097話-二日酔い

「これで設置完了かな?」


 家具屋で買ったベッドはヴァルが『収納』から取り出し、他はシェリーがコピーしたものを各部屋へと設置した。


 サイラスの部屋はサイズの関係で二つ並べることになった。

 他のスペースが狭くて大丈夫かなと思ったのだが、ほかに作業部屋と称した大きな部屋が一つ用意されており、大道芸の道具や衣装製作をそこでやるから問題ないそうだ。


「まさか台所やリビングまであるなんて……」


 家具屋の帰りてっきり食事をしていくのかと思ったのだが『部屋』で作るとリーチェがはしゃいでいた。

 簡単なものかと思っていたがお風呂の反対側にあったのは本格的すぎるキッチンとリビングだった。


「もう、家だねこれ……」


「そうそう、私たち最近は家に住むなんてことしてないからすこし落ち着かないんだけどね」




 キッチンでリーチェとエミリーが料理をしているのを眺めながらテーブルに座り辺りを見回す。

 なんとこのリビングは窓ガラスまで嵌められていて、修行用という広場が見えるようになっていた。


「いつか、土を入れて木とかも植えてみたいな」


 クルジュが珍しくそんなことを言い出す。

 確かにこの天井高ならそれもできると思うけれど……太陽の光がなく淡く光る壁と屋根があるだけだ。

 植物が育つかどうかはわからない。


 ちなみにシェリー用の部屋も用意されていた。

 用意されていたというより、客室用に余分に作っていた部屋に入ってもらうことにした。


 部外者なのに申し訳ないというシェリーだが、その辺で雑魚寝されている方が落ち着かない。


 


「じゃあ、明日出発前に小物類や雑貨を買い込んでから夕方前に出発かな? アイリスは調べ物終わった?」


「えっと、終わったと言えば終わったんだけど……」


 お城の図書室で調べ物をしていたというアイリスはなんだか歯切れが悪い。


(むしろアイリスお城へ入れるんだな)


 ミラが『学園長』と呼んでいたし、昔色々とあったのだろう。


 気になるが余計な詮索はしない。

 相談されたり困ってそうなら全力で助けるが自分からは踏み込むつもりはない。


 『荒野の星』は殆どがそんな感じなので、過去に色々とある人には楽なんだろうなとしみじみ思う。


「はーい、ご飯できましたよー!」

「おまたせー」


 リーチェとエイミーが両手に大きな皿を運んでテーブルへと次々と並べてゆく。


「私飲み物用意するね、ほらケレスも手伝って」

「はいはいー」


 『荒野の星』十人にヴァルとシェリーを加えた十二人の騒がしい食事。

 この部屋で過ごす初めての夜は、結局飲み会に移行することになり、ハンナとヘレスまで混じり明け方まで続いたのだった。


――――――――――――――――――――


 重い雲が立ち込める空。


 今にも雪が降りそうなほど重い空の下、俺とアイナは二人馬車へと乗り込み街道を北へと向かっていた。


「うぅ……ユキー頭痛い……」

「飲みすぎたよ完全に」


「ユキはどうして平気なのさー」

「…………」



 こっそりと回復魔法で復活した俺は眠気だけを我慢して朝から馬車で首都を出発した。

 今日半日買い物をしてからだという話だったが、半分ほど二日酔いで寝ているので、次の街まで買い物はお預け。


 今日、ツクモと合流すると言っていたヴァルも頭を抱えて部屋で寝込んでいる。



「アイナおいで」


 御者台の後ろで寝転んでグロッキーになっていたアイナの手を引っ張り隣へと座らせる。

 そして頭に手を乗せて回復魔法を発動する。



「ふぇ……あ……あ、すごい」

「治った?」

「うんっ、ありがとうーって、出来るなら最初からやってよー……もう……でもありがとう」


 そのままアイナは俺の手を取ると、自分の頬へ当てて頬擦りされる。

 全員に回復をかけてもよかったのだが、少し思うことがあり、やめておいた。


(シェリーがいるうちは自重)


 一応信用しては居るが、本人の口からの話しかないため、一旦警戒しているという感じではある。


 日本人だというのは昨夜のヴァルの話からも本当らしい。

 だが敵ではないという保証はどこにも無いのだ。


(日暮れを迎えると死ぬという呪詛も正しかった。日本人だというのも正しいかった。だけど敵ではないというのがまだ分かっていないのだ)


 昨夜も色々と飲みながら、今の仕事の話とかは一切出なかったので、他のメンバーも一応心のどこかで警戒はしているのだろう。





「それより、やっぱり一台だけだと早いよな」

「荷物も最低限だし、馬も一番早い子だけだからね」


 他の馬は連れて行かず、お城の施設で預かってもらっている。

 初めは売ろうかと思ったのだが、アイリスが多分城で預かってくれるというのでメイドのミラに相談したところ、二つ返事でOKをもらったのだ。







「あー、頭が痛いの治ったらお腹空いてきちゃった」

「もう少し行ったらお昼かな」


 首都エイスティンからローシア街道ではなく、もう一本の北へと向かう道。

 俺たちはその大きな街道をナルヴィ帝国との国境付近にあるカムイの街の方へと向かって走っている。



 前にヴァルが言っていたコドレア国のマグラという街にはツクモ達が向かうことになっている。

 ちなみにヴァルもそっちなのだが、どこまで走れば良いのだろうか。


(まぁヴァルはかなりの速度で飛べるし、気にしてないのかもな)



「……ユキ女の子のこと考えてる顔してる」

「えっ?」

「えへへ、ちょっと言ってみたかったの」




 今日は途中で馬車を止めて、明日にはエンブルグという街に着く予定だ。

 ローシアの街と同じぐらいの規模だそうで、国軍の駐屯地もあるそうだ。


 そこで細々としたものを買い込みをする予定。

 サイラスも布やら針が欲しいと言っていた。


 すっかり衣装担当になってしまったサイラスだが、ケレス達との訓練を見ていると、やはりとんでもなく戦闘力が高い。


 実はサイラスの魔技は見たことがないのだが、それを使わなくても大剣と短剣の組み合わせの攻撃にあの巨大の突進だ。

 普通の騎士ぐらいなら、簡単に薙ぎ倒されて終わりそうな勢いだった。




「あ、魔獣の気配……あっちの丘の方」


 ちょうどそんなことを考えていた時、アイナの耳がピクピクっと動いた。

 そっとアイナが指差す方向に視線を向けると、遠くの丘の上に小さな陰が二つ身を潜めているのが見えたのだった。

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