068話-ただの飲み会

 陛下からの依頼内容は全部俺たちの責任で探して阻止しろとかではなかったので、安心して引き受けた俺。

 最近日本人だったということを忘れている気がして仕方がない。

 

 魔法や魔技という経験したことのない力を手に入れて浮かれているのなら、自分を律する必要があるなと考えながらグラスに注がれた酒を煽る。

 アルコールが喉を通り胃がカッと熱くなり、逆に頭がスッと覚めていく感じがする。

 

 皆の……『荒野の星』の命を預かる以上、なるべく情報を仕入れる必要がある。

 俺に足らないのは情報だ。

 この世界のこと、みんなのこと、そして敵のこと。

 聞きたいことを上げればきりがない。


「いくつか質問を……良いですか?」


「構わんぞ」


 少し顔が赤くなってきている陛下がニヤリと口元を歪めながら先を促す。


「座長が……アーベル座長が以前、この城の監獄に送ったと言っていた奴らも関係があるのですか?」


「あぁ……奴らも関係者だったようだが捕まえた兵士たちはほとんど事情は知らんかった。話に聞いた鎖使いとやらを捕まえられれば……あるいは」


 あの時、ローシアの街でグノワール伯爵が実験していたという『子供の体に神を宿す』という実験。


 そして神=前国王だと信じているという道化商会ジョクラトルの狂信者たち。

 俺はその煽りを受けこの世界に来ることになったというわけだろう。




「あとで監獄へ行くと良い。アーベルの魔技、お主も使えるんじゃろ? 何でも他人の魔技を使うことができる魔技だとか」


「それはアーベル座長から?」


「あぁ。ワシ以外には他言無用と強く言われておるから、お主の魔技については誰にも言っとらん」


 座長はその辺りも含めて俺のことを陛下に伝えていたようだが、俺の記憶については知っているのだろうか。


 見た目通りの十三歳ではなく、中身はおっさんで他の世界の人間だと知っているのだろうか。

 今のところこの事実は座長しか知らない……いやもう一人、ヴァレンシアが気付いている可能性もある。


「ありがとうございます。私自身、記憶がないものでどうしてこのような魔技が使えるかがわからないのですか……」


 カマかけではないが、どこまで知っているのか陛下へ尋ねてみることにした。


「なに、お主の出自は記憶が戻ったらまた教えてくれれば良い。少なくともワシはアーベルが信用したお主を信じているだけだ」


「信頼にお応えできるよう、がんばります」


「他は何かあるか?」


「情報を……前国王の情報やこの国の地図、各町の事を知りたいのですが」


「ふむ……詳しい地図についてはあまりないが、前国王のことも含め、なるべくの情報……という事だな。あとで用意しておこう」


「助かります……それとこれはもし可能ならという話なのですが……」




 せっかくこの国の一番偉い人が協力してくれるというのだ。ダメ元で欲しいものは正直に聞いてみよう。

 個人的に気になっており、直近で欲しいと思った魔技についてだ。


「転写系……と言うのかはわからないのですが、相手の知識を読むというような魔技を持っている人はいないでしょうか?」


 もし相手の記憶が読めるなら、魔技をコピーするときにいちいち本人の幻影に魔技の説明させる手間が省ける。


「記憶を読み取る……それは使えたとしても周りには言えないのではないか?」

「あっ……」


 確かに陛下の言う通りだ。

 そんな魔技を持ってますなどと公言しようものなら、俺なら付き合い方に躊躇いが生まれそうだ。




「城内は自由に動き回っても構わん。個人的に調べて協力を仰ぐのは構わんぞ」

「ありがとうございます!」


「はっはっはっ! ユキよ、今までで一番良い笑みだぞ! やはりお主のような年の子はそうやって笑わんとダメだそ?」


 膝を叩きながら笑う陛下が再びグラスを煽り、酒を一気に飲み干すと今度は手酌で並々と注いでいくミハエル陛下。

 つい陛下のグラスへの気配りが抜けていた事に気づいてしまった。


「す、すいません」


「構わぬよ。お主とは仲良くやりたいと思っておる。アーベルの魔技を使えるのだろう? 困ったことがあればいつでも来てくれて構わんぞ。もちろん暇つぶしに遊びに来てくれても構わん」


