032話-回復ではなく回帰
「ねぇ、ケレス」
「……ん? なぁに?」
壁にもたれかかってナイフを磨いているケレスに話しかけると、手に持っていたナイフを箱に仕舞い俺の方へと向き直る。
ケレスの角は間近で見ると折れたというより切られたという感じの断面だった。
「ケレス……その角、痛くないの?」
「んっ? あぁ、特に痛くは無いけど……どうしたの〜? 触ってみたい?」
ケレスが折れていない方の角を俺の方へと向けてくる。
黒い山羊のような角は間近で見るとうっすらと角全体をコーティングするように魔力を帯びているのがわかった。
「ケレス……これアイリスに治してもらうの?」
「あははっ、アイリスでも折れた角は治せないのよ……」
「えっ……なんで?」
「う〜ん……どうしてだったかなぁ……アイナの尻尾とかは治るんだけど、角は回復魔法では治らないってのが普通なのよ。私の知り合いにも折れたままの子居るし」
アイリスが言うには、回復魔法というのは健康な状態に戻すものだと言っていた。
健康な状態というのがどういう定義なのかはわからないが、以前も怪我をした子供に試してみたがやはりダメだったらしい。
「んふふ、ユキ、心配してくれてありがとね」
「むぐっ!?」
突然ケレスにギュッと抱きしめられ、大きな胸の谷間に顔が埋まってしまう。
「……でもユキならもしかして……」
「――アイリス?」
寝ていたと思っていたアイリスがいつの間にか起き上がり俺たちの方を……俺の方をじっと見つめていた。
「アイリス……それはどういう?」
「アイナを治してくれたでしょ? あれは明らかに回復魔法じゃなかった……」
「えっ? 回復魔法じゃない?」
「あれはもっと別の……なんて言ったらいいのかな……」
アイリスは「確信はないけれど」と前置きをしてから考えを話してくれたのは「以前の状態へと戻す」というものだった。
「じゃあケレスの折れた角も……?」
「もしかしたら……だけど、ユキの身体に相当負担があるかもしれないわ……私もみたことのない現象だったもの……」
「……大丈夫、俺やってみるよ」
「ユキ……ほんとに? 本当に私のこれ治せるの?」
「ケレス……わからない……けど、アイリスの言ってることが合っているなら、もしかしたら……程度だけど」
「私も隣で手助けするわ。いざとなったら意識を落とすことぐらいはできるから。ヘレス、ハンナ手伝って」
「はっ、はい! ほらヘレスいつまで寝てるの! 起きなさいー!」
「ひゃうんっ!? えっ? えっ? 何っ?」
ハンナがヘレスの頭を思い切り殴って起こす。
(あれ前も見たけど、あれぐらいしないと起きないとか凄いなヘレス……)
「この間は回復魔法に夢中でちゃんと見れなかったから、今度はじっくり観察するわね」
「アイリス、成功するかわからないんだけれど……ケレスいい?」
「うんっ、むしろ治るなら私からお願いしたいっ……あ、あの……痛く……しないで……ね?」
ケレスがモジモジとしながら上目遣いで擦り寄ってきて首に両腕を巻きつけてくる。
「ユキなら触っても良いから」
(治療するだけだよな……なんでスリスリされてるんだ……)
「ユキ……ケレスは……というかケレスの種族は角は家族以外には触らせないのよ」
「え……っと……そうなの?」
「だから優しくしてね……?」
ケレスに耳元で囁かれ、危うく抱きしめ返してしまいそうになる。
「じゃ、じゃあ……やってみるから……ケレス座ってくれる?」
「ん、お願いね……」
ケレスが床にペタンと座り、俺は折れてしまった角にそっと触れる。
「……んっ」
「角って触られてるのわかるの?」
「わかるっていうか……んんっ……んぁっ……」
(なんでそんな声だすの……敏感なのか……)
中程から折れてしまっている角の断面に指で触れ、少しだけ魔力を流してみる。
「ひんっ!?」
だが、流した魔力が角の表面に伝わった瞬間、フッと消え去ってしまった感覚がする。
「……魔力が消えた?」
「そう……折れた武器とか、物に回復魔法を使った時と同じ」
なるほどと思いながら、今度はアイナにやったようにケレスの角がちゃんと無事だった時のことを想像しながら、ケレスの角に触れ魔力を流してみる。
(……ええっと……あの時はたしかこんな感じで……)
アイナの時と同じようにしてみるのだが、あの時のような感じにうまく魔力が流れていかない。
(ぐっ……くそっ……アイナの時はもっと……吸い取られるような感じで魔力がゴッソリ減ったのに……)
「ケレス、ユキのことギュッと抱きしめてあげて」
「え? う、うん。いいよ」
アイリスに言われ、ケレスが俺の方を向いてそのまま抱きついてくる。
俺は立ったままなので、非常によろしくない位置にケレスの胸が押しつけられる形になってしまう。
(ぐっ、や、柔らかい……のがっ!)
「ユキ、そのままケレスの頭をギュッと抱き締める感じに……そう、そんな感じでもう一度やってみて」
アイリスに言われるがまま、ちょうど胸の位置にあるケレスの頭を両手で抱きしめる。
ケレスのふわふわの桃色の髪からあり得ないぐらいのいい匂いが香ってくる。
「ケ、ケレス……ちょっと緩めて……」
「そんな恥ずかしがらなくても……ほらほら」
ムニムニと下腹部に胸を押し付けたままケレスがいたずらっ子のような視線を向けてくる。
(やばいやばい……反応するなよ俺……!)
