069話-二日酔いを最初に滅ぼす

「飲み過ぎた……」


 翌朝、ふかふかのベッドで目を覚ました俺は、この世界で味わう初めての二日酔いに頭を抱えていた。

 ズキズキとする頭を抑え、目頭を指で押してしょぼしょぼする目をなんとか開く。


「おはようございます」

「ミラ、おはよう……早いんだね」


 陛下に貸していただいた客室なのだが、既にミラさんが窓際の小さなテーブルで紅茶を用意して待機してくれていた。

 昨日、最後の方は初めて会ったときの清楚な感じを何処に置き忘れてきたのかと思うほどはっちゃけていたミラさん。

 だがすでにそんな気配は綺麗サッパリなくなっており、キリッとした美人のメイドさんへと戻っていた。


「いえ、これが私たちのお仕事ですから。何か食べられますか?」


「飲み物だけで大丈夫……ちょっと頭が痛いから回復させる……」


 俺は痛む頭を持ち上げ、魔力を練り上げて自らに回復魔法を使う。

 銀色の光が溢れて、すぐに頭痛が引いていくのがわかる。


(昔の俺が使えたらなぁ……これだけで一生食っていける商売になるだろうな……)


 なお、昨夜……というよりほぼ明け方だが、予想通り宿に帰ることができなかった俺は六華に宿へ走ってもらった。

 陛下はかなり上機嫌で、最後には踊り出していた気がするがあまり記憶にない。



「ふぁぁ……おはようございます」


 同じベッドで倒れるように眠っていたマリベルさんが目を擦りながら起き上がる。


「マリベル……流石に寝すぎです」

「す、すいません……お布団があまりにも気持ち良くて……いてて……」


 マリベルも二日酔いなのか、目の下に大きな隈を浮かべてこめかみをグリグリと押している。


「マリベル、その二日酔い治そうか?」

「二日酔い……っていうんですね……ぅぷ……お願いしますぅ……うぇ……」


 マリベルが縋るように抱きついてくるので、そのまま回復魔法を使うと再び部屋に銀色の光があふれかえる。

 そのまま押し倒してきたマリベルを押し戻し、ベッドへと腰掛けてぐぐっと伸びをする。


「あ、あの……ユキ様……そのもしご迷惑でなければ私もお願いしても……」


 遠慮がちに自分の二日酔いを申告してくるミラ。

 こちらはプロ根性でなんでもない風を装っていたようだ。

 遠目ではわからなかったが近づくとたしかに顔色が良くないので、手招きをすると俺の足元へとやってきて床に膝立ちをして腰に抱きついてくるミラ。


 今更抱きつかなくてもいいと言うのも面倒だったので、ミラの頭を撫でながら三度目の回復魔法を使ったのだった。


――――――――――――――――――――


 見る見るうちに身支度を整えたマリベルさんがミラさんと共に簡単な朝食の用意をしてくれるのを眺める。

 

 ちなみに昨日、陛下に質問していた『相手の考えを読める』という魔技だが、なんとミラが使える可能性が出てきた。

 昨夜隣に座ったミラのステータスをこっそりと確認させてもらうと、きっちりと魔技の項目が有るのが分かったのだ。


 本人は『魔技は使えない』と言っていたので自分が魔技を使えると知らないだけだろう。

 おそらく使い方も知らない筈だ。


 ミラ曰く、普段から相手がやってほしいことがなんとなく分かってしまうので進んで仲間の手助けをしているらしい。

 実際メイド仲間でも、よく気がきいてすごく慕われているという話をマリベルからも聞いた。


(本人が自覚していないけど無意識のうちに少しだけ魔技の能力を使っているんだろうな)


 魔技を所持していても調べなければ判明しないし、戦いに赴くような兵士でもない限り自ら進んで調べるということはあまりしない。

 あとでこっそりと幻影を作って使ってもらおうと思う。




(……ちょいまて、使い方を本人が知らないなら幻影に使わせる作戦もダメじゃん!)


