046話-街の様子が

 あと一時間もかからないだろうという距離にアペンドの街が見えてくる。

 ところどころ赤や黄色の屋根が街の外壁から頭を出している。


 この時期だから住んだ空と太陽の光に照らされたきれいな街並みに見えるのだが、まわりの山の様子からすると冬になると雪に閉ざされる街なのだろう。


(あ、そう言えば氷――)


 先程『貪欲な貝ペルナ・アウァールス』に魔法で作った氷を放り込んでから小一時間。少しぐらいは溶けているかどうか確かめてもいい頃合いだろう。



「エイミー、俺みんなにそろそろ着くって言ってくるね。アイナに先行して受付しておいて欲しいし」


「はーい、お願いね」



 俺は先ほどと同じように後ろの馬車へと向かうために屋根の上へと飛び上がる。

 そして後ろの馬車の御者台にいるアイナたちが見えないうちにこっそりと氷を取り出してみる。


(溶けてない……時間が止まっているのか?)


 この中が、外気温等に影響されているとは思わないが取り出した氷はほとんど濡れておらず入れたときのままのようだった。

 まだこれだけでは判断しきれないので、俺は改めて氷をアイテムボックスへと放り込んだ。


 そしてガタガタと揺れる馬車の屋根をつたい後ろへと向かう。


「……」


 すぐ後ろの御者台ではリーチェがコクリコクリと手綱を持ったまま居眠りをしており、アイナはリーチェの太ももに頭を乗せて気持ちよさそうに眠っていた。



「リーチェ……起きて。耳つかむよ?」


「――っっ!? ね、寝てないよ!?」


 口元のよだれをゴシゴシと吹きながらリーチェが慌てて背筋を伸ばす。リーチェは前髪を指先で整え、耳を付け根から先へ向かって手のひらでブラッシングする。


「えっと、それでもうすぐ街に着くからさ、アイナに先行してもらおうかなって思ったんだけど、まだ起きなさそうだね」


「えっ? 街に着く? …………?」


 俺が苦笑しながらよく眠るアイナに視線を向けるのだが、リーチェが意外そうなことをつぶやいた。俺の言い方におかしなところがあったのだろうか?

 リーチェは御者台から「何言ってんの?」という表情で辺りを見回す。


「前の方だからここからは馬車が邪魔で見えないと思うよ」


「え、でも前の馬車からは見えてるんだよね?」


「……? まだ一時間ぐらいかかりそうだけど見えてるよ?」


 リーチェが心底不思議そうな顔で目を閉じて何やら考え込むそぶりをする。


「…………なんの音も聞こえないよ? 話し声すら聞こえない」


「え……それはどういう……」


「人が住んでる街なら目で見える距離だと、話し声とか生活音が聞こえるもん私」


「――っ! 全体停止!」

「わっ、わかった! 止まります――!」


 俺の声にリーチェが復唱し、後ろからも復唱が聞こえエイミーがゆっくりと馬車もスピードを落とし始める。

 道の砂利石を踏む振動が徐々に弱くなり、数十秒で完全に馬車が止まり後ろの馬車もぶつかること無く停車した。


 小さな街道に並んだまま止まる馬車。後ろからは他の旅人や馬車が来る様子はない。

 もともとあまり人の往来は多くない街だと聞いていたが、誰かとすれ違ったことがないと突如脳裏に浮かんだ。



「んあ……あれ? ユキどうしたの?」



 馬車が止まる振動とリーチェが動いた事でようやく目を覚ましたアイナがキョロキョロと辺りを見回す。

 後ろの馬車からもクルジュナやケレスが不思議そうな顔で集まってきた。



「みんなちょっとまってて」


 俺は幌の上に立ち、前方に広がる街並みを見つめる。


「……『小夜鳴オキュラス鳥の瞳・ルスキニア』」


 遠視の魔技を使うと昨夜と同じように俺の視界が切り替わり、街の外壁がはっきりと目に映る。


(もっとズーム。外壁の向こうを……!)


 そのまま望遠鏡のレンズを切り替えるようなイメージをすると視界一面に外壁の石壁が映る。だがそのままじっと見ていると徐々に石の壁が透けて街中の様子が見えてくる。



 俺の目に映ったアベントの街並みは、建物の壁や扉が崩れ落ち窓ガラスもあちこちが割られていた見るも無残な景色だった。露天で売っていたと思われるものが道路に飛び散っており、広場にある噴水は見てくれる人々も居ないのに水をチョロチョロと流し続けていた。


 そして通りのあちこちに転がっている遺体の数々だった。


「……ユキ? どうしたの?」


「ユキ?」


 俺が立っている馬車の周りにはサイラスやアイリス、ハンナにケレスも揃っており全員が集合していた。

 一瞬言うべきか言うまいか悩んだが、目的地があそこである以上黙っているわけには行かないだろう。


 俺は言葉を選びながらも見たままの様子を言葉にする。


「……全滅してる……気がする」

「なにが? って、まさかっ!?」

「アイナ! ちょっとまって、もう一度確認するから」


 走り出そうとしたアイナを引き止めて、俺は再び街の中の様子を見える範囲で確認する。家の中もかなりボヤけるが人がいるかどうかぐらいは解る。そうやって五分ほどあちこちを見てみるが、やはり動いている人間は発見できなかった。


「ユキ……」


「やっぱり全滅してる」


「そんな……」


「……誰もいないの?」


「今のところ見つからなかった……広い街だし探せばいると思うけど……」


「ユキ、行こう! まだ生きている人がいるかもしれない!」


 アイナはブーツの紐を結び直し柔軟を続けており「よし!」と俺が一言伝えるだけで猛スピードでアベントの街へと走り出しそうだ。


「アイナ、ユキの言う通りだよ。まずは現状を調べないと……ハンナやヘレスまで連れて行けないわよ」


「でもケレス……っ! じゃあ私が先行して調べてくる。ユキ、良い?」


 確かにアイナに調べてもらうのが一番早い。

 敵がいてもアイナなら対処できるだろう。


「……わかった。アイナお願いして良い? でも敵がいたらまずは逃げてきてね?」


 アイナは「まかせて」と一言だけいうと目の前から消えたような速度で街の方へと走っていった。

 小さいとはいえ、街一つが全滅しているとなると、あれをやった犯人はそれなりの規模だろう。


 でかい盗賊団か、魔獣の集団か。



「アイリス、もし……全滅していると仮定した場合、犯人ってやっぱり盗賊なのかな?」


「そうねぇ……そう考えるのが普通だわ。魔獣の集団が現れたのならもっと破壊され尽くしていてもおかしくはないし……」


 アイリスは道端の少し大きめの岩に腰掛けて街の方へと視線を向けた。そしてアイリスが話し終わるタイミングを待っていたのかサイラスがゆっくりと手を挙げた。


「ユキ、街の外壁は残っているのだな?」


「一応見た限りは綺麗に残っている」


「門はどうだ?」


「片側だけ開いていたし壊された様子はなかったよ」


 俺の答えを聞いてサイラスが顎に手を当て考え込む。心当たりがあるというより可能性潰していっているような感じだ。


「もうひとつ……街に転がってる死体だが……綺麗か?」


「……疫病ってこと? 見た範囲だと戦って殺されたような感じだった」


「ふむ……最後だ、男も女も居たか?」


 そこまでは見ていなかