026話-作戦

「うっ……いったぁ……」


 突然全身に激しい痛みを感じ、強制的に意識が引っ張り起こされる感覚。


「――!!」

「ユキ!」


 あれからどれくらい経ったのだろうか。

 痛みを堪えて目を開けると、兵士のような格好をした男が片足を上げているのが目に入った。


 先程の痛みはどうやらこの男に蹴られたらしい。

 やり返してやろうと思ったところで、全身が赤黒い鎖で簀巻きにされているのだと気付いた。



「ふん……やっと起きたか……」


 男はそれだけいって扉から出ていった。

 正直、これからボコボコにされるのかと身構えていたので、ほっとため息をつく。




「ユキ、大丈夫?」


 その声に首を動かして左右を見ると、全員が壁に鎖で繋がれていた。

 アイナもエイミーの隣に繋がれているが、まだ意識が戻っていないようだ。


 エイミー、座長、サイラス、ケレス、クルジュナ。

 それにアイナ、リーチェ、アイリス、ハンナにヘレスと、全員がこの部屋に捕まったようだ。


 俺以外は、手枷を付けられバンザイの状態で壁に繋がれ、首から伸びた鎖も壁につながっている。

 足首に枷もはめられており、なんとかギリギリ床に座っている状態だった。




(俺だけ背が小さいから捕まったときのままか……)


 全員、どれだけの時間繋がれているのかわからないが、体力的に相当苦しいだろう。

 ちらりと見えたリーチェの手首からは血が滲んでいるのが見えた。




「俺は……だいじょうぶ。みんなは?」

「みんな大丈夫よ。アイナはまだ起きないみたいだけど」


 ニッコリと微笑むエイミーだが、その左頬が真っ赤に腫れているのが目についた。

 それは誰かに殴られた跡のようだった。


 アイリスも魔力が無いためか、今にも倒れそうな表情だ。

 それでも全員、心配をかけまいと「私は大丈夫」と俺に微笑みかけてくれる。


(……ハンナもヘレスも頬に泣いた跡がくっきり付いてるじゃないか……)


 全員の悲惨な様子に胸が苦しくなってくる。

 だが身動きが取れないため、暴れることも、寄り添ってあげることもできない状況に奥歯を噛み締める。


「あれから……どれぐらい経ったの?」

「多分翌日の夕方ぐらい……かな」


「……ユキ……巻き込んでしまって申し訳ない。エイミーにハンナとヘレスも……すまない」


 座長が小さな声を漏らす。

 その悲壮な声に思わず涙がこぼれそうになる。


「座長、俺は大丈夫です。それより……これからどうなるんでしょうか……」


「ヤツは……この街一帯を治めている貴族グノワールは表向きこそ優良貴族なのだが、その本心は醜悪だ。取り調べをして解放されるとは思わない」


「…………」


 表向きは優良貴族、だが実は狡猾で残虐。


 座長の調べた範囲では、近辺から身寄りのない子供たちを拐って、死ぬまでいたぶるのが趣味らしい。

 その上で、余った子供を使って怪しげな実験をしていると言っていた。





「おそらく……我々は拷問でも受けて闇に葬られるだろう。女はその前に慰み者になる……がね」

「私はっ……私はそんなことされるならギリギリまで藻掻いて……だめなら舌噛んで死ぬわ」


 クルジュナがギリッと歯を噛み締めながら言うと、ケレスとリーチェも「私も……」と続ける。

 エイミーとハンナ、ヘレスはただ涙を堪えてた表情をしているだけだった。





「でも座長は王様からの依頼を受けているんですよね……しかも貴族なのに……闇に葬るなんてこと」


「ユキ、人は簡単に死ぬ。連絡が取れなくなったら死んだと思われるのが普通だ。魔獣、悪党、事故……死体が見つからなければどうなったかなど調べようがないからな」

「……座長の魔技で逃げられないんですか?」


 座長の魔技『全ては夢の近くアレス・トラオムナーエ』は移動系と言われているものだ。

 それを使えば、こんなところから逃げ出すのは造作もないように思われたのだが……。


「この鎖が魔封だよ……」


 魔封――。

 以前座長に教えてもらった犯罪者を拘束するための鎖。

 これに触れてると魔力が使えなくなるという代物だそうだ。


「…………」


 どうやら完全に八方塞がりということらしい。

 身動きが取れず、一人ずつなのか全員なのか分からないが、いたぶられ殺されるのを待つだけの時間。


 座長以外、誰も言葉を漏らさずハンナとヘレスの鼻をすする音だけが牢内に響く。




(くそっ……なにか逃げる方法は……あ……)


 その時、例の怪しげな魔具店のカーミラさんにもらった錠剤のことを思い出す。

 魔封をされていても一度ぐらいは魔技が使えると言われた代物。


(……でも、もしも……)



 俺のあの手帳。

 魔技なのかどうかハッキリしていないが、あれは「手帳を出す」というアクションのあと「魔技を使う」という二段階。


 仮に「手帳を出す」だけであの錠剤の効果が尽きてしまっては意味がない。


(……迂闊には……使えない)


 だがこればかりはどうしようもない。


「助かる道は……」

「貴族グノワールと関係者を始末する……それしか方法はない……だろう。逃げたとしても、昨夜と同じように見つかれば一網打尽だな」


「あの鎖野郎が厄介よね……どうやって私たちを……」


 ケレスが悔しそうにギリッと奥歯を噛み締める。

 折れた片方の角が痛々しい。


 ケレスはあのとき、周囲の魔力反応を探っていたらしい。

 だが感知できなかったのは、自らを魔封で封じていたからだろうと言う。




「俺たちの位置がわかった理由は?」

「それが一番わかんない……時間が掛かったのを考えると、魔力で目印でもつけられたのかもしれない」


 敵の戦力がわからないのが一番厄介だ。

 逃げるにせよ反撃するにせよ、対策が練れない。


 俺の手帳でこの鎖を外して座長の魔技で逃げても探し出される。


 クルジュナやアイナたちで反撃したところで、一度やられているのだ。

 再び返り討ちにされてしまう可能性がある。




(例えば俺が敵の懐に潜り込んで敵の情報を持ち帰れば勝率を上げられるか?)


 そんなことがただの一般人だった俺にできるのだろうか。


(いや、俺には俺が出来ることをやるしか無い。何もせずアンナやエイミーたちが……おもちゃにされるなんて我慢できない)


――ガチャリ



 そんなことを考えていたら突然牢の鉄扉が開かれた。

 牢屋の中に緊張が走る。


「暗殺者の諸君……グノワール様だ。控えろ」


 先ほどの兵士と背後からいかにもという風態の男が牢へと入ってくる。


「なるほどなぁ、こいつらが……ね。確かに上物揃いだなぁ、ふへへへ」




 ニヤニヤと笑うグノワールとやらの舐め回すような視線が心底気持ち悪い。


「取り調べを行いますか?」

「いや、女の味見が終わってからだなぁ〜じゅる」


(気持ち悪っ……)




 グノワールは品定めをしているような目つきで、気絶したままのアイナから順に顔を近づけていく。


(クルジュナとケレスがゴミ屑を見るような目で……ゴミ屑だけど……)


「獣人は、ヤりつづければ従順になるが……エルフもいいなぁ……耳を切り落とすといい声で泣くんだよなぁ」




 わざと聞こえるようにしているのか、言葉の一つ一つが殺意を覚えるものばかりだ。


「ふへへ、やはりそっちの威勢が良さそうな女かなぁ……もっと若い方がいいが……泣き顔に変わる瞬間が堪らんだろうなぁ」


 なるべくなら一生関わらずにいたいような男だが、みんなの為に俺はできることをやると決めたのだ。


(こいつ絶対ロリペドだ……なんとかこっちに気を持たせれば!)


 俺はなるべく憎悪を込めキッとグノワールを睨み付ける。


「ん〜? こいつはどうしたんだぁ?」

「はっ、小さすぎて枷が抜けるために、カイル様の魔技で縛ってあります」


(カイルってのは、あのフードの男の名前か……?)




わたし・ ・ ・のことを気持ち悪い目で見るな、おっさん。死ね」


「ふへへ……威勢も良さそうだなぁ。お前……どこかで見たことがあるが……よし、今日の夜食は決めた……運んでおけ」

「はっ」


 拍子抜けなほどうまくいった。

 女の子の見た目で良かったと思った反面、男とバレた瞬間に首をはねられるぐらいならいいが「可愛けりゃOK」という一番恐ろしいパターンにハマったらどうしようかと思ってしまう。




 これで……もしダメでも少しは時間が稼げる筈だ。

 あとは隙を見て一か八か手帳を使って……。


「ユキ……!」

「ユキ」


 そのまま連れて行かれるのかと思ったが、兵士は一度牢から出て行き扉が閉められた。




「座長、みんな聞いて。エイミーもリーチェも泣かないで……」

「……ぐすっ」


「多分俺が一番なんとかなる確率が高い……です。座長の魔技も使えます」


 この魔封さえ外せれば、最悪一度全員で逃げて体勢を整えることもできるだろう。


「でもユキ……もし……何とも……ならなかったら……」

「その時は……ごめんなさい。でも俺は俺ができることをやるから。最後まで足掻いてみんなのこと助けるから」


「うぇぇ……ユキ……だめ……だめだよ……」

「エイミー、アイナが起きたら……フォローしてあげて」


 エイミーが涙をぽろぽろこぼしながら口をキュッと結んでコクンと頷く。




(全く作戦がないわけじゃない……あのフードの男。あいつの魔技が使えたらこの鎖も外せる――筈だ。あとは座長の魔技で逃げるか、クルジュナの魔技で……殺す)


「ユキ……移動系の魔技を封じるための魔具もある……部屋に設置するような大きなものだが……気をつけるんだ」


 確かに便利な移動系の魔技だが、防犯を考えるとそれを防ぐ方法もあるのはおかしな話ではない。

 だがそれを前提で考えると、あのグノワールを殺してしまうのが唯一の方法となってしまう。



(女と勘違いされて、ヤリにこようとしたところが一番手薄……それに掛けるしかない)





――ガチャ


 再び牢の扉が開き先程の兵士と背後からもうひとりの人物が姿を見せた。


「はぁ……めんどくさいなぁ」

「そう言わないでくださいカイル様」


 心底めんどくさそうに入ってきたローブの男――カイルと呼ばれていた人物が頭をボリボリとかきながら俺に近寄ってくる。




「カイル様しかその鎖外せないのですから……グノワール様のご命令です」

「はぁぁぁぁ……ほら、外した瞬間逃げられないように首でも掴んでおいて」


「承知いたしました」



 そういって兵士が床に転がされたまま俺の隣に膝をついて、首をぐっと押さえつけてくる。

 魔法を使わせないためか、喉を思いっきり圧迫される。


「――ぐっ……」


 だが、俺は声を出さなくても例の手帳を出せるのは既に実験済みだ。


「はぁ……魂の束縛オプリガーディオ


 カイルが呟いた瞬間、俺を拘束していた鎖が弾け飛ぶ。

 そのタイミングを見計らって、俺は魔力を集中させ手帳を出現させた。




「ほら、猿ぐつわしてやるから、手枷掛けて連れて行け」


 カイルが懐から布を取り出して捻じり兵士に投げて渡すと、受け取った兵士が俺の口に猿ぐつわを締め付ける。



「ムグ……んーーっ!」


 猿ぐつわは構わないが、思いっきり結ばれて耳と後頭部が痛い。

 だが抗議をしたところで緩めてもらえるわけもなく、兵士が俺の両手を後ろに回し手枷のようなものをはめた。



「カイル様、ご協力感謝します」


 兵士が姿勢を正してそう言うと、カイルが手をひらひらとさせて先に牢から出ていった。

 俺は今のうちに手帳を開くイメージをする。


 俺の目の前にふよふよと浮遊したままの手帳の表紙がパラッとめくれ、みんなの魔技が記載されていたページが開く。


(――よっしゃ!!)


 座長の魔技『全ては夢の近くアレス・トラオムナーエ』と記載されていた下に書かれていた『魂の束縛オプリガーディオ」という魔技。


 昨日捕まったときか、今なのかはわからないが手帳にはしっかりとその名前が記されていたのだった。

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