098話-見られている?
五十メートルほど先に見える丘の向こうから頭だけを出してこちらを伺っている二つの影。
「多分後ろにもっと居るね。私が行こうか?」
「俺も行くよ。馬車一度止めるね」
馬車を止めるとアイナは御者台に立ち上がり、俺は馬の首をポンポンと叩いてから、『遠視』で丘の向こうを確認する。
視線の先にいたのは真っ黒な体毛に覆われた巨大な犬のような魔獣。フォレストウルフと呼ばれていた魔獣で、集団で狩りを行い人間の商隊が襲われることがたまにある。
名前の通り森に生息する魔獣なので、このような見通しのいい平原にいるのは珍しい。
森に餌が無くなったのか、冬前の食料を確保しに来たのかはわからない。
「じゃ、半分こね」
「了解っ!」
「「『
アイナと二人、身体強化を使って一気に魔獣との間を詰める。
丘を登り、まずはこちらをみている二体を同時に蹴り上げる。
顎を蹴り上げられた二体は反り返ると、そのまま転がるように飛んでいった。
加速した勢いで俺とアイナも丘の上から空中へと飛び上がる。
下を見ると『遠視』で確認した通り十匹程度のフォレストウルフ。
先頭の二人が突然蹴り上げられ飛んでいったので明らかに狼狽している感じだった。
「「『射出』」」
またもアイナと同時の掛け声。
俺とアイナ、二人の左右に出現した剣先。
それが二人の声で一斉にフォレストウルフへと襲い掛かる。
身体強化での加速スピードを載せた状態で射出された十本のロングソードが雨のように降り注ぎ、フォレストウルフを全て地面へと縫い付けた。
「ばっちり」
「遠距離攻撃っていいね、やっぱり」
久々の戦いで高揚しているのか、アイナが尻尾をふりふりとさせながら辺りの気配を探り出す。
「んー……もういないね」
「いない方がいいんじゃない?」
俺は苦笑しながら、フォレストウルフの死体を『収納』へと入れ、射出したロングソードも回収すると二人で馬車へと戻った。
「気分転換の運動にはなったかな」
「走って蹴り飛ばして飛び上がっただけだけどね」
確かに運動というほどでもない。
「ねーねーユキ」
「どうしたの?」
「この辺りに他の人居る?」
アイナが手を握ってきて耳元で突然そんなことを言う。
心臓がドキッとしたが、アイナの視線はまだあたりの草原に注がれたままだった。
「なんだか変な感じがするんだよね」
「……『
探知の魔技を発動させ、俺とアイナ以外の生物を対象に辺りを探る。
「んー……動物ぽいのはいっぱい居るけれど……人かどうかは判らないなー……」
レーダーのようなものに正体反応が数多くプロットされるが、多分ほとんど小動物や小さな魔獣だと思う。
「アイナ、変な感じってどんな?」
「みられてる感じ」
「…………」
今度は『真人種』に絞って当たりを調べるが反応はなく、『亜人種』でも探してみるが反応はない。
「アイナ、『真人種』と『亜人種』以外に種族って居るんだけっけ?」
「えっと……あんまりみないけど『精霊種』とか『偽人種』とか『魔人種』……かなぁ?」
「『精霊種』ってのは何となく分かるんだけど『偽人種』って何……?」
『魔人種』というのは一人だけ心当たりがある。
確かヴァルのステータスを見た時に『半魔人』という表記があったので、ヴァルはそのハーフというやつだと思う。
「わかりやすく言えば、『偽人種』ってのは人の形をしているけれど人じゃない種族だよ」
「人の形をしてる人じゃない……」
「うん、ゴーレムとかパペットマンとか」
なるほど、ゴーレムとか居るんだ。
俺のイメージだと人が魔法で作り出すようなイメージだったのだが、種族として分類されているということは自然発生的に生まれた種族で、固まって生活しているのだろうか。
「うーん……なんだか想像できないなぁ……ゴーレムが……」
どう頑張っても人の形になった岩の塊というイメージが抜けないので全くわからない。
「私も本で見ただけで会ったことは無いのよね~……」
俺は念の為もう一度あたりの生体反応を確認することにした。今度は『精霊種』と『偽人種』それと『魔人種』に絞ってみる。
手のひらから薄い膜のように魔力が放出され円の形に広がっていく。
「――居た……この先に一人……これは『魔人種』?」
「この先ってどっち?」
「この街道を進んだ先っぽい……少し逸れた森の方かな」
認識できるのが位置関係だけなので、はるか上空や地面の下にいる可能性もあるけれど、今の所移動している形跡はない。
じっと同じ場所に留まっているだけのようだ。
「どうする? 行ってみる?」
「そうねー……でも動いていないんだよね?」
「うーん、動いてないみたいだね」
「どうせ、先には進むんだし、警戒しながら行こうか。何人か外に来てもらおうか」
アイナと二人で『部屋』入ると、ちょうどクルジュとヴァルが居たので、二人を連れて外へと出た。
ヴァルは『部屋』へ入った場所のリセットも含めて、上空から警戒してもらうことにした。
――――――――――――――――――――
「ユキ、反応は一人なの?」
「そうみたい……クルジュは何か見えたりする?」
「『千里眼』で確認してるんだけど何も見えないわ……」
俺も確認してみたが、魔技には反応するのに実際に見てみると姿は見えない。
上空にいる可能性も考えたが、馬車の屋根からではやはり誰の姿も見えなかった。
「ユキー! 上から確認したけれど何も居ないわよ」
御者台の隣が空いているのに、俺の背中に着地するヴァル。
俺の方が体が小さいので、危うく落ちそうになる。
「……ヴァル重い。でも姿が見えないのに反応だけがあるって……あとは地面の下? そんなことあり得るのか?」
「地下に帝国でも作っているんじゃない?」
ヴァルが笑いながら言うが、こんな所で地下に何かがあるなんて冗談じゃない。
あたりは見渡す限りの草原で遠くには森も見えたりするが基本何もないだだっ広い土地が広がっているだけの場所だ。
街道には他の馬車は見えず、畑もないので近くに集落なんかも無いと思う。
「とりあえず、進もうか。どっちにしろ敵ならいずれ当たるだろうし……あれ、消えた?」
「いなくなった?」
どれぐらいの時間で視界に入る距離なのかを確認しようと思い改めて確認してみたのだが、先ほどまであった反応はすでに消えており、あたりには小さな動物などの反応しか見えなくなっていたのだった。
「でもいっか、ユキそろそろご飯できるって言ってたよ」
「わかった、じゃあ馬車は仕舞って馬連れて『部屋』入るね」
野営の時に馬車はどうしようかと思っていたのだが、『収納』へ入れることができない馬は『部屋』へ入れることができたのだ。
初めて入れた時は興奮していたが、三回目ともなると大人しい様子で『部屋』に入り、入り口にある杭に繋がれて飼い葉を頬張り始める。
「ユキ、お帰りー移動ご苦労様」
「さっき言ってたの大丈夫だったの?」
エイミーとリーチェが玄関……というか最初の扉を開いたところまでエプロン姿で出迎えて来てくれていた。
なんというか新婚ぽい。
「ユキ、いま新婚ぽいって思ったでしょ?」
隣にいたヴァルが腰に手を当てながら目ざとく指摘してくるが、平静を装って「思った」と肯定して全員でリビングへと向かった。
「ドストレート系もなかなか……」
「ヴァル、行くよー」
「はーい、わかってるー」
俺たちはそのままアイリスの部屋に寄り、勉強中だったハンナとヘレスに声をかけてリビングで全員でお昼を食べる事になった。
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