106話-メモ書き

「他に居ないな……」


 探知系の魔技『後ろの狼はザートヴォルすべてを奪うク・グラービチ』で確認するとこの位置に六人の反応があるのだが、部屋を何度見回しても一人しか居ない。

 他に隠し部屋があるのともう少し『千里眼』の魔力を高めて、壁の奥なども確かめてみるがやはり何も無い。


「もしかして……まだ下があるのか?」


 『後ろの狼はザートヴォルすべてを奪うク・グラービチ』は高低差がわからないため、可能性があるとすれば下だろう。

 扉の前から斜め下を見て、地面に視線を向ける。

 そして更に魔力を高めていくと下の階にもフロアがあるのが見えた。


 目の前にある石部屋と同じような作りの部屋が下のフロアにも存在しており、絨毯やソファーが置かれており五人の男が椅子に座っていたのだった。

 あいにく声は聞こえないのだが、ローテーブルに酒の空き瓶がいくつも転がっており全員酔っ払っているようだった。


 心配していた鎖男の姿は無いようだが、まずは眠っている男へ『鑑定』を使う。


――――――――――――――――――――

名前:アールネ・ハールス

年齢:32歳

種族:真人種-人間族

身体:172cm 金髪、青目

状態:疲労、意識混濁

職業:浮浪者

魔技:なし

称号:窃盗

――――――――――――――――――――


 どうやらホームレスの人のようだが、下にいる奴らに捕まって何かされているのだろうか。

 よく見ると床に等間隔で小さな小瓶が置かれており、何かの儀式に使われているように思える。


「魔力は感じないけれど、もしかして当たりかな?」


 ただの盗賊や山賊がこんなことをするとは思えない。


「じゃあ、あの五人が道化商会ジョクラトルの奴ってことか――『鑑定』」


――――――――――――――――――――

名前:ケイン・ハールゲン

年齢:37歳

種族:真人種-人間族

身体:175cm 金髪、青目

状態:泥酔

職業:山賊

魔技:なし

称号:窃盗、強盗、誘拐

――――――――――――――――――――

名前:ヴィリアム・リカルドソン

年齢:35歳

種族:真人種-人間族

身体:170cm 金髪、青目

状態:泥酔

職業:山賊

魔技:なし

称号:窃盗、強盗、誘拐

――――――――――――――――――――

名前:マルティン・フォシェル

年齢:28歳

種族:真人種-人間族

身体:181cm 金髪、青目

状態:泥酔

職業:山賊

魔技:なし

称号:窃盗、強盗、誘拐

――――――――――――――――――――

名前:シーグルド・オーストレーム

年齢:41歳

種族:真人種-人間族

身体:165cm 金髪、青目

状態:泥酔

職業:山賊

魔技:なし

称号:窃盗、強盗、誘拐

――――――――――――――――――――

名前:アンブロシウス・アルーン

年齢:41歳

種族:真人種-人間族

身体:165cm 金髪、青目

状態:泥酔

職業:山賊

魔技:なし

称号:窃盗、強盗、誘拐

――――――――――――――――――――


「……あれ?」


 五人のステータスを確認してみるも、その結果はただの山賊。

 道化商会ジョクラトルの文字はひとつもなく、魔技も持っていない本当にただの山賊だった。


「どういうことだ……」


 この『鑑定』を欺くレベルの偽装系の魔技でもあるのか、某伯爵家にあったような魔技の波動を妨害するような装置でもあるのだろうか?


 いずれにせよ、道化商会ジョクラトルじゃないとすると、この扉の向こうの男は何をされているのか。

 下のフロアにいる奴らに聞くしかないだろう。




道化商会ジョクラトルじゃないし魔技も無いなら逃げられることはないだろう」


 ちょうど真下のフロアも、今いるフロアと同じような構造のようなので、このまま地面を突き破って下に降りれば奴らも逃げられないだろう。





「――『御山の怒りミネラ・ミラ』」


 これも『飛翔』と同じく使うことはあまり無いだろうと思っていた地形操作という感じの魔技だったが、まさかすぐに使うことになるとは思わなかった。


 すぐ足元の踏み固められた土が冗談のように左右へと広がり、徐々に広がるとマンホールぐらいのサイズの穴が出来上がった。




「あとは、下のフロアの天井部分だけかな」


 今のフロアの天井を見ると木の板でかなり補強されているので下も同じだろう。


 穴の奥に見えている黒い床部分は下のフロアの天井部分で、あれを崩せば流石に気付かれる。




「よし……『影の旋風チエーニ・ヴィールヒ』」


 手を銃の形にして指先から風の塊を発射する。

 ドンっと重く腹に響く音が鳴り響き、追加で放った風塊が木の板をぶち破り下のフロアへとバラバラと落下していった。


 俺は『収納』から短剣を取り出し、右手で持ったまま下のフロアへと飛び降りた。




「よっ……と」


『なんだ今の音!?』

『どっか崩れたんだろ』

『ちょっと見てこいヴィリアム!』


 扉の向こうから男の声が聞こえ、眼前にあった木の扉がゆっくりと軋みながら開き始めた。




「――ったく、めんどく……うおっ!? な、なん――ぶへっ!?」


 扉の前で屈んだ状態から、一人の男の顎を膝で蹴り上げてくるっと宙返りする。


「……『封魔』」


 顎を下から蹴り上げられ後ろへひっくり返った男をすかさず鎖で拘束をする。


「なっ、誰だっ!?」

「お邪魔します――ちょっとお話を伺いたいのですが」


「……ガ、ガキ……じゃねえな? 何者だお前」


 顎髭を蓄えた一人の男――確か鑑定だとケインという名前だった男が身構える。




 俺の背格好を見ても流石にこの状況だと身構えるのは正しい反応だなと内心で苦笑する。

 この状況で『ひゃっはー女だ!』とか喜び始めたら即座に『洗脳』して終わりだったのだが、少しは紳士的な話が出来そうだ。




「えっと、私すこし探し人をしてまして、情報交換とかどうでしょうか?」

「…………その鎖……お前まさか」



 ケインの反応で「おや?」と思ってしまう。

 俺の出した鎖に反応するところを見るとやっぱり知っているのだろうか。





「こんな感じの鎖の魔技を使う男、知ってますね?」

「…………姿は見たことがねえが、お前がそれじゃねえのか?」


「それが違うんです。その男を探してまして……道化商会ジョクラトルって言うんですが、知ってますか?」


「…………知らねえよ」


 明らかに知っているのに知らないと言う答え。



「本当ですか――?」

「…………くっ」

「――!?」

「ひ、ひうっ!?」



 少し腹に力を入れてなるべく怖そうな声を意識して質問し直したら、ケインの両端にいた男二人と背後の鎖で巻いてある男が短い呻き声を出して気絶してしまった。


「あ、あれ?」


 ケインが奥歯を噛み締めて睨みつけてくるのだが、俺は他の男たちの予想外の反応に驚いてしまった。




「……てめぇガキなのかヤベェ奴なのかどっちだよ」

「私としては普通のつもりなんですけれど……すいません」



「はぁ……わーったよ、どっちみち俺たちじゃ勝ち目はねぇし、無理なら無理で問題ないって言われてんだ」




 ケインが観念したように肩の力を抜き、ソファーへ倒れた男を下へと落とし、どかっと座ると酒瓶に口をつけた。


「……無理なら無理で問題ないって、上の男のことですか?」

「あぁ……」




 男が口元を袖で拭き、酒瓶を差し出してくるのだが首を振って断る。




「状況がよくわからないので、最初から説明してくれますか?」


「…………てめぇーーまぁいい」


 なぜか不思議な反応をしたケインは、ふぅと大きなため息をついてから「先月のことだ」と話し始めた。


「頭からすっぽりマントをかぶった男が仕事を持ちかけてきたんだよ。この紙に書いてある人間を探してこの小瓶の中身を飲ませて上の部屋へ寝かせろってな。そのあとは三日三晩見張りをしてから次の奴……そんな感じだ」




「…………それで?」

「それでも何もそれで終わりだよ」


「その紙を渡してきたのが鎖使いですか?」

「……あぁ、その場で俺の仲間が一人殺されたよ」


「その紙には人の名前が?」

「……人種と年齢が書いてあるだけだよ、ほら」


 ケインからメモ帳の切れ端のようなものを受け取る。


――――――――――――――――――――

猫亜人 十五から二十 女

兎亜人 十五から二十 女

エルフ 十五から二十 女

人間 三十から四十 男

人間 二十から三十 女

人間 十から十五 女

――――――――――――――――――――


 なんだが統一性のない内容だが、上からニ行と下二行はバツを書いてある。

 つまり上フロアで寝ているのはこのリストの「人間 三十から四十 男」の事だろう。


 残りは「エルフ 十五から二十」




「このバツ印の人はどうしたんですか? 殺したのですか?」

「こ、殺してねぇよ!」



 ケインが必死に頭を振りながら否定する。

 その目は「殺さないでくれ」と言うような、懇願するような雰囲気だった。




「拐ってきて、上の部屋に寝かしたあと小瓶の蓋を開けて周りに並べるんだ。あ、あとは三日後の夜に依頼主が引き取りに来て金と交換してくれるんだ」


 確かにこのケインも他の奴らもステータスを見た時には「誘拐」は書かれていたが、「殺人」という表記はなかった。




「一人でいくらもらってるんです?」

「ひ、一人につき金貨十枚だ」


 なるほど、なかなか高いようでリスクを考えると安い。




「た、ただ……」

「ただ、なんですか?」


「おめぇみてぇな銀髪をした子供を見つけて捕まえたら金貨千枚……とも言っていた」


 それは俺のことかなと考えたところで、ハッとして先程のメモへ視線を落とす。




「猫人、兎人、エルフ、人間の男に、人間の女、子供…………まさかっ!?」


 そのメモに書かれていた人種の構成をよく見ると、『荒野の星』のメンバーと合致していたのだった。


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