025話-急転直下
一体どれだけ寝たんだと思い飛び起きると、俺の背後にはまだエイミーが寝そべっており、部屋を見回すと全員が部屋に勢ぞろいしたままだった。
「――っ!?」
「ユキ……本当に五分で目が覚めるなんて……大丈夫?」
どうやら本当に直ぐ起きてしまったらしい。
アイナと座長はそれぞれベッドの上で寝息を立てており、アイリスも俺の反対側のベッドに横たわり眠っているようだった。
「……エイミー……なにがあったの?」
「…………えっ……と……ね」
エイミーが何かを言おうとして口を開いては噤む。
言うべきか言わざるべきか、決心がつかないような態度だった。
「わたしから……説明するよ」
「座長! ダメですよ寝ていないと」
「ケレス、大丈夫だ。それにユキには伝えておかないと」
眠っていたはずの座長がいつの間にか目を覚ましていた。
上半身だけを起き上がらせた座長だが、その顔色は今にも倒れそうな青白さだった。
「座長……」
「ユキ……君なら理解してくれると思うので端的に説明する。リーチェ、付近は大丈夫かい?」
「宿の人が……下の階に二人にいるけれど……他は大丈夫。外にも気配なし」
リーチェが耳をピクピクさせて辺りの音を伺うような素振りをする。
「ケレス」
「上空オッケー。魔力反応――ありません」
「ユキ、我々は旅をしている芸人一座だ。そこは間違いない」
「はい……」
「だが、一方でとある方からの依頼を遂行しているのだ」
「…………」
時折苦しそうな顔をしながらゆっくりと話をし始める座長。
俺は一言も聞き逃すまいと聞きたいことを堪えて、じっと座長の話に耳を傾ける。
「そっちの仕事はもう足を洗ったのだが、どうしてもと二件だけ頼まれてね。今日そのうち一件を片付けに向かったのだが、不意を打たれこのザマだ」
座長はそこまで一気に話してから、深いため息をついた。
「……質問しても良いですか?」
「いいよ……」
座長は首を動かさず視線だけを向けてくる。
おそらくこの後の俺からの質問も予想しているであろう表情だった。
「誰の依頼で何をしてたんですか?」
「……この国の国王だ。内容は……裏で良くないことに手を染めた犯罪者の暗殺――」
暗殺――。
その言葉に背筋がぞくっとする。
だが、いくつか気になっていたことが、それを聞いて納得してしまった自分がいた。
ただの旅芸人一座にしては、座長もアイナも運動能力が高すぎるのだ。
座長の目にも止まらない剣技。
アイナの身体強化を使った体技。
ケレスはよくわからないが、クルジュナの弓の腕と魔技はどちらも遠距離からの恐ろしいほどの精密射撃。
最初この世界はみんなこうなのかと思っていたが、そうではないとこの街に来てからなんとなく察していた。
「全員ですか?」
「アイナ、クルジュナ、ケレスは戦争時代からの仲間だ。あとはサポート役だ」
つまり、今回の不思議な部屋割りはそう言うことなのだった。
今夜、その仕事があるため実行部隊だけ別の部屋にしたと言うわけだ。
「良くないことをしているというのは一体……」
「今回の標的――グノワール伯爵は、身寄りのない子供を使って怪しげな実験を繰り返しているのだ。死体は見つかっていないが……」
死体――。
つまり子どもたちが死ぬ前提で何らかの実験をしている。
「ユキ」
「はい」
座長が改めて小さな声で俺の名前を呼ぶ。
「本来なら君には知らせることなく、すべての仕事を終わらせるつもりだったのだが……すまない」
「…………」
「いままで共に旅をしてくれて楽しかった」
座長がベッドの上で軽く頭を下げて目を伏せる。
その言葉は温泉で掛けられたものとは真逆の言葉だった。
「ユキ……君は直ぐに街を出るべきだ。我々とは一緒にいるべきではない」
改めて俺の目を見据えながらはっきりと告げる座長。
俺もそう言われるのだろうかと予測はしていたが、座長のその申し訳無さに溢れた言葉に胸が痛む。
部屋の中に沈黙が訪れる。
誰も言葉を発しないまま俯いており、ランプの炎が芯を燃やすジジッという音が妙に大きく聞こえた。
「それは……俺を巻き込まないためですか?」
「当然だ。だが……もし我がままを聞いてもらえるなら、エイミーとハンナ、へレスの事を任せてもいいだろうか」
三人を連れてこの街から逃げろという座長。
「座長は……残りのみんなはどうするんですか?」
「我々『嘆きの星』には引き返すという選択肢はないのだ。この街の領主だけは葬らなければいけない」
『嘆きの星』というのはコードネームのようなものだろうか。
瞳の奥にはっきりとした意志を宿した座長。
俺は……座長のお願いを聞いて逃げるべきなのか。
いや――。
「座長……先ほどの話、お断りいたします」
俺ははっきりと座長の目を見てそう告げた。
一人でこの街を出るのも、三人を連れてこの街を出るのもお断りだ。
「ユキ……」
「ユキ、ダメだよ」
俺がこの世界に来た原因はわからない。
だけど、この人たちに救ってもらった恩義がある事実は変わらない。
(……いや、恩義なんてただの言い訳だな)
俺はただ座長とアイナを傷つけた奴のことを許せないだけだ。
アイナの手が徐々に冷たくなっていく感触がまだ掌に残っている。
あのとき、初めて身近な人が死んでしまうと思い、目の前が真っ暗になった。
これが絶望かと思った。
だが、それ以上に座長とアイナをこんな目に合わせた奴のことを殺してやりたいほど憎んだ。
座長やみんながどういう気持ちでこの仕事をしていたのかは判らない。
部外者で居させてくれた座長の気持ちはありがたいが、この気持ちだけは譲れなかった。
「俺を受け入れてくれたみんなには感謝しかありません。俺には戦いの経験もないし、みんながどういう想いでこの仕事をしているのかはまだ知りません」
俺はベッドから降りて、座長の正面に立ち改めて目を見てはっきりと言葉にする。
「一緒に戦いますなんて無責任に偉そうなことは言いません。だから……だから、俺ができることを手伝わせてください」
そして改めて座長に頭を下げた。
座長は口をつぐみ、俯いたまま何も言わない。
誰かがゴクリと喉を鳴らす音が聞こえた。
「…………ユキ……だが……」
「やれやれ、泣ける話だねぇ〜」
「――っ!?」
座長がやっと口を開きかけた時、俺たちしか居ない室内に突如若い男の声が響いたのだった。
「なっ――感知には誰も――あぁぁっっ!!」
驚愕の声を上げるケレスが、突然現れた赤黒い鎖のようなものでぐるぐる巻きに縛り上げられ、あっさり床に倒された。
「っっ!?」
「きゃぁっ!」
「ハンナ、ヘレス逃げ――」
「ユキっ!」
そして次々に同じような鎖が空中から現れてはアイリス、エイミーと次々に束縛していく。
「おや? これはこれは……ネズミの匂いを追って来てみれば……有名な『荒野の星』の皆さんじゃないですか」
全員が鎖で簀巻きにされ、扉からローブを頭からかぶった男が入ってきた。
「ふむ……あいつ間違えた……? いや、そこの女……やはりお前たちで合ってるな」
一人でぶつくさと言いながら俺たちの顔を確認して回る男。
頭からかぶられたフードの奥の顔は見えないが、声からして若そうな男だった。
「まぁいいか……とりあえず全員連れて行くかぁ……めんどいなぁ……。あぁ宿屋はチェックアウトしておいてあげるからね」
男がそう言って指をぱちんと鳴らした瞬間、体を締めて付けていた鎖がぎゅっと締まり、一瞬で目の前が真っ暗になったのだった。
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