126話-国境破り

「…………あれが国境?」

「そーだよー。なっつかしー」


 ケレスと二人で御者台から目の前に広がる高い石壁を見渡す。


 まるで万里の長城のように左右に伸びる壁は先がどうなっているか全く見えない。


 ロマリの街に戻り、そこからさらに『転移』を使いながら北上すること二日目の昼。


 途中で始末した盗賊やら山賊は七組にも登る。




「そういえばユキは魔技ふえたー?」

「増えた増えた。今度ケレスにも使えるようにするからね」

「ふっ、二人きりの時にして……ね?」




 盗賊やらから手に入れた攻撃系や防御系の魔技がいくつかあるのだが、帝国に近づくにつれ魔技持ちがやたらと多くなったいた。


 ケレス曰く、戦争が終わって前線だったこのあたりで盗賊に堕ちた人たちが多いのではないかと言う話だった。




「この辺に来ると魔技じゃなくてスキルっていうんだよね


「意味は同じだけどねー。それよりユキ、国境どうやって通る?」




「普通に通ると理由の説明やら色々とめんどくさそうだし、飛んで行っても大丈夫かな?」


「多分壁の上は感知系の魔具が設置されてると思う」


「なるほど……じゃあ、ここから『転移』しようか」


 暫く転移を繰り返し、魔力が減ってくると徒歩に切り替える感じでここまできた。ちなみに『転移』を使っているのは俺ではなくケレス。先ほどまではアイナが担当していた。


 これはアイリスに習った魔力の効率的な運用とやらの練習と魔技の修練度的なものを上げるためにやっている。


 魔技の修練度……リーチェが触れる幻影を出すことができるようになったのと同じように、使えば使うほど魔技によっては効果が高まっていくものがある。

 『転移』の場合は消費魔力と飛べる距離や同行人数の違いだろうか。



「うー……やってみる」


 ケレスが『千里眼』で壁の向こうを確認するのに合わせて、俺も同じように『千里眼』を発動して問題ないかを確認する。





「ん……壁の向こうに兵士は居ないかな…………ユキって背ちっちゃいのに良い身体してるよね」

「ちょっと、こっち見ない! あっ」


 『千里眼』の透視効果はこの魔技の熟練度が高くなった場合に現れるらしく、ケレスはそこまで到達していた。

 俺も昔は視界を切り替える感じで使っていたのだが、最近は焦点を合わせるような感じで透視できるのだ。


 良かったことといえば、生き物の向こう側などが見れないのでどんなに遠くを見ていたとしても目の前に人の身体がくると、それが見えてしまうのだ。




「ごめん」

「お互い様ってことで」


 ケレスは両手で胸を隠すようにしながらも俺の方を見続けるので、頬をつねってやめさせる。




「じゃ、じゃあ飛ぶね……『転移』」


 ケレスも最初は見当違いな場所に飛んだこともあったが最近は問題なく狙ったところへと飛べるようになっていた。

 足元がフワッとした感覚を感じた後、目を開くと石壁が背後に見える場所まで飛べていた。


――――――――――――――――――――


「ふぅ……とりあえず帝国入り完了だね」

「あれ……私は普通に入っても良かったんじゃ……ユキに『部屋』へ隠れてもらえば」


「そうすると、ケレスの家にも伝わっちゃうんじゃないの?」


「あっ、そっか。危ない危ない」


 いわゆる家出少女的なケレスのご実家は帝国の4大貴族的な大きなお家らしい。

 長女のケレスが国境を通過すると確実に家に連絡が入るだろう。


 それに俺の身分証も聞けばエイミーとリーチェの身分証も偽装したものなのでなるべく危ない橋は渡りたくない。


 王国内ならそんなに審査は厳しくないが、国境ともなるとかなり厳しくチェックされる。

 そのため完全に正規の身分証を持っているのはアイナ、ケレス、クルジュとサイラス、それとアイリスにツクモだそうだ。



 残りのメンツは全員偽造身分証だそうだ。




(それだけ考えると、犯罪者集団みたいだな俺たち……ちゃんと仕事してるのに)


 国王様に用意して貰えば良かったと今更思いついたのだが、ここまできてしまっては仕方がない。


「でもいつか、私の家に一緒に行こうね?」

「ぐっ……そ、そのうちね」




 いまだにこの世界の価値観に慣れ切っていない俺は、アイナやエイミーたちとも仲良くしているのにこの上ケレスのご実家に『娘さんと仲良くさせてもらってます』と挨拶しに行く勇気が出ない。


 貴族においては『お付き合い=結婚』と同義なのだ。

 貴族ほど一夫多妻がいまだに普通だと言うので向こうからすれば気にならないだろうけれど。




「えっと、後何回か飛べそうだから飛んで良い?」

「わかった。後一回ぐらい! ってところで止めないと後で泣くことになるなら気をつけてね」


「はーい!」


 そうして元気いっぱいのケレスが再び『転移』を使うとその場から二人の姿が描き消えたのだった。



――――――――――――――――――――


「あれか……ほんとにガキじゃねえか」


 二人が『転移』で消えた地点を森の中からじっと観察している二つの瞳があった。



「さぁて……どうしたもんか」


 頭からすっぱりと漆黒のローブを被った人物は野太い声で自分に質問するように独り言を続ける。

 ローブの裾から少し見える二の腕は丸太のような太さで筋肉が盛り上がっている。

 ブーツとレッグガードを装備した足も同じようなものだった。


 顔は見えないが、ローブをかぶった頭部分の形状が普通の人間より左右に広がっており人間ではなく亜人であることは明らかだった。




「まぁ……あれなら少々痛めつけても死なねーだろうな。……死なれたら困るしな」


 その男は頭をガシガシとかくと、しばらくの間ユキとケレスがかき消えた場所をじっと睨みつけるように立ったままだった。

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