027話-俺は誰?


「ほら、入れ!」


 兵士に引きづられながら何度も石段を登らされ、連れてこられた部屋。


 悪趣味なデザインの家具や壺が所狭しと並べられており、中央に巨大なベッドが置かれた部屋だった。


 窓は一つも無く、何に使うのか考えたくもない道具類が壁に並べられていた。



 俺は他の女の子たちに矛先が向かないよう、グノワールの趣味に合うようになるべく反抗的な態度を取り続けることにした。


 その結果、歩いているときも後ろから何度も押され続け、何度も転び、ここにつく頃には膝の皮膚は破け赤い血が流れ落ちていた。


 そして最後は部屋の扉が空いた途端、中へと蹴り入れられた。




「ふふふ……遅いぞぉ……」

「はっ、申し訳ございませんでした」


 部屋のベッドの隣に置かれた椅子にグノワールがガウンのような服を着て待ち構えていた。

 全身を舐め回すような気持ち悪い視線で一気に鳥肌が立つ。



(しかもこの部屋くせぇ……お香の匂いか?)


 見たところ香炉のようなものは無いが、部屋の中には甘ったるいフルーツのような花のような匂いが立ち込めていた。




「じゃぁ早速頂くかぁ……ふへへへへ……お前はもう戻っていいぞ」

「グ、グノワール様、確認はしなくてもよろしいですか?」


「ふは、こんな小娘に魔技が使えるとは思えん。魔封はデカイから楽しむとき邪魔なのだ」


 よかった。

 これでまたベッドにギチギチに縛り付けられたらどうしようかと思ったがなんとかなりそうだ。


「グノワール様。こいつも暗殺者の一味です。どんな魔技を持っていても不思議ではありません」

「……確かにそうだなぁ」


 兵士が俺の首根っこを掴み、容赦なくベッドへと放り投げられた。

 俺はベッドの上ですぐ座り直し、ギリッとグノワールを睨みつける。


「転送系と攻撃系の魔技封じは施されていますが、それ以外の魔技を持っていれば面倒ですので……」


(くそっ、こいつ余計なことを……! しかも転送系と攻撃系を封じる? それじゃぁこいつを殺せないってことか……!)

 

 攻撃系が駄目なら、魔封を付けられる前にさっきの鎖でこいつらを縛り上げる!




 俺は出したままの手帳に視線を向け、すぐさま『魂の束縛オプリガーディオ』を『実行』したのだが……。


(…………発動しない!?)


 いつもならこれですぐに効果が出るのだが、何かが起こる様子がまったくない。


(くそっ……この魔技、もしかして攻撃系なのか……!? やばいやばい……近寄るな気持ち悪い!)



 グノワールがガウンを脱いで素っ裸でベッドの上に登ってくる。

 兵士が俺の両手の枷を外し、ベッドに取り付けられたどす黒いシミが付着している首輪を手にとった。



(やばい……ヤられる――こうなったらアイナの身体強化でここから逃げ出す!)


 そう思い、開かれたままのページに視線を向けると、そこに見たことのない文字列が新しく書き込まれていたのに気づいた。





(……『愛 のリーベ・ 虜グファン』……? なんだこれ……もしかしてグノワールの魔技か?)


 効果もなにもわからないが、字面だけで判断するなら人を虜にするものだろうか。

 虜というのが、好かれるだけなのか、命令を何でも聞く奴隷になるのかはわからない。


 だが悩んでいる間にも兵士が首輪を開き、俺の首を押さえつける。


(くそ……発動しろ! 『愛 のリーベ・ 虜グファン』!)


 魔封を付けられてどうしようも無くなる前に、試せるものは全て使うの精神で俺はその魔技を発動させた。


(うわ……くさっ……くない……? これは……香水?)


 手帳がふわっと消えた瞬間、俺の首筋あたりからモワッとラベンダーのような優しい香りが広がった。


「ぁ……」


 丁度、首輪をはめようと顔を近づけていた兵士が一瞬、小さなつぶやきを零して手をピタッと止めたのだった。





(これは……効いたのか?)


 足元を見るとグノワールもベッドの上で四つん這い姿勢のまま、目をボーっとさせているのが見えた。


「……よし!!」



 俺は直ぐにベッドの縁に顔を擦り付け、なんとか猿ぐつわを外す。

 この二人が今どういう常態なのかわからないが、希望は見えた。



「と、とりあえず……服を着ろ」

「はい……承知いたしました」


 俺の言葉を聞いて、グノワールがベッドに脱ぎ散らかしていた服をごそごそと着始める。

 問題なく俺の命令で動いているようだった。


 恐らくこの部屋に充満している匂いが、グノワールの『愛 のリーベ・ 虜グファン』だろう。

 そして俺がその影響を受けて使えるようになり、手帳の力で強化された同じ魔技が使用者本人をも隷属させた。


(けれど、制限時間があると厄介だ……手早く済ませよう)


「グノワール……お前の魔技について説明しろ」

「はっ……私の魔技は体臭を香りに変え、周囲の人物を傀儡にするものです」


「効果時間は?」

「一度効果が出れば、離れても1日は……それに近くにいる限りは持続します」


 グノワールの説明で、時間制限という憂いの一つは潰せた。

 もはや王手をかけたも同然だ。


 あとはこの男に命令させてみんなを牢から出させたあと、こいつを捉えれば終了だ。

 だがその前に、どうしても聞いておかなきゃならない事があった。



「なぁそこの兵士のおっちゃん」

「はっ……なんでしょうか」


 こちらも問題なく俺の言うことを聞いてくれるようだ。


「エイミーを……あのエルフの女の子を殴ったか?」

「……はっ……抵抗しましたので私が――ぐぎゃぁぁっっっ」


 エイミーを傷つけた犯人がわかったので、仕返しに椅子で殴りつけた。


(ちっ……魔法で攻撃できないのは不便だ……なっ! っと)


 倒れた兵士に更に追い打ちとばかりに顔面を集中的に椅子で殴りつける。

 俺が椅子で兵士を殴り続けている間も、グノワールはベッドの隣に起立したままじっと立ったままだった。




 俺はグノワールを跪かせ、ベッドにあった手錠で自分の両手を固定するように命令する。

 そして最後に魔封の首輪をはめさせた。



(まぁ……これで……ミッションコンプリート……いや……座長とアイナ、ケレスの仕返しをしなきゃ)


 結局座長が誰にやられたのか聞きそびれたが、恐らくあのローブ姿の鎖使いだろう。

 ただの鎖でアイナや座長がやられるとは思わなかったが、油断は出来ない。


 安心した俺はあたりを見回し誰も居ないことを確認する。

 そしてベッドサイドで跪いたままのグノワールに、質問をぶつけた。



「……実験ってなんの実験だ?」

「そ、それは……子供の体に……神を……人ならざるものを宿らせて……手駒に……」


「は? 神……?」



 何を馬鹿げたことを言っているんだと思ったのだが、この世界には魔法もあるし獣人もいる。


(……神が居ても可笑しくない……のか……?)



 グノワールの説明にはわからないことが多々含まれていたが、神を召喚して奴隷の子供に宿らせる。

 成功すれば神の絶対な力を使えるようになる――そういう寸法らしい。



「失敗すると?」

「死んだ子供は……実験場近くに生息しているワームに食わせています」


「成功したのは?」

「まだ成功はしていません……全員死んでいます」


 つまりこいつは本気で神の力を手にしようとしたとでも言うのだろうか。


 身寄りのない子供を依り代に実験を行いつづけ、失敗したものはワームに食わせて証拠隠滅。

 成功したことがないということは、今まで何人の子供が犠牲になったのだろう……。




「今までに何人を……お前は欲望のままいたぶって飽きたら実験に使って……」

「実験用には手を付けていません……気に入った子供だけ……」


「しるか!!」


 腹が立った俺は、ついグノワールの顔面を蹴飛ばしてしまった。

 首輪をつなげたままなので、倒れることも出来ず呻き声を上げるグノワール。




「あれ? …………ワームに食わせて? おい、実験場ってエイスティンっていう所からこのローシアに向かう途中の街道の近くか?」




「ローシア街道の森の奥です」

「まじ……かよ……最後の実験はいつで、どんなやつだ?」


 嫌な予感しかしない。

 こいつの話を信じるなら――その時に実験で捨てられワームに食わした子供というのは……俺なのだろうか。



(この体に「俺」が憑依させられて、この体の持ち主はもう死んだ……俺は……「俺」は誰なんだ……)



 だが俺は神でもなんでもない。

 ただの人間だ。


 俺の魂をこいつが奴隷に憑依させた……?

 顔や背中に嫌な汗がダラダラと流れてくる。


 俺はこの世界に転移したわけでもないし生まれ変わったわけでもない。

 気づいたらここに居た。

 自分の姿も全く知らない、女の子に見間違えられそうな男児。


 


「十日とすこし前……金髪の女と、銀髪の男です……――ぐばっ!!」


 そこまで話したところで、グノワールの頭部が突然目の前で破裂した。

 破裂したというより、頭と腹がえぐり取られたようになっていた。

 

 それはまるで昨夜の座長やアイナの傷と同じようなものだった。



「――っ!?」

「まったく、ベラベラと……」


 俺がバッと振り返った先に立っていたのは、カイルと呼ばれていたローブを被った鎖使いの男だった。

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