俺は必死に気を紛らわせるために、もう一度魔力を練り上げ、ケレスの方へと流し込み始める。
(さ、さっきよりは……流れている気がする……)
「んっぁっ、あっ、ユキだめっ、そんなっ、あっ、あっ」
「――っ!? ちょっ、ケ、ケレス! 俺何もしてないって……っ!」
俺の胸に顔を埋めたまま、ハンナたちには聞かせられないような声を出し始めるケレス。
俺は慌てて腰を引いてケレスから身を離そうとするが、逆に腕に力を入れられ更に密着度が上がってしまう。
「うふふ、ユキったら一丁前に恥ずかしがっちゃって……って、あら? ……あっ、えっと、ごめんね?」
半眼でニヤリと笑っていたケレスの表情が一転、一気に顔を赤くさせて俯いてしまう。
(くっ……目を逸らしたいのは俺の方……!)
流石にこの状況をアイナやエイミーに見られたら、まためんどくさいことになる。
クルジュナなんてさっきから両手で顔を隠しつつ、指の隙間からきっちり俺の方を凝視している。
(くそっ……えぇっと、こっちの角……と同じ……クルジュナは……普段……)
まだ知り合ってそこまでじっくりと一緒にいたことはないが、打ち上げの時などの元気いっぱいのお姉さんという姿を容易に思い出せる。
(……あの頃の……ように……あの姿に……)
その時、うっすらと開けたままの目蓋から銀色の光が差し込んでくる。
(ん……これは……俺の魔力が光っているのか……)
魔力を思い切り捻り出すと、属性に近い色で輝くのはすでに知っている人の方が多い。
例えば火を起こす時に全力で魔力を注ぐと、指先が赤く光るそうだ。
(俺の全身が光っているのか……)
今の俺は身体全体、そしてケレスの身体を包み込むように銀色の光に包まれているようになっていた。
「んっ、あっ、あっ、んっ、んんっ、あっ、あっ、だっ、だめっ、あっ、あっ」
ケレスの細い唇から甘い言葉が漏れ始め、両手に力が入り腰がギュウギュウに締め付けられる。
だが、成功しそうな雰囲気になってきたので、俺は必死にその声だけでも無視するように魔力を流し続けた。
「……ん、アイナの時と同じ感じだ」
(くそっ……そもそもどこまで魔力を流し込めば終わりなんだ……)
未だに魔力の加減とやらがよくわかっていないため、ほぼ全力で流し込み続ける。
「ユキ、一体魔力量どれだけあるの……」
「なにこれ……先生、これ魔力酔いでケレス危ないんじゃ……」
「んっ、あっ、ユキっ、だめっ、あっ、あっ、あぁぁっっ!」
ケレスが一層大きな叫び声を上げた途端、パリンとガラスが割れるような音がして、俺たちを包み込んでいた銀色の魔力光が消え去った。
「はぁっ、はぁっ……はぅっ、はっ、はっ……はぁっ……も、もうむり……しんじゃう……」
ケレスの身体から力が抜け落ち、俺は押し倒される格好で後ろに倒れ込んでしまう。
「あわわわ……」
「ちょっと、ハンナ、手、邪魔っ、なに、見れないっ」
「……凄い……わね……」
「ケレス……大丈夫っ? あのっ、重い……」
アイリスとハンナ、ヘレスが騒ぐ後ろからサイラスがヌッと手を伸ばしケレスの身体を支え起こしてくれる。
「ユキ、大丈夫か?」
「サイラス、ありがとう……ケレス……あっ、よかった……」
サイラスに抱き起こされるケレスの頭には、以前と変わらないように二本の立派な黒い角が生えていたのが目に映った。
「はぁっ、はぁっ……あっ……角が……あぁっ……よかった……よかったぁ……ユキありがとぉ〜……ありがとう……ぐすっ」
まだ虚ろな目をしたままのケレスが角に触れ、涙をこぼしながら抱きしめられ、俺もケレスをギュッと抱きしめ返した。
「ユキ、やっぱり君のそれは回復魔法じゃないわ……」
「アイリス……。回復魔法じゃないというのは……?」
「回復させるというより元に戻していると言ったほうが分かりやすいかも……ユキ体調は大丈夫なの?」
「えっと……少し苦しいけど……体調は、うん問題ないよ」
「リスク無しでこの規模の……魔技ですらない……もっと別の何か……としか……」
「アイリス、この世界……じゃなくて、その、元に戻すっていう魔法は存在しない……?」
「少なくとも私はみたことがない……クルジュナは?」
「……私も聞き覚えはないわ」
それまで黙って成り行きを見守っていたクルジュナも顎に手を当てて考えるが心当たりはないようだった。
「ユキ、その力は私たち以外の前では使わない方がいいわ」
「……わかった」
それ以上は言われなくてもわかる。
回復魔法では直せないような、欠損してしまった部位の回復。
果たしてケレスのような人がどれぐらいいるのかはわからないが、この力を使って金儲けを企む連中が出てくるかもしれない。
「あれ、ケレスなにしてるの?」
「ケレス……? ハンナどうしたの、真っ赤な顔して……」
その時、紙袋を両手いっぱいに持ったアイナとエイミー、リーチェが戻ってきた。
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