007話-魔法は使える人のほうが多いらしい
翌朝。
目を覚ますと、やはりそこは俺の部屋ではなかった。
(やっぱり夢じゃないんだな……)
そんな事をぼーっと考えながら部屋を……馬車の中を見回す。
すでにエイミーさんは起きてしまったのかその姿は無かった。
(朝の生理現象を見られずに済んだ……)
ゆっくりと布団から這い出し、掛け布団をきれいに畳んでおく。
(えっと……着替えも何もないしこれで良いか)
よくよく考えると俺は何も荷物を持っておらず、この身体一つしか自分のものだと言えるものがない。
(お腹すいた……)
手櫛で髪を整え、服の乱れを整えてから馬車から出る。
扉を開けた途端、昨日も嗅いだ美味しそうな匂いが漂ってきた。
「あ、おはようユキ!」
「おはようございます……リーチェさん」
「リーチェだよ。いい?」
「は、はい、リーチェおはよう」
「んふふっ、おはよう、ご飯できてるよ」
俺は昨日も座った丸太に座り、リーチェからお椀に入ったスープを頂く。
「リーチェ……その、他の人たちは?」
「食糧がそろそろ尽きそうだから狩りに行ったよ。エイミーは川で洗い物してくれていて、アイリスは授業中かなぁ?」
「授業?」
「そうそう、お弟子さんが二人居てるんだよ、昨日は夜番で会えなかったから後で紹介するね」
そういえば夜の見張りをローテーションでやっていると言っていたのを思い出しながらスープを一口すする。
「あれっ? というより狩りって?」
危うく流しそうになっていたのだが、そっちの方が気になる。
「魔獣ってわかるよね?」
「えっと……ワーム……でしたっけ? それぐらいなら」
俺が食べられかけていたという話を聞いた時に出た名前だけれど、それ以外は全くわからない。
名前の響きからしてモンスターのようなものだろうか?
「えっとねー魔獣っていうのは――」
人差し指を唇に当てながらリーチェが話してくれた内容を脳内でイメージする。
つまり魔獣というのは野生生物が突然変異で巨大化したものらしい。
出現する原因ははっきりとはわからないそうだ。
ただ、魔獣は性格が凶暴なものが多く、人だけで無く他の獣を無造作に捕食するためにどこの地域でも駆除対象となっているとのことだった。
「座長って戦いできるんですね」
「座長が一番弱いけどね、ふふっ」
好青年がそのまま歳を取ったような雰囲気を纏う白髪混じりの座長だが、魔獣とやらと戦えるというのはびっくりだ。
「アイナとクルジュ、あとサイラスの四人はすごく強いんだよ」
「へぇ……リーチェは?」
「私? 私は戦いだと魔法ぐらいしか使えないから」
「魔法……使えるんですか」
「あれ? ユキ使えないの? 珍しいねーうちだとアイナぐらいしか使えない人居ないよ?」
魔法――ファンタジー物では定番で、昨日アイリスさんが回復魔法と言っていたのだが、リーチェの言い方からすれば使える人のほうが多いのだろうか?
「ユキ?」
「あ、あぁごめん……魔法使えるなら狩りとか楽になりそうだけれど」
「魔法で? 魔法なんかで戦っている人なんて居ないんじゃない?」
「え? そうなんですか?」
リーチェの反応を見ると、どうも魔法というものに対する認識が違う気がする。
俺的には魔法といえば攻撃と補助の花形で、魔法使いがいれば広範囲殲滅や遠距離攻撃に困らないというイメージだ。
「あ、そっか、ごめん記憶いくつか無いんだよね。魔法って、火をつけたり飲み水を出したりするぐらいの力だよ。戦いに使えるのは『魔技』っていうの」
リーチェが拙い感じで説明してくれたのだが、よくわからなかった。
「えー……っと」
「ご、ごめんね、私説明下手で……あ、そうだ、ユキくんもアイリスの授業受けてみたら?」
「アイリスさんの?」
「アイリスは魔法の可能性を研究していた偉い先生だったんだよ」
あのホワホワした感じからすると、先生は先生でも保険の先生というイメージだ。
だが、お弟子さんに授業をしているということは色々と教えてもらえそうだ。
「じゃあ、後で相談してみる」
「うん、あ、みんな帰ってきたよ」
リーチェの耳がピクンと動き森の方を見るので、俺も釣られて視線を向けるが誰の姿もない。
「え? どこ?」
「あと五百メートルぐらいかなぁ、アイナの声がしたよ」
五百メートル……単位は元の世界と同じのようだが、距離も同じなのだろうか。
同じだとしても、そんな先の話し声が聞こえるなんてどういう聴力をしているんだ。
そしてスープのお椀を片付けてしばらく待っていると、本当に森の巨木の影から座長やアイナたちが姿を現したのだった。
――――――――――――――――――――
「おや、ユキくん、起きたのかい、おはよう」
ニカッと笑って片手をあげる座長さんだが、頭の先から足の先まで何かの血がベットリと付着していた。
「あーやっぱりドロドロだね、すぐに洗いに行こう」
「もーだから言ったじゃん、アレはまずいって」
「アイナ、終わったことを言っても仕方ないよ。今は獲物が取れたことに感謝するといい」
一番後ろからでかい猪のようなものを担いだサイラスが顔を出した。
こちらも獲物の血が肩口から垂れており、ちょっとした猟奇犯のような風貌になっていた。
「ほら、リーチェ、御所望の獲物取ってきたよ」
(……クルジュナさん……だったかな……あの格好で狩りしてたのか?)
アイナの隣にふりふりスカート姿のクルジュナさん。
昨日の衣装とは違う服のようだが、それでも原宿あたりで見かけるような明らかに場違いの服装だった。
到底森に入る格好とは思えない姿に、背中に大きな弓を携えているので余計に違和感が半端ない。
「座長、せめて血だけでも流してくださいよー」
「あぁ、そうだな――」
座長が頭に手をかざすと、その指先からじゃばじゃばと水が流れ落ちてきた。
「……あれが魔法……」
「ん? ユキくん魔法に興味あるのかい?」
タオルで顔を拭き、俺の方へと視線を向けてくる座長さん。
俺がこの世界の人間ではないと唯一知っている座長さんは俺の思っていたことを察してくれたようだ。
「あ、はい、ちょっと気になります……いえ。すごく気になります」
たとえ手から飲み水が出せる程度のものだったとしても、ファンタジーの知識でしかなかったソレが使えるならこんなに楽しいことはない。
「じゃあ、簡単なことなら教えてあげられるから、この後サイラスと水浴びに行くし道すがら教えてあげよう」
「ありがとうございます!」
「サイラスは、その獲物は――」
「座長!! 上っ!」
座長がサイラスに話をしようとした時、背後からエイミーの叫び声が聞こえ全員がとっさに上を見上げる。
「なんだあれ……!」
上空を見ると巨大な鷲のようなものが二羽、こちらに向かって急降下してくるのが目に映る。
「大丈夫だよ――アイナ! クルジュ!」
「はーい! サイラス肩借りるよ!」
「もう……。アイナ、私後ろのやつね」
アイナさんが腰から二本の短剣を引き抜き、クラウチングスタートのような姿勢を取る。
クルジュナさんは矢を持っていないのにも関わらず、両手で弓を引き絞った。
そしてアイナさんが猫が獲物を狙うときのようなポーズで尻尾をふりふりと動かしたかと思った瞬間――。
(――消えたっ!?)
サイラスさんが肩に背負っていた巨大な猪がベコっと足形に凹んだかと思ったら、全員が何かを追うように上空へと視線を向けていく。
俺も一拍遅れて空を見上げると、上空に向かって弾丸のように飛び上がっているアイナさんの姿が見えた。
そして急降下してくる巨大鷲との間が一気に縮まる。
「――ふっ!!」
アイナさんが一息で両手の短剣を交差させた瞬間、巨大鷲が三つのパーツに別れた。
そしてそのままクルクルと回転しながら、バネでも入っているのかと思うほど軽やかに着地したのだった。
そしてもう一羽、急旋回して大空へと羽ばたいて逃げようとしていた巨大鷲は……。
「『
矢がセットされていない弓から、何かが発射されたと思った瞬間、上空の大鷲が真っ二つになったのだった。
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