105話-廃坑

「やばい、迷った」


 鬱蒼と生茂る雑草を掻き分け、俺は一人で目標となる山間の炭鉱跡を目指していた。



 街の反対側にある廃屋へはヴァルとアイナとツクモが三人で向かっている。

 貴族館のほうは、ルミノックスのメンバーだという三人とクルジュとケレス、それにサイラスが向かうことになっている。


 念のため俺の幻影を一人ずつつけてある。


 あれから宿屋に全員で集合した後に全員に状況を共有して、今夜から三日間、出入りする人間を確認することとなったのだ。


 俺やヴァルは所属まで『鑑定』で確認できるのだが、ルミノックスのメンバーが使う鑑定系の魔技はそこまで高性能ではないらしい。


 そのため貴族館のほうは出入りする人間は後をつけて居場所を把握、そのあと俺が向かって『鑑定』する運びとなった。





「もう飛んでいっていいかな」


 廃坑だそうなので窓とかなどから監視されている事はないだろうが、見つかると面倒くさい。


「…………走るか」


 周囲の人間の反応を魔技で確認しながらその場所へ向かい『身体強化』を使い走って一直線に向かう。


「五人……六人かな」


 一応山の方向に六人ほどの反応があるので、奴らにせよ山賊にせよ何かしらあることは間違いないだろう。



 ススキのような草が一面に広がる丘がずっと山のほうまで続いており、俺は月明かりだけを頼りに炭鉱後へ向かい進んでいく。

 昔、炭鉱として栄えていた頃はちゃんとした道があったそうなのだが、廃校となってからは雑草に覆われどこが道かもわからなくなっていた。



「このペースだと一時間以上かかりそうだな……やっばり『転移』で行こう」


 魔力を感知されたりすることを心配して徒歩で向かっていたのだが、流石にこの調子だと到着が何時になるのかわからない。

 結局視界の届く範囲でなるべく短い距離で転移を繰り返し、山の麓へと向かって行くのだった。


――――――――――――――――――――


 山の茶色い岩肌にポッカリと口を開いている廃坑が見えたのは、『転移』を使い始めて数分後だった。


 大人が三人ぐらい並んで通れるかどうかぐらいの廃坑の入り口。

 地面には人間の足跡がいくつか残っているのだが、生憎古いものが新しいものかは分からない。


「……『後ろの狼はザートヴォルすべてを奪うク・グラービチ』」




 俺は入り口から中を覗き込み、改めて奥の方にある人間の反応を伺う。


「これ下へと続いているのかな……」


 炭鉱だったと聞いていたので、真横に掘り進めているのかと思っていたのだが、入り口からいきなり下り坂になっているようだった。

 そして蟻の巣のように炭鉱路が続いているようで、人間の反応が俺のすぐ目の前にあった。


「この魔技、相手の高低差が分からないのが不便すぎる……」


 俺は辺りを見回し、誰もいないことを確認してから、ゆっくりと廃坑へと足を踏み入れたのだった。


――――――――――――――――――――


 むき出しの岩肌に、ごろごろと転がっている拳大の黒い岩があちこちにある坑道を進む。


 最初魔法で灯りを出していたのだが『千里眼』に暗視の効果があるのを思い出してからは暗闇の中を手探りすることもなく歩いている。


(見えるけれど、怖い……幽霊でも出そうな雰囲気だ)


 実際事故などは起きていないそうだが、魔獣などが住み着いている可能性は非常に高い。




(迷って出れなくなったら『転移』で入り口からやり直しかぁ……)


 内部の地図などは当然無く、迷う可能性が高いことのほうが心配である。

 俺は右手を壁に付きながらゆっくりと奥へと進んでいく。


(これ、道化商会ジョクラトルの連中じゃなかったとしたら、逆に「お前らこんなところで何やってんだ」っていう感じになりそうだなぁ)



 ヴァルとアイナとツクモが向かっている廃屋なんて浮浪者が住み着いている可能性もある。

 貴族館のほうなどは普通に使用人の可能性のほうが高い。

 しかしこんな街から離れた廃坑の更にその奥に居る集団など、ただ単に住み着いている浮浪者だとは思えない。


(目標じゃなくても、そうじゃなくても犯罪者の可能性大……か)


 『千里眼』で月明かりの下ぐらいの明るさで見える坑道はゆっくりと下っていた。

 しかしそれも数分歩くと突き当りとなっており、あたりを確認すると更に急な坂がすぐ右に見えた。


(これ……かな)


 足元に気をつけながら徐々に天井が低くなっている通路を進むのだが、初めてこの小さな身体が助かったと思った。

 ジャンプすればなんとか天井に手が届くが、基本屈んだりする必要はない。


(サイラスが来ていたら完全に通路に詰まるな)


 狭い坑道に引っかかって動けなくなっているサイラスの姿を想像しながら奥へ奥へと進み続けるのだった。



――――――――――――――――――――


「…………」


 結局入り口へ『転移』で戻ること三回。

 最初に足を踏み入れてから三時間ぐらい経っていたのだが、やっとそれらしきものが坑道の先に見えた。


 四回ぐらい急な坂を下り、一本道の坑道へとたどり着いたのだが他の坑道とは違い壁に小さなランプが灯っており、奥へと続いていた。

 足元も今までの岩むき出しではなく木の板が雑に並べられておりかなり歩きやすい。


 木の板の上にブーツのような足跡がいくつもついており、明らかに人の出入りがあるようだった。


(話し声は聞こえない……けど、何だこの声)


 話し声ではなく、低いうめき声のような声が奥の方から聞こえてくる。

 誰かが奥に居ることは確かだが、六人の反応があるにも関わらず話し声が聞こえないのも不気味だ。


 一直線の通路だが、ここへくるまでの癖で右手を壁につけ進んでいく。

 そして坑道の先に木の大きな扉が見えてきたのは二百メートルほど進んだところだった。


 両開きの二枚扉。

 人が出入りするならこんな大きな扉は必要ないはずだが、扉の前だけ大きな広場となっており今までの坑道とは明らかに違った雰囲気になっている。

 扉の左右に設けられたランプの光に照らされ、俺の影が坑道へと落ちる。


「――『千里眼』」


 何もわからないところを飛び込むのも怖いので『千里眼』を使い、扉の向こうを確認することにした。

 魔技が発動すると、まず扉がドアップで視界に映り、魔力を少しずつ高めていくと扉が少しずつ透けて見えてくる。



(なんだあれ……)


扉の向こうに見えたのは、石造りの四角い部屋。

中央に俺と同い年ぐらいの――以前の俺と同い年ぐらいの男が寝かされているのが見えた。


(三十から四十ぐらいかな……寝てるわけじゃないよな……)


胸元が上下しているので呼吸しているのは解るのだが、顔は眠っているようだった。

だが、少しだけ開いた口元から先程のうめき声が漏れ聞こえてきており、発生源があの男であることは間違いなかった。

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