 まさかの落とし穴。

 だが、俺が作った高性能な幻影ならまだワンチャンあるかもしれないので、一応実験だけはやってみよう。

 

(失敗しても泣かない。その時は相手の潜在能力を引き出すような魔技が有れば)


 まさに終わりのないループに陥ってしまいそうな話だったが、まずは幻影に洗脳を使って無理やり使わせてみる作戦を試してみようと思う。


(……俺が使うと魔技が高性能になる。今のところ、使い続けても魔技の性能が上がっていくんだよな)


 この場合、一つ気になることがある。

 それは「俺の本来の魔技の性能」は上がらないのだろうかということだ。

 つまり『目で見た魔技をコピー』できるなら、その能力は進化しないのだろうか。


(例えば相手に触れるだけで魔技をコピーできるとか、自分の魔技を相手にコピーするとか……)


 そうなればかなり楽だ。

 いったい俺はどこに向かっているのかわからないが、魔技が大量に使えるとなるとそれだけ何かがあったときに、生き残れる確率や仲間を助けることができる確率が上がるわけだ。


(……その前に魔技の名前を自分で変えたい)


 なにぶん他人の魔技だから仕方ないのだが、名前だけで効果がわかりづらくあまり使ったことのない魔技を使うときにいつも悩んでしまうのだ。

 手帳というインターフェイスだし、頑張れば魔技の呼び名ぐらいは変えられても良い気がするのだ。


(今日は予定がないなら自分の能力実験してみよう)


「ミラ、折角だしお城の中とか見学したいんだけど大丈夫かな?」


「陛下からも許可を頂いておりますので、一部の施設以外は大丈夫です。私がご案内いたします」


「あと、陛下に昨日のお礼を伝えたいんだけど」


「かしこまりました。ではまず陛下へご連絡してまいりますのでしばらくお待ち下さい」


 ミラとマリベルが陛下に伝えに行くため部屋を出て行くのを確認して、俺は早速ミラの幻影を出してみることにした。


――――――――――――――――――――


「ユキ様、こちらでございます」


 ミラとマリベルに先導され広い通路を歩いていく。

 窓の外には中庭が見え、色とりどりの花が咲いていた。


(かなりやりたい放題の域に達してしまった)


 結論から言うと、ミラの幻影から魔技をコピーすることが出来たのだが、俺がすでに使える『真実ゼールカロの鏡・イースチナ』の劣化版のようなものだった。

 もっと効率的に魔技を増やす方法は追々考えることにした。


 (魔技を持っているかどうかは確認できるんだから、それを使わせれば良いんだよな……操る系? それなら幻影を出して使わせたほうが早い)


