127話-街の手前で
ナルヴィ帝国の首都――ナルヴィ。
一年の三分の一が深い雪に閉ざされる地域だが、この首都はいつの季節でも暖かな暮らしができるよう技術の粋を集められている。
近くの火山を利用した地熱発電や、温泉を街中に引き入れて暖房やお風呂に利用しており、日中の日差しも魔具を利用して熱エネルギーに変えている。
そんな設備が街中に常備されており一般家庭においても住人が凍えることのないように過ごせるための工夫が随所に取り入れられている。
だが、そんな贅沢な設備を気にせず使えるのはあくまでも首都とその周囲にある街ぐらいで、それ以外の小さな町や村では暖炉と各街に配備された暖を取るための魔具で凌いでいるのが現状だ。
首都との生活水準格差はあるが、それでも国民たちは国から施される数々の魔具や燃料用の木材をありがたく感じており、帝国に対しての忠誠心や愛国心は非常に高いそうだ。
「……くしゅんっ……そうは言っても寒いよねユキ」
「んー寒い……かなぁ……ちょっと寒いかな?」
「ユキの名前も寒そうなのに、なんでそんな平気な顔しているの? 周り真っ白だよ?」
深い雪に覆われた森の中。
あと二、三回『転移』すれば街に着くと言うところで、ユキとリーチェは二人で雪道を歩いていたのだった。
ユキが『転移』しても良かったのだが、リーチェが自分で「次の街までは私が!」と言い出したのだ。
そしてやはり魔力不足で『転移』が使えなくなったのだが、最後まで自分でというリーチェの言葉を受け、こうして最後の数キロを二人して歩いていたのだった。
「リーチェこそ、雪は苦手なの?」
「雪兎じゃないもん」
「ユキ兎……」
「ユキ……の兎だけど」
あの以来、リーチェとの会話はすぐにこう言う方向性へ脱線してしまうことが多くなった。
それだけかを許されているというか、踏み込んで良いポイントがお互い少し内側へと変わったことが原因だろう。
だけどそれもまた心地よい感じはする。
「あっ、で、でも次の街で一度泊まって情報収集するんだよね」
「その予定。何度か話に出ていた街だし、この辺りでは一番大きな街だし。料理もお酒もすっごい美味しいって言う話も聞けばね」
途中に始末した盗賊団の数はここで二桁を超えており、半分は俺が手出ししていない。
帝国に入ってからはリーチェやエイミーにも退治を手伝ってもらっており、昨日のナントカ団と名乗っていた八人組ぐらいのマタギの格好をした山賊は、リーチェが一人であれよあれよと言う間に始末してしまったのだった。
(七人いたはずの仲間がいつの間にか七十人になってたらそりゃぁびっくりするよな)
俺はリーチェが腰に装備している細い鞭にチラリと視線を向ける。
(新しく手に入れた魔技がリーチェにぴったりだと思ったけど、ぴったりすぎて少し怖かった)
「その次の、あの山はどうするの? 飛ぶにしても結構あるし……やっぱりアイナかケレスに『転移』してもらう感じ?」
「それも良いけど……あの山の高さを見ると自分でちょっと飛び越えてみたくもなるんだよなぁ」
木々の隙間からたまに見える壁のように聳え立つ山。
南から帝国の首都を目指すにはあの山を越えるか東西に大きく迂回する必要がある。
首都に行ったことのあるアイナやケレスなら、この辺りまでくれば首都まで一気に飛べるほどの魔力を使えるようになっている。
その為あの街から先、どう言うルートで向かうかはまだ未定なのだ。
どうせ立ち寄る街だし、久しぶりに外食をしつつ話し合おうと言う話になっているのだ。
「ね、ユキ」
「どしたの?」
「手、繋いで良い?」
「ん、いいよ」
雪をサクサクと踏む音と、時折木の枝から雪が落ちる音しか聞こえない森の道。
まだ時間は昼前なので十分に木漏れ日だけで明るい街道を二人で手を繋いで、森を抜けた先にある街グリムスを目指すのだった。
――――――――――――――――――――
帝国のほぼ中央に位置するグリムスの街は国内の東西北交易の中心としてはるか昔から栄えてきた街だそうだ。
馬車ですれ違うことを前提に街づくりがされており街中の通りが非常に広く、馬車を止めておくことのできる宿がほとんどである。
厳しい冬を越すための設備などの影響で徐々に近隣の村々が併合された結果、近くに小さな町や村がないため外から訪れる人間は殆どが馬車で街へと入る。
「お前たち……歩きでどこから……」
街の近くまで行ったら『転移』で街へと入ろうとしていた俺とリーチェだったが、グリムスの街の外壁を視界に捕らえたあたりで突然見回りの兵士に声をかけられた。
街を中心に時計回りで徒歩で哨戒しているらしい三人組の兵士だった。
「えっと、『飛行』のスキルが使えるんで半分飛んできたんですが、魔力が切れてしまって」
「……そうか。まだこの季節で良かったが冬だと自殺行為だから気をつけろよ? この辺りはグリムス以外の村や街はないんだから」
「はい、次からは気をつけます」
「嬢ちゃん……か?」
「すいません、一応男です」
「そ、そうか、それは悪かった……まだ若いのに何しにグリムスまで? 行商か?」
「そんなところです」
やっぱり普通の人から見ると女に見られるのは変わらないなと、少し切ってもらった髪を指で触れながら思う。
これ以上は身体が成長しないと、どうしようもないかと諦めることにする。
「それで? ご夫婦は手荷物も少ないがどこかで落としたのか?」
「ご、ご夫婦?」
「えへへ、夫婦だってユキ」
「えっと……荷物は彼女が便利なスキルを持っているので」
若い夫婦だと思われているので、あえて否定せず乗っかっておくことにする。それとこっそりと国教を無断で抜けてきたので、魔技とは言わずに帝国風にスキルと表現する必要があった。
「なるほどな、俺たち交代で街へ戻るから一緒に着いて行ってやろう」
「えっ……と、はい、ありがとうございます」
あとは一気に飛ぼうと思っていたが、仕方がない。一応、偽造とはいえ身分証も持っているのでなんとかなるだろうと三人の兵士の後ろをついてグリムスへと向かって歩き始めたのだった。
――――――――――――――――――――
「あそこにある詰所に荷物だけ取りに行かせてくれ」
三人の兵士に連れられ、目の前に迫るグリムスの外壁を見ながら街道から少し右手の丘にある小さな建物へと向かう。
「なぁにすぐに終わるから」
「わかりました」
石のブロックを積み上げて作られたような小屋は、巡回する兵士たちが荷物を置いたり吹雪いたときの避難所として使われているそうだ。
「おっと、そこで待っていても仕方ないだろう、中に入るといい」
「いえ、ここで待ってますので」
「一雨来るかもしれんし、この辺りは森から魔獣が飛び出してくることもあるんだ。お茶でも出すから入りなさい」
荷物を取りに寄っただけだと言うのに、やたらと中へと誘う兵士。二人はすでに先に中へと入ってしまっていた。
「ユキ……」
少し胡散臭さを感じながらも兵士といざこざを起こしても仕方ないと、リーチェを後ろにしてゆっくりと扉へと向かうと兵士の人は前を歩かず俺たちの後ろをついてきた。
「リーチェ、あれやるから動かないでね」
「はーい」
「じゃあ、五、四、三……」
俺は五からカウントダウンを始め、一を数えた瞬間に魔技では無く魔法を発動させた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます