072話-ヴァルとケレス

 爆発が起きた通りにある建物の屋根に上りあたりを確認する俺とケレス。

 だが道から黙々と立ち上る黒煙に何が起こったのか全く見えない。



「煙でなにも見えない……」

「魔力……魔技の攻撃みたいね」


 突入してけが人の救助に行こうかという考えが頭をよぎった時、黒煙の中から人影が飛び出し空中へと躍り出た。


 そしてそれを追うもう一つのローブ姿の人物。

 ローブ姿の人物が大きな剣を振りかざし、向かい側の建物の屋根に着地した男に向かって大剣を振り下ろす。

 その攻撃を身体を捻ってギリギリで避ける男と、屋根を吹き飛ばしていく斬撃。

 

 男も剣を出して応戦を始め、周囲に金属同士がぶつかる音が響き渡る。


「あれは……アウス……だったっけ?」

「あぁ……てことは……」


 最初に飛び出してきた男……ローブ姿の人物から次々と繰り出される攻撃をなんとかしのいでいるのは、ローシアの街で声をかけてきたアウスという男だった。


 ウェスタンスタイルとでも呼べばいいのか、シャツに黒皮のズボンを身につけたアウスが建物の屋根へと着地する。

 だがなんとローブ姿の人物は魔技を使っているのか、何もない空中に静止してアウスのことを見下ろしている。


「――死ねっ!」


 思ったより高い声がローブ姿の人物から聞こえ、同時にアウスが立っていた建物の屋根が炸裂し再び黒煙が上がる。

 何がどうなっているかわからないが、この場に居てもおかしくはないもう一人を探すために俺は周囲を見回して魔技を起動する。


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小夜鳴オキュラス鳥の瞳・ルスキニア』――起動。

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「見つけたっ!」


 魔技を使わないと点のようにしか見えないほど遠い、街の門付近の上空に浮遊する一人の影。


「ヴァル……まさかあそこから撃つのか?」


 遠視の魔技で最大まで拡大すると確かにヴァルが空中にふよふよと浮いているのが視界に映る。


 そしてヴァルが上げていた手を一気に振り下ろすのが見えた。

 その瞬間を待っていたかのように周囲に展開されていたデリンジャーのような武器が一斉に火を吹き、ローブ姿の人物へと襲いかかる。




「――くっ!!」


 ローブ姿の人物にヴァルの攻撃が直撃したように見えたのだが、攻撃が撃ち抜いたのはローブだけだった。

 中身はローブを囮にして空高く飛び上がってヴァルの攻撃を躱し、ヴァルの撃った弾丸はそのままローブをバラバラに破壊しながら奥の家々の壁へと突き刺さった。


「女の子……?」

 

 ローブの中から飛び出したのは黒煙で少し見難かったが、明らかに女。

 しかもまだ俺と年齢の近そうな女の子だった。


 アウスは屋根の上で剣を構えたまま、そこから攻撃しようというのか空に浮かぶ敵をジッと睨みつけたままだ。



「ユキ、これどっちが敵?」

「わからない……どうしようか」


「二人とも捕まえるってのは?」

「危なくない?」

「大丈夫だよ! ユキってアイナみたいにジャンプできるよね? 上のあいつお願いしてもいい? 私はアレを……行ってくる!」


 言うが早いか、ケレスは一気に向かいの屋根へと飛び移りアウスへと肉薄した。

 俺はケレスなら大丈夫だと、空中に浮かぶ敵へと視線を向ける。


「まさか役に立つとはーー『猫の反乱コーシカ・ヴァスターニエ』! 『天空の偶像カムエル・イドラ』!!」


 そして俺は手に入れたばかりの浮遊の魔技とアイナの身体強化を併用し、空に浮かぶ人影に向かい飛び上がった。




「――やべっ!」


 思っていたより加速がつき、ロケットのように飛び出してしまいそうになるのをなんとか制御する。

 飛んだ経験なんて無いのでぶっつけ本番で飛び上がってしまったが、なんとか体の向きだけを立て直し相手が驚いている隙に先制攻撃を入れることにした。



「『火炎の卵インフラマラエ』!!」


 手帳に追記されていた一番新しい魔技・・・・・・・、つまり目の前にいるや女の子が使った魔技を本人へとぶつけた。


 俺の銀光を伴う魔力が一気に女の子の周囲へと収束し、巨大な爆発を引き起こす。

 かなり上空だから大丈夫かと思ったが、爆発の余波で通り沿いの屋根が次々と捲れ上がっていく。


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魂の束縛オプリガーディオ』――起動。

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 女の子とはいえ、長距離からのヴァルの攻撃をあっさりと躱した奴だ。

 逃げられないよう、いつものパターンだがまだ黒煙に包まれている奴の頭上に発言させた黒い穴から鎖の雨を降らせて確保する。


 ジャリジャリと耳障りな音を立てながら黒煙の中へと降り注ぐ赤黒い鎖の束。


「捕まえた!」


 鎖の先が何かに触れた感覚がしたので魔力で捜査して全ての鎖を巻きつかせてから一本釣りの要領で謎の女の子を釣り上げたのだった。



――――――――――――――――――――


「てめぇ! 離しやがれ!」


 ふと下を見るとケレスがアウスを手で捕まえていた。

 文字通り、巨人のように巨大化した手で握り潰さないよう、それでいて逃げられないような絶妙な力加減で掴んでいるらしい。


「ダメだよーうちのダーリンが待ってるんだから」


(誰だよダーリンって)


 ケレスはアウスを捕まえたまま屋根の上まで戻ってきて、空中にいる俺に手を振ってくる。


「ケレス、ごめんだけどちょっとだけ待っててくれる?」

「はーい!」


 俺は魔封の鎖を巻き上げ、釣り上げた敵を確認する。


「……やっぱり女の子」


 背丈は俺より少し大きいが、目をぐるぐるに回した女の子が俺の鎖に縛られたまま黒煙の中から目の前まで巻き上げられてきた。


「気絶してるし……いいか一旦放り込んでおこう」



「おーーい!」


 釣り上げた獲物の首根っこを掴んで魔技を使おうとしたタイミングでヴァルが俺のことを認識したのかすごい速度で飛んできた。


「ユキぃぃーーっっ!」


 飛んできたと思ったらそのまま空中で抱きつかれ、バランスを崩し屋根に向かって三人まとめて屋根まで落下したのだった。



――――――――――――――――――――


「いてて……」

「ユキ、久しぶり!」


 屋根の上に転がされ、覆いかぶされたまま頬擦りされまくる俺。

 視線の先に映るヴァルの頭の背後に半眼状態のケレスと白目を向いているアウスが映っていた。


「ヴァル、ちょっ、ちょっと離れて」

「ん、はーい」


「ユキ、それがあの幻影の本体?」


「そうそう、ケレスが掴んでるソレの後輩のヴァル」


「ぷぷっ、ぶはっ、あーはははっ、先輩っ、なにやってんすかー! あははははっっ! 人間に掴まれた小鳥みたいっすよ!」



 ケレスの手の中でぐったりしたまま動かない男アウス。

 ヴァルはそんなアウスを腹を抱えたまま笑い転げはじめる。

 

 俺の手元には鎖でぐるぐる巻きにした女の子。

 頭に生えている耳と腰から生えている尻尾。

 パッとみた感じ狐のようだが、やはり俺と対して歳が変わらない少女のようにしか見えない。



「とりあえず、屋根とか壊れた所を直そうか……この二人が暴れたせいで街がボロボロだ」


「私が見ていた感じ、半分以上がユキのせいだけど……」


「ヴァル、結果そうだったかもしれないけれど、原因はこの二人だろ? ヴァルも含まれているかもしれないから、後で修理額相当を請求するか城に突き出してもいい?」


「あ、うん。先輩のせいだね。私なにもしてないもん」


 しれっと先輩を売り飛ばすヴァルだが、彼女の長距離射撃の余波で建物の壁にチーズのように穴が開いている。

 だが今更言っても仕方がないと、ヴァルのせいで穴だらけになったことには目をつむって、一緒に直してしまおうと思っていた所にヴァルが地雷を踏み抜きに来る。


「ねっ!? 私とユキの仲だもんね? 裸で同衾までしたもんね?」


「裸? 同衾?」

「…………」


状況がまだ整理し切れていないところなのに、ややこしいことを言い出すヴァルと更に目が座ってしまっているケレス。




「ケレス、この子の言うことはあんまり本気に受け取らないほうがいい。あと握った手に力入れすぎでアウスの口から何か出てきそうになってる」


「ユキ、どうして私のことそんな痛い子認定するの?」


「ごめんヴァル、ちょっと先に壊れた街直しちゃうから待ってて」



 先に直してしまわないと崩れかけた家が崩壊してしまうと、またけが人が出てしまう。

 俺は壊れてしまった街並みへと手をかざし回復魔法を行使する。


 これは王都に来るまでに発見した使い方だった。

 亜人の角を回復魔法では治せないが、俺が使うと治せた。

 では同じく回復魔法では治らない物に対しても効くんじゃないかと思って、御者台の一部を剥がして回復魔法をかけたところ綺麗さっぱり直ってしまったのだ。


 見る見るうちに元の状態に戻っていく街並みと怪我をした人たち。


「ユキ、凄いね……ほんと、こんなの見たことないや」

「ユキありがとう、さすがだねっ!」


 ケレスに頭をナデナデされるのだが、巨大化したままの片手ではアウスが握りつぶされる寸前になっておりシュールな絵面だ。

 一通り頭をなで終わって満足したのか、ケレスが今度はヴァルへと向き合った。


「で、ヴァレンシア? あなたユキのなんなの? 恋人?」

「んー今はまだ、愛人枠でいいかな」


「なんでだよ!」


 なぜか突然愛人枠だと言い放ったヴァルに思いっきりツッコミを入れてしまった。

 

「……あい、じん? って何? 愛する人? 種族的な名前?」


 だが、ケレスのキョトンとした一言でとんでもないミスを犯したことに気づいた。いや、気付かされた。


(ヤバイ、やばい、やば……まさか愛人って単語がないのかっ?)


 現時点で俺の中ではヴァルは同郷の人間である確立がかなり高い。

 ヴァルが俺のことをどう判断しているのかわからないが、これで確信されてしまった可能性がある。

 俺は恐る恐るヴァルに視線を向けると、ヴァルが口元をにやりと歪めゆっくりと俺の手を握ってくる。


(でもバラされても特に問題はない……記憶のことぐらいかなぁ)


 何度考えても、俺が他の世界から来た人間だとバラされてもあまり意味はなく、逆に話し相手が増えるという意味ではヴァルと腹を割って話してもいいんじゃないかという気がしてくる。




「愛人っていうのは……こういう身体だけの関係ってやつだよ。純真無垢なケレスちゃんにはちょっと早いかなぁ〜?」


 だがヴァルは事もあろうに、俺の手を自分の胸に押し当てムニムニと揉ませられた。


「ちょっ、ヴァル……」

「ん? 直に触りたい? いいよ?」


「いやそんな真顔で言われても」


「わかった、とりあえずその娘もニギニギすればいいのね?――『悪魔マエロル・の嘆きディアボルス』」


 ケレスの片腕が巨大化しヴァルへと襲いかかるが、ヴァルは空へ飛び上がりこれを避ける。


「おっと! もう、せっかちなのユキに嫌われるよ? もっとお淑やかなほうがユキの好みだよ?」


 空中から更にケレスを煽るヴァル。

 アイナならここで更に切れるのだが、ケレスの場合は……。


「そ、そう……かな……わ、わかった……」


 あっさりと納得してしまうケレスだった。


「ケレスちゃん、チョロイン枠だったんだね」


「とりあえず街並みと怪我してる人も治したぞー。あとは……ちょっと全員こっちに」


 何が何やら解らない事続きで若干心に余裕がなくなってきた俺は六華をこの場所に残し、ケレスとヴァル、そして白目を向いたままのアウスと狐っ子を例の部屋へと連れ込んだのだった。

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