125話-今度は誰だ

 湯船に引き倒されるような形になった俺は、仰向けで湯船に沈む。


 ギリギリ肩から上はお湯から出ていたので息ができなくなるということはなかったが、代わりにリーチェが覆いかぶさっているので身動きが取れなくなってしまう。




「り、リーチェ?」

「私ね、この傷は治してもらえるなら治してもらいたいって思っていたんだけれどね……ほんとうにこれがないと手がかりが無くなるから『治して』って言えなかったの」




「……」

「ユキ、私のことも助けてくれる?」




「……助けるし、いくらでも頼って。俺にもできないこともあるけれど、俺にしかできないこともあるから。リーチェも頑張りすぎなくていいんだよ」

「…………」




 リーチェはみんなの中で一番働き者だと思う。

 料理が好きだからと言うのもあるだろうが、誰よりも早く起きてご飯を用意して、お昼も晩ごはんも毎日用意してくれる。

 気がついたら掃除が終わっているし、必要なものは揃っているし、何不便なく『荒野の星』のみんなが生活できているのはひとえにリーチェが見えない所で頑張ってくれているからだ。




「リーチェ?」

「っ……ふぇ……ふぇぇぇ~……うわぁぁん……」


 堰を切ったように涙をこぼし始めるリーチェ。

 小さな子供をあやすようにリーチェの頭をよしよしと撫でながら、その小さな頭をぎゅっと抱きしめる。

 

 だが抱きしめた所で、アイナやケレスに散々言われていたことをハッと思い出した。



『亜人の子は頭を勝手に触ってはいけない』



 アイナたちがいつも俺の顎をこちょこちょと撫でてくるのは、頭に触れないように癖がついているからだ。

 ヴァルには『胸を触るようなもん』と身も蓋もないことも言われたので、俺は慌ててリーチェの頭から手を離して両手を上げる。



「ん……いいよ気にしないで」

「じゃあ、その傷の治療するね」


 回復魔法を使うといつものように銀色の光が滲み出るように溢れ出てくる。




「ん……んんっ」


 リーチが首筋に手を回してきて、さらに胸を押し付けるように密着してくる。

 ついでに俺の足も太ももで挟み込まれ、意識が違うところにむきそうになるのを必死に堪えながら回復を続ける。


 古傷のせいか、なかなか光がおさまらずリーチェの唇から時折漏れる吐息と身体の感触を感じながら回復を続ける。





(……治ってるのかこれ? もしかして古すぎて治らないのか?)




 大見得を切って治せませんでしたというのは些かバツが悪い。

 俺はなるべくリーチェの傷に集中し、そのままたっぷり数十秒魔力を出し続けたのだった。






「…………終わった?」

「ん……そう……みたい……あっ……治ってる……」


 ゆっくりと身体を離したリーチェの胸元を見ると、あれほど痛々しかった傷跡がすっかり消え失せ、つるんとした綺麗な素肌が丸見えとなっている。




「……ご、ごめん」

「ん……いいって言ったし、一緒にお風呂入っている時点で気にされても困るよ……あっ、こっちも治ってる……すごい…………ユキ、ありがとう……ありがとうねっ!」




 太ももの傷も頭に残っていた傷もすっかり無くなっており、問題なく回復ができたと胸を撫で下ろす。


「はぁ〜よかった……古い傷だから治らないと思った」


「……もし治らなかったとしても、私は気にしないんだけどなぁ〜ふふっ、ユキ、ありがとうございました。これから末長くよろしくお願いします」


「えっ、ちょっ、まっ、まって! あぶなっ!」




 長いうさ耳をペコリと垂らしながら頭を下げたリーチェは改めて俺に抱きつくように飛びかかってくる。

 慌てて両手を広げてリーチェを受け止めようとしたが、不意打ちすぎて支えきれなかった俺はそのままリーチェと二人お湯の中へと沈んだのだった。



――――――――――――――――――――


「う〜……あったまいたぁい……おはよ……」

「おはよぉ〜……ねむ……」

「あれぇ、リーチェどうしたの? いいことあった?」


 リビングでリーチェが入れてくれたお茶を飲んでいるとゾロゾロと俺の部屋で寝ていた面々が起きてきた。


 ハンナとヘレスはまだ寝ているようで、何人かはお風呂に向かったそうだ。




「ユキ……お願いがあるんだけれど……いいかな」


 アイナが重い足取りで近寄ってきたかと思うと、隣の椅子にぐったりと腰を下ろす。


 みんな普段は全然飲まないのに、飲むとなるとこんな感じになるまで飲む。


 アイナの額に手を当て、回復魔法をかけるとそのままケレスにも同じように回復させる。




「……まさかみんなも?」


 この二人はすでに三回ぐらい同じことをしているのだが、まさかエイミーまで順番に並んでいるとは意外だった。




「ごめんね、ユキ……こんなに辛いなんて知らなかった……アイナいつもごめんね……これ辛い……ね」


 エイミーの白い肌が蒼白というレベルまでまで白くなっており、耳も可哀想なほど垂れ下がってしまっている。


「エイミー昨日ははしゃいでいたし、何も考えずに飲むのもたまには良いもんでしょ?」


「うー……うん……楽しかった。流石に毎回は辛いけれどたまにならね」


「エイミー終わったけどどう?」

「ありがとう、すっごく楽になったわ」




「ユキ、死人みたいに風呂に行ったヴァルとツクモが心配なんだけど大丈夫かな」




「それは俺に聞かれても……アイナかエイミー見てこれる?」

「はーい、私見てくるよー」



 すっかり元気になったエイミーを送り出し、リーチェがお茶のおかわりを出してくれたので一口飲んで、アイリスの二日酔いも治す。



「アイリスも二日酔いになるんだね」

「うー……こんなはずじゃ」


 頭を押さえてふらふらしているアイリスに回復魔法をかけ終わり暫くしているとエイミーがリビングの扉からぴょこりと顔を出した。


 この時点ですでに嫌な予感しかしない。




「ユキ、ダメだった。二人とも気分悪くてお風呂場に倒れ込んでいたわ……お願いして良い?」


 一番最初に突撃しなくて良かったと思いながら席を立つ。流石にエイミーが確認してくれたのだから直視できないようなことにはなっていないだろう。



――――――――――――――――――――


「エイミー、せめてタオルぐらい……」


 俺は脱衣所で仰向けに転がっているヴァルとツクモにバスタオルを掛けなが背後のエイミーに話しかけるのだが、すでにエイミーの姿は無くなっていた。




「…………仕方ない」


 俺はなるべく二人の方へ視線を向けないようにして胸の上に手を置き、回復魔法を使う。



 二人とも問題なく回復できたと思うので、目を覚ます前に立ち上がろうとしたところ、突然ツクモに腕を掴まれた。




「うわっ、びっくりした」

「ユ、ユキ様……つ、ついに私と……」


「ついにじゃない! 二人して倒れてたんだから急に動かないの! って、こらっ! 抱きつくなっ! タオルタオル!」




 ツクモを無理やり引き剥がそうとするも、すごい力で両手両足で抱きつかれる始末。


「ユキーっ! ありがとぅっっ!」




 ツクモの顔を思い切り押して引き剥がそうとした時、今度は背後から復活したヴァルに抱きつかれそのままツクモを押しつぶす形で倒れたのだった。

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