 そんなことを考えていると、ミラさんが大きな扉の前で立ち止まった。


「こちらが陛下の執務室でございます」


 一人で開けるのは大変そうだと思ってしまうぐらいの巨大な扉。

 コンコンとミラが扉をノックし、中からの返事を確認すると人が通れるぐらいだけ扉を開く。


「ユキ様、どうぞ」


 俺が最初に入るのかと思ったが、昨日散々腹を割って……酔っ払って良い感じに飲み明かした相手だ。

 気にすることも緊張することも何もないと自分に言い聞かせて扉をくぐる。


「失礼します」


 部屋に入った俺は頭を下げてから、ゆっくりと室内を見回した。


 両側の壁には天井まで届きそうなシックなデザインの本棚。

 部屋の中央には巨大なソファーセットが置かれており、壁面に設けられた大きな窓の前に執務机が置かれていた。


 椅子にどかっと座り、何かの書類に目を通している陛下。

 その隣に控えているのは昨日の会議でもテーブルに座っていた宰相さんだった。

 最初に紹介はされたが、残念ながら名前は覚えていない。


「よくきたな。昨夜はよく寝れたか?」

「おかげさまで……お気遣い感謝致します」


「ふむ……ユキ、こちらへ。宰相少し外してくれ」

「はっ……」


 宰相さんがミラさんとマリベルさんと共に部屋を出ていくのを見送る。


「ユキは公的な場所だと事務官のような話し方をするからの……で、これを渡そう」

「これは……?」


「捜査のための立入許可書で国王権限のものだ。昨日言った通り国は騎士を派遣し犯人の捜査をしている。だがそれでは逃げられてしまうことも明らかじゃ」


「はい、その辺りは昨日伺いました」


 前国王を蘇らすというよく分からないことを実行しようとしている集団。

 ただ祈っているぐらいなら問題ないのだが、人をさらい生贄として捧げているというからたちが悪い。

 俺たちのミッションはそんな奴らを探し出し、奴らの懐に潜入して暗殺もしくは逮捕することだ。


 戦いになるなら俺たちも戦って勝てば良い。

 だが俺たちが捕まり奴らが正規の手段で通報や裁判なんてことになったら、その街の領主の権限で処刑されてしまうこともある。


「『荒野の星』は全員が戦える訳ではないだろう? まぁいざと言う時のお守りみたいなもんじゃ」


「ありがたく頂戴いたします」


「あぁ、それとユキへ渡すものがあったのを忘れておった」



 ミハエル陛下が机の上に乗せてあった小さなベルをチリンと鳴らすとすぐに扉がノックされ、先程の宰相さんが戻ってきた。


(扉の前で待ってたのかな)


「すまんが、あれを持ってきてもらえるか?」

「承知いたしました」


 宰相さんが一礼をして部屋から出ていくと数分で両手に大きな皮袋を抱えて戻ってきた。


「陛下、こちらへと失礼します」


 ジャリっという音と共にローテーブルへと置かれた袋。

 よく見ると部屋の入り口に同じような袋を持った執事服姿の男性が何人も列を作って待っていた。


「おい、ここへ運んでくれ」

「はっ」


 そして次々と積まれていく革袋。

 そろそろテーブルの上から落ちるんじゃなかという高さになってやっと終わったようだ。


「陛下、これは……?」

「ここ一年で『荒野の星』が捕まえた犯罪者の報償金や、奴らの資産を売り払った金の分前じゃよ」


 依頼の報償金は定期的に受け取っていますらしいが、犯人逮捕の報償金や没収資産の分配は計算に時間が掛かるため、なかなか渡す機会が無かったそうだ。

 その結果積もりに積もった『荒野の星』の分前が目の前に積まれた革袋だそうだ。


「締めて金貨八千だ。端数があったのでワシの方で追加してある」

「ありがとうございます。こちらは『荒野の星』のために役立てます」


「あぁ、このうち六千はお主個人のものにしてくれとアーベルから言われておる」

「私個人に……ですか?」


「あぁ、線引きは任せるが武器や情報、人手……色々と突然入用になることが多いからの。金は持っておいて損はない」

「わかりました。ありがたく受け取ります」


 個人的にというより俺の判断で使っても良い活動資金という感じだろう。

 確かにこの先何があるのかわからないし、お金は持っておくに越したことはない。

 しかし未だにこの国の相場をよくわかっていないところもあるので、金貨八千でどれぐらいの活動資金になるのかいまいちパットしない。



「資金や資材とか、他に何か手伝えることはあるか?」

「お金は先ほどいただいたもので十分ですし、足らなければ盗賊でも狩って凌ぎます。舞台もやれますので」


「頼もしいのぅ。では何かあれば都度言ってくれ。なるべく対応しよう」


 座長から受け取った僅かな運営資金に先程の陛下から頂いた金貨。

 食料を買ったり、舞台に必要な道具を揃えたり、宿の費用……それに裏の仕事の時、工作費用なども必要になることも多いだろう。


 ちなみに犯人の暗殺や逮捕といった依頼を受けた場合の報奨金というのは基本的にあとから貰えるそうだ。


「あの、どうして我々にそんな……というか私のことをそこまで信頼していただけるのですか?」


「昨日も言った通りアーベルが信用して一座を任せたんだ。それに対してワシも乗っかっているだけだ。もちろん酒を飲み交わした仲だからな、ワシも期待しておるよ」


 戦争が終わりこの国の民のために動きたいと言った座長に対して、支援をしていたというミハエル国王。

 その国王に対し、影から支えてきた『荒野の星』のメンバー。


 一部国民からはクーデターを起こして国を乗っ取った王とも言われているらしいが、こうして話を聞いていると確かに彼の力になりたいと言う気持ちにもなる。


(俺のことを気に入っていつも仕事をくれていた社長さんみたいな感じで良いな、こういうの)


 俺は改めて陛下に謝辞を伝え書類と金貨を『貪欲な貝ペルナ・アウァールス』へと大事に仕舞うと、ミラに城を少しだけ案内してもらうこととなった。

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