国にはいるのなら珍しくはないはずだが。

 俺からジョッキを受け取った座長が、シャリシャリになったビールを眺めて、口をつける。




「……冷たい……確かに少し凍っている……」


 その様子を物珍しそうに眺めていた面々が、ガタッと立ち上がる。


「えっ、えっ……と……みんな……なに?」


「ユキ……わ、私のも冷やして……!」

「あー、アイリスずるいー私のもお願い!」


 そう言って次々とグラスを差し出してくる。

 アイナはワインボトルを背後から差し出してくる。


 俺は仕方なく、全員のグラスを両手で包み込んで冷やしていく。




「ケレスの……このウイスキーじゃなくて……えっと、ウシュク? これ人肌の方が美味しいと思うんたけど」

「えー、でも冷えたのも飲んでみたいー」


「少しだけ冷やして、氷を作って入れるとかは?」

「あっ、それもいいね! どっちもぉ〜」


 ケレスからでかいグラスを受け取り、まずは中に入っているウィスキーを冷やす。


 ふわっと冷気が漂い、グラスが少し曇る。

 次に水が入ったグラスを受け取りグラスを傾けて中の水を凍らせた。


「おお……すごい……氷だぁ~」


 そしてグラスを傾けちゃぽんとウイスキーへと入れてから、ケレスへと差し出した。


「ユキ、ありがとぉ〜」


 受け取ったグラスを片手に、背後に回ったケレスがアイナをどかせて首に抱きついてくる。


「痛っ、ケレスツノ痛い……てか、熱い」

「もう、アイナずっとこの特等席じゃない。たまには変わってよー」




 二人が俺の背中の取り合いを始めるのは気にしないようにして、ずっと俺の手元を観察していたアイリスと座長に視線を送る。


「ねぇ、ユキ、どうやったの?」

「聞かれると思ったんですが、前も伝えたように水を構成している分子っていう目に見えない物体の動きを止めると固まり始めるんです」




「それは前も聞いたわ……でも水を氷にできる人でも、お酒を凍らせることはできないの」

「え……そんな……あ、そうか、アルコールの凝固点……」



「アルコール? 凝固点?」

「ふむ、ユキ、よかったら我々にも教えてくれるかい?」



「はい、別に隠すようなことでもないので」



 酒精と言われている酒の成分が、俺の知識ではアルコールという物質だということ。

 そしてそのアルコールは水に比べて、凍るために必要な温度が水より低く、濃いほど凍るために必要な温度が低いことを伝えた。




「えっとつまり水を凍らせる時より、さらにもっと冷たくする必要があるということ?」

「そうです、その理解でいいと思います」


「ユキ、やはり君はすごいね」

「ど、ど、うしましょう座長、これ魔法学会に出せば表彰されるんじゃ」


 アイリスがメモ帳に必死に俺が話したことをメモしているのだが、表彰は言い過ぎだろう。

 そもそも北極点に近い国だと酒も普通に凍るはずだ。




「あ、あの、とりあえずこの話は置いておいて、そろそろ帰りませんか?」


「まだ夜は開けてないよユキ、さぁ何を飲もうか」

「ふふっ、みんな氷ができたから飲み直す気満々ね」


 そう言って、ビールジョッキを無言で差し出してくるアイリス。

 俺は無言でジョッキを受け取ると、中をシャリシャリにしてアイリスへ渡した。

 

 俺からジョッキを受け取ったアイリスは心底嬉しそうな顔で、ビールに口をつけゴクゴクと飲み始めたのだった。



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