099話-クルジュへの手紙
首都を出発してから馬車を走らせること六日目の夜。
初日に見つけた『魔人種』とやらはあれから反応を見せず、なんどか魔獣を狩りながら一つの街を経由して、俺たちは次の目的地である『ロマリの街』へと向かっていた。
「そろそろ『部屋』に戻る?」
「……うん……そうだね」
今日はクルジュと二人で御者台へ座り、ほとんど通る人がいない森の中を通っていた。
クルジュは朝からは屋根の上で周りの警戒をしていたのだが日が暮れてからは俺の隣へと座り手綱を握ってくれている。
「ねぇ、ユキ、聞いても良い?」
「ん? なに?」
「ユキは将来って考えている?」
ボソリと呟くようなクルジュの台詞。
馬の蹄の音と車輪の音で危うく聞き逃しそうになるほど小さな声だった。
「今はあんまり……今回の依頼と、あとは座長に任されたこの一座を国で一番有名にしたい……かな?」
「私ね……アイナも同じなんだけど帝国人として戦争に参加するために家を飛び出したんだ」
逆算すると、いったい何があってそんな小さな頃に家を出たのか気になりすぎるので敢えて触れてはいない。
「それでね……あの……この前、お父様から手紙が来たの」
「手紙……?」
いったいどこで受け取ったのだろうか。
少なくともクルジュの近くには誰かが居ただろうし、この世界『郵便屋さん』なんて便利なものはない。
登録しているギルドや商会などが手紙のやり取りを手伝ってくれるのが一般的なのだ。
「エイスティンを出る直前にね……家礼が持ってきたの」
クルジュは胸ポケットから一枚の紙を取り出し広げて見せてくれる。
「内容は聞いても?」
「色々と書いてあったけれど、要は帰ってこい……ってことかな」
差し出された手紙の上からざっくりと目を通すと確かにそういう話のようなのだが……。
「……婚約者? 無理やり連れ帰る?」
「ふふっ、私は会ったことも無いけれどね。それでも貴族社会じゃ当たり前のことだから」
それが嫌で家を飛び出したというのもあると言いながらクルジュは手紙をポケットへと戻す。
「納得したら帰ろうって思っていたんだけれどね……」
「クルジュはどうしたい?」
「私はずっとここに……というよりアイナの側が私の居場所だったんだけど……」
「…………アイナの?」
なぜか思っていなかった方向の名前が出てきた。そりゃ帝国人同士だし戦友だし色々あるのかもしれないが……。
「あ、今変なこと考えたでしょ?」
「えっ、いや、どう意味かなーって思って」
「アルタ家は代々アールト家の影として守ってきたのよ。守護というか、護衛隊というかそんな感じ」
アイナのフルネームが確かアールトと書いてあった。
つまりクルジュはアルタ家というやつで、もしかして戦争に参加したのも家を飛び出したアイナについて来たということか。
「あの頃のアイナはほんと大変で……あ、でもアイナが飛び出したからついて来たんじゃなくて、二人で飛び出したんだよ? そこ勘違いしないでね」
頬を指先でツンと突かれる。
クルジュは慣れてくるとたまにこういう可愛いことをしてくる見たいで、いつのまにか膝を俺の足へくっつけている。
「今は……そうね、いろんな意味で家に帰ったら大変な事になりそうだから帰らないけれどね……ふふっ」
いろんな意味で帰れない……。
考えるまでもなく、俺のことだろうなと考えながらもあえて無言を貫いていると、ソッと身体を寄せてくるクルジュ。
「この先どうなるかわからないけれど……今はまたまここに居てたい」
そう言って頭に頬をくっつけてくる。
俺の背が高いなら肩に頭を乗せる感じなんだろう。
「俺も、クルジュたちとはずっと一緒に居たい」
「む〜……そこは『クルジュとは』じゃないの?」
腕に絡んだクルジュの腕にキュッと力が入り、『あ、選択肢待ち構えた』とクルジュの顔に視線を向けるのだが、にまにました顔だったので問題ないようだ。
そう言えば最近、あのゴミを見るような視線を受けてない気がする。
「わっ、私のことも……ま、護って欲し……い」
「当たり前だよ」
顔を真っ赤にされてワタワタしながらそんなこと頼まれたら『うん』としか言えないし、言われなくともそのつもりだ。
クルジュの家の人が連れ戻しにくるなら、座長としてお願いしなくてはならないし、男として説得しなくてはならない。
それはクルジュに限ったことではないだろう。
『荒野の星』の座長代理という肩書しかない俺が持っている武器はあまりにも少ない。
少ないというかそれしか無いのだ。
なるほど、立場や経歴がない人間というのはこういう時困るんだなと改めて実感して、体の奥に黒い穴がポッカリと開いてしまう気持ちになる。
武器はあるに越したことはない。
貴族には身分や金。
戦士には力や武器。
学者には知識や経験。
相手を納得させるために必要なものは多々あるが、今の俺には無いものの方が多い。
「…………がんばらなきゃな」
貴族になりたいとも、金が欲しいとも思わないし、圧倒的な力や知識も生きていく上で最低限あれば問題ないと思っていた。
だが、今後を考えるとクルジュにお願いされたことを叶えるには力不足だ。
おそらくアイナもエイミーもケレスにも同じようなことをお願いされるだろう。
お願いされないとしても俺がそうしたい。
ならば、身分も金も武器も力もあって困るものではない。もっと、揃えるだけ揃え、来るべき時に備えればいい。
「ユキ、久しぶりにそんな顔見た」
「……顔?」
「最近女の子に浮かれすぎな顔してた。今久々に決心するっていう感じの顔してた……」
「――うっ」
確かにそうかもしれない。
流されるまま巻き込まれた事件を処理したり、その場しのぎで色々していたなと思い返すと心当たりしかない。
「私もユキのこと支えるからーーいつでも頼って?」
内助の功とでもいうのだろうか。
しなだれ掛かるクルジュの口元が妙に艶かしい。
御者台のランプと月明かりを受け、瑞々しく光を反射する。
「クルジュ……」
「……ユキ」
「………………終わった?」
「――っ!!」
「!?」
ゆっくりと二人の顔が接近し始めたところへ浴びせられる冷や水。
「…………ヴァルさん?」
いつのまにか幌の上に寝転び、顔だけを出していたヴァルに向かいクルジュの久々ならあの視線がキッと突き刺さる。
いい雰囲気のところで水を刺されたクルジュの気持ちはわからないでも無いが、それよりも今のヴァルの格好の方が気になる。
「てかお前、なんでそんなにボロボロなんだ?」
「あははは……えぇっとね、シェリーにね、ちょっと私が考えてた武器作ってもらったらね、こうドカーンって……えへ。治して欲しいな」
ヴァルはヴァルで全く遠慮なしなのだが、額にも血が流れているのは流石に放って置けない。
むしろ服装が爆発コントのように全身ボロボロでかなりセクシーな事になっているのでそっちも直してやる。
「えへへ、ありがとうー! ちゅーっ! あいたっ!?」
「ヴァルさん? 私たちもっと話し合いが必要だと思うの」
「イタタっ、やめっ、クルジュナちゃんいたい痛いぃっ!」
俺に抱きつき、すかさずキスしてきたヴァルの額をクルジュの指がガッチリと掴む。
アイアンクローとか久しぶりに見たなと思いながら、一応クルジュを止める。
「とりあえずヴァル……なに作らせたんだよ……」
「…………えっと、クラスター爆弾――いでででっっ!?」
今度は俺がヴァルの額をアイアンクローで締め上げた。
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