107話-タイマン

 ケインという男に差し出されたメモに書かれていたもの。


 それは拐ってくる人物の種族や年齢のメモで、「こいつを拐え」という特定の人物を指定したようなものでは無かった。

 書かれていたのは、あくまでも種族と大体の年齢だけ。


 あとは拐ってきた相手に怪しげな小瓶の中身を飲ませ、三日三晩見張るという依頼だった。




「上の男を引き取りに来るのって、もしかして今夜だったりします?」

「………………」



 今まで、いい感じに話してくれていたケインだったがここにきて黙り込んでしまう。


「何時ごろ来るんです?」

「しらねぇ……いつも気がつけば居なくなって居るん…………ぁ……?」


 観念したようなケインだったが、全て話終える手前で目を見開き動きを止める。

 

 一瞬「なんだ?」と脳内をよぎった瞬間耳元で金属の擦れる音がして、反射的に前へ飛び込むように転がった。

 ガギィィと金属が思い切り打ち付けられたような音が背後から聞こえ、咄嗟にさらに横へ転がって立ち上がり、先ほどまで立っていた入り口の方へと視線を向ける。





「だめだよね、クライアントのことベラベラと話しちゃ」


 そこに立っていたのは、あの時戦った男……頭からすっぽりマントを被った鎖男だった。





「………………」

「おや、ユキ君随分と強くなったみたいだね?」


「…………お前」

「そんな目で睨まれても困るんだけど。俺はもう君には興味がないんだ」




「名前なんだっけ…………」

「…………失礼な奴だな。カイルだよ」


 少し場を和ませるというか、気合いをリセットするために本気で悩んでいたことを聞いたのだが、かなりきつい目に睨まれてしまった。





「俺に興味ないって……どう言う意味だ?」


 あの伯爵の屋敷では俺のことを「成功体」だとか言っていて、俺を連れ帰ろうとしていたのだ。

 それが久しぶりに出会って興味ないと言うのは流石に信じられない。




「いや、最初は実験が成功したんだと思っていたんだけれどね。観察して居るうちに違うって気づいたんだよ。だからもう君は好きにしていいよ」


 実験……やはりこいつは道化商会ジョクラトルと言うことか。

 カイルがやれやれと言った仕草をして踵を返そうとするのを「待て!」と呼び止める。



「なんだい? 俺はこう見えても忙しいんだけど」


「あの上の男……あとリストとかも『荒野の星』に関係あるのか? お前たちは何をしようとしてるんだ?」




「どうして俺がそんなことをわざわざ教えてやらなきゃならないんだ?」



「シェリーをけしかけたりしたのもお前だろ?」

「あれは俺の相方が勝手にやってたことだよ。俺はちょっと手伝っただけ」


「…………(『鑑定』)」




 カイルが話して居るうちに『鑑定』をかけたのだが、脳内で魔技を発動させた瞬間ズキンという頭痛と共に魔力が霧散してしまう。




「……鑑定系の魔技は効かないよ? でもそうだな。お前はほっておくと邪魔にしかならなさそうだから、やっぱりここで消そう」


 カイルが上を向いた瞬間、体を覆っていたマントの中から大量の鎖が俺の方へ向け放たれた。


「――くっ!?」


 俺は咄嗟に横へ転がりながら迫り来る鎖を避け、すぐに起き上がる。

 


 先ほどまで立っていた場所に数十本の鎖が突き刺さり、ケインやその仲間がボロ雑巾のようになっていた。



「やっぱこれぐらいじゃ避けられちゃうか。じゃあパワーアップね」

「パワーアップ……そう言えばお前さっきクライアントとか……まさか!?」


 この世界、話し言葉は日本語以外がなぜか通じない。

 逆に言えばそれが通じる転生者のヴァルやシェリーなどとは普通に違和感なく会話ができるのだ。


 この世界に馴染きっていればもっと違和感を感じるのだが、最近ヴァルたちとよく話をして居ることもあり、しばらく考えないとその違和感に気づけない。




「あれ? 知らなかった? でもアトリーのせいで帝国の北の方だと通じるんだよ」

「アトリー…………?」


「逆パターンでこっちに帰ってきた人だよ……まぁ、ここで死ぬ君には関係ないことだけどーーねっ!」




 俺が何かを考える前に地面に突き刺さっていた大量の鎖が一つになり、まるで大蛇のように顎門を開いて襲いかかってくる。


「ぐっ――『猫の反乱コーシカ・ヴァスターニエ』」


咄嗟に身体強化をして身を躱し、目の前を通り過ぎる鎖に向けて『影の旋風チエーニ・ヴィールヒ』を打ち出すが分かっていたが、風塊はなんの効果もなくそのまま鎖の向こうへと通り過ぎていく。




「やっぱりその身体強化めんどくさいなぁ……でもこの狭い室内、いつまで逃げ続けられるかなっ!?」


 カイルが指を鳴らすと太い鎖の束から棘のように四方八方へ向けて細い鎖が飛び出し、そのうちの一本に足を絡め取られてしまう。


「攻撃してもいいんだぞ?」

「へっ、後で泣くなよ?」



 逃げ場がない狭い室内……だがそれはカイルにとっても同じことだ。


「――『御山の怒りミネラ・ミラ』!」


 床に手をつき、カイルの天井付近に一気に魔力を流し込むと、天井の岩が意志を持ったようにカイルへと向かい落下し始める。


「うおっ……っと……危ねぇ」


 後ろに下がるどころか前に飛び出し落石を躱したカイルが、お返しとばかりに腕を突き出すとその腕全体が鎖に変化しロケットパンチのように襲いかかってくる。



「やばっ――!?」


 俺は咄嗟にカウンターを当てるように腕を突き出して実践で使ったことのない魔技を繰り出した。


「はぁぁぁっっーー『悪魔マエロル・の嘆きディアボルス』!!」


 咄嗟とは言えスッと身体が勝手に動いた。

 魔技の発動と共に腕が突然巨大化し、崩落で狭くなった部屋をさらに埋め尽くすかのようにしながらカイルへと突き進む。




「なっ――……!?」

「ぐぅぅっっ!!」


 カイルの短い驚愕の声と共に拳に激しい痛みが襲ってくる。

 ケレスの魔技は身体の一部のサイズを変えるだけで防御力が変わるわけではない。


 


 鎖が突き刺さったまま巨大化を解除するとどうなってしまうのかとか余計なことを考えてしまいながらも、無理やり突き出した拳の痛みを堪えながら更に前へと突き出していく。




「ぐっっ、ぉぉぉぉっっっ!!」


 俺の腕と背後の瓦礫に潰されながらも必死の抵抗を見せるカイル。

 だが最初に崩れたのは背後に積もった天井からの瓦礫だった。


 ビシビシッとと激しい音と共に、カイルの身体が瓦礫を押し除け外の通路へと押し出されたのだった。

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