 暇だから王様のところへ遊びに来るなんてそんなこと、本人がいいと言ってもおいそれと来れるわけもない。

 だがミハエル陛下なら全然受け入れてくれそうな雰囲気だった。


 実際、陛下は陛下で魂胆はあるのだろうが、俺としては協力者は一人でも多いほうが何か会った時の保険になる。

 そしてそれは身分が高ければ高いほど安心できるのだ。




「ユキよ。ワシからもお主に聞いておかなければならないことがある。重要なことだ」


「――はっ! なんでしょうか」


 突然真顔になり声色が落ちた陛下に俺も反射的に背筋を伸ばしグラスをテーブルに戻して膝に手を置く。





「…………お主、男か? 女か?」


「………………」


 何を聞かれるのかと身構えていたらとんでもない質問をぶつけられた。

 一瞬なにを言われたのか脳の処理が追いつかず何度も陛下の言葉を脳内で繰り返してしまった。


「ざ、残念ながら男です……」


「ふっ……ふははっ、ふはははっっ! そうか、そうか、それは失礼な質問をした。許してくれ」


「いえ、よく言われるので最近は慣れました。例の賊を捕まえる時は実際女のフリもしましたし」


「アーベルがな、お主の事を『男だと思えば男だが、男に変身している女だとしても驚かない』と言っておっての」


 座長のことだからそれは冗談のつもりで言ったんじゃないのかと思うが、何か意図があったのだろうか。

 そもそも座長とは一緒にお風呂にまで入っているし、どうしてそんな言い回しをしたんだろうか。


「何でも『荒野の星』の誰にも手を出していないそうじゃないか。年頃の男がそれではいかんぞ! はははっっ!」


「そ、それは、一緒に旅する仲間ですし……」


 一応軽く否定はしてしまったが、既に『三人に”手を出されて”しまいました』とは言えず、内心汗だらだらだった。






「まぁ、お主のその顔立ちと気量なら全員を嫁にしていてもワシは驚かんぞ!」

 

 すでにアルコールが回りきって真っ赤な顔をした陛下は既にただの酔っ払ったオヤジだった。


「ふむ、そろそろ次の酒でも持ってきてもらうか。ユキ、もう少し時間はあるか? ワシもなかなか心を許して飲める奴はそうおらんもんでの。付き合ってくれると嬉しい」


「はい、ありがたく」


「酒は、何か希望はあるか? つまみも食べたいものがあれば作らせるぞ」


「陛下と同じのを頂ければ嬉しいです」


「ふははっ、ユキはなかなか甘え方を知っておるの。本当に十三歳か? 三十歳だと言われても驚かんぞ? わはははっっ」



 陛下がテーブルのベルを鳴らすとすぐさま扉がノックされ、先ほどのメイドさんが入ってきて陛下の近くに跪く。


「……ところでユキは年上と年下どっちが好みなんじゃ?」


「そ、それは女性の話ですか?」


「男の話のほうが良かったか?」


「ご、ご想像にお任せいたします」


「ふむ……想像した。マリア、今日はミラとマリベルは休みか?」


「はっ、二人とも夜勤になりますので、既に働いております。連れて参りますか?」


「頼む。あと何人か酒の相手をしてくれると助かるんじゃが」


「かしこまりました。希望者多数となりそうなので、私の方で何名か連れて参ります」


 普通は社長とかお偉いさんに『一緒に酒を飲め!』と言われたら、女の人は断りそうなものだが……城の、王様とかその家来とかのシガラミはよくわからない。

 断るとどうなってしまうんだろうか。

 陛下は許してくれそうな性格だが、直属の上司にボロカスに怒られたりするのだろうか。


 そんな社畜気分の俺だが分かることといえば、この先二人だけで飲み交わせるわけではないということぐらいか。

 メイドさんが丁寧にお辞儀をして退出し、扉を閉められるのを確認した俺は最後に聞いてしまいたい事を聞くことにした。




「陛下、エクルースという国の事はご存知でしょうか?」


「前国王が滅ぼしたエルフの国じゃな。元々あそこの国は外交などせずひっそりと暮らしていたのだが、前国王がエルフの嫁が欲しいと言い出したのがきっかけじゃそうだ」


「それで……どうなったんですか?」


「送りつけた書簡にお断りの返事を送られたことに腹を立て、兵を派遣して国を滅ぼしたそうだ。生き残った国民は散り散りに逃げたそうだが、女王の安否はわからん」


 やはりエイミーは以前鑑定で見てしまった通り、その国の女王だろう。

 だが本人も記憶を取り戻したいとエイミーの口から聞いていない以上は俺からいうのもばばかられてしまう。

 だけど、いつかそれとなく聞いてみてエイミーが記憶を取り戻したいというなら全力で手伝おう。


――コンコン



「失礼いたします。お飲み物をお持ちいたしました」


 先ほどの黒髪ポニテのメイドさんが後ろに四人のメイドさんを連れて部屋へと入ってきた。


「失礼いたします。陛下お久しぶりでございます」

「失礼いたします」


 黒のおそろいデザインのメイド服に身を包んだ合計五人のメイドさん。

 全員がかなりの美人の部類……一人子供のような子が混じっていると思ったのだが、よく見ると胸部が全然子供ではなかった。


(背が小さいから余計にでかく見える……ヴァルより大きいんじゃ……)


「忙しいのにすまないな。ワシの客人なんだが、一通り話が終わったので少し楽しく飲みたいと思ってな。すまんが酌を頼みたい」


「かしこまりました」

「はい!」


「ミラ、マリベルはユキの席へ頼む」


 ミラと呼ばれたアイナと同い年ぐらいの長い金髪の女性。

 髪から飛び出た長い耳がはっきりとわかった。


森人族エルフ……森人族ハイエルフかな?)


 そこまでこの世界の人たちとの交流が深いわけではないので、未だに森人族エルフ森人族ハイエルフの違いが解らない俺。

 もう一人、マリベルと呼ばれた赤髪の女の子は俺より背が低く、ハンナやヘレスより幼く見えるが胸元を見ると俺よりは年上のような気もする。


「はい」

「かしこまりました」


 二人が陛下に一礼し俺の座っている席へとやってきて、ペコリと一礼すると俺を挟んで左右にスッと腰を下ろす。

 陛下の隣にも既に二人が座っており、荘厳な部屋が一気にキャバクラの様相を呈してきた。


「失礼します。ユキ様、お飲み物はこちらでよろしいですか?」

「は、はい」


 キリッとした表情のミラさんが新しく持ってきた豪華そうなウイスキーをグラスに注いでくれる。


「あら? こちらの氷は……」


「あぁ、それはそこのユキが作ってくれたものだ。使ってもらって構わんぞ」


「氷を作れるなんて北の出身なのですか? すごいです」


 グラスに氷をカラカラと入れながら、左手で髪を耳にそっとかき上げながら興味深そうに聞いてくるミラさん。


 右側の席からはマリベルさんが興味深そうに身を乗り出してくるのだが、そんなにくっつかないで欲しい。

 わざと胸を押し付けてるんじゃないかという密着具合。


「記憶がないので、よく分からないんです」

「――っ、そ、それは大変失礼致しました。どうかご容赦を……」


「ミラ、ユキはそんな事で怒らんから気楽にな。ほれユキが逆に困ってるから、もっと子供に接するような感じで構わんぞ」

「こ、子供に……接するような? さ、さすがにそんな失礼なことは」



(子供に接する感じって……確かに見た目はこうだけど中身はそれなりに……あぁ、そうか)


「ユキもその方が気が楽じゃろ?」

「は、はい、確かにその方が気を張らなくてすみます」


 王様と一緒の部屋に居たどう見ても子供の、しかも男か女かわからないような初めて見る人物。

 そんなやつと酒の酌を付き合えと言われても確かに対応に困る。


(王様なりのメイドさんへの気遣いってことで……)


「それでは……えっと、ユキ……君? ちゃん?」


 小さく「こほん」と咳払いをして気を取り直したと思ったら、ミラさんが次の障害に躓いてしまった。


「えっと、どっちだと思います?」


 ぶっちゃけこういう「何歳だと思います?」という質問はかなり好きじゃない。

 好きじゃないが、少しでも話のネタにと思って話題を考えていたらつい口から出てしまった。


「えぇっ……と……女の子……よね?」


 ミラさんが俺の頭の先から爪先まで視線を滑らせるのがはっきりと分かる。

 長い耳がピクッと動き、指を口元へと当てながら考える姿はまさに美女エルフという感じだった。

 動作の一つ一つがいちいち美しい。


「えいっ!」

「――っ!?」


 俺がそんなことを思っていると、いきなり右側から手が伸びてきて股間をムニッとつかまれてしまった。


「ミラちゃん、ハズレだった。うわ、びっくり」

「えっ? え……男の子なんだ……キレイ……」


「あ、ありがとうございます」


「ほれ、何をやっとるんじゃ三人とも。乾杯しよう」


 陛下の助け舟で気を取り直したミラさんとマリベルさんがスッと前を向いてグラスを手にし、六人全員で改めて乾杯をした。


(出会って数分で股触られた……どうなるんだこの会は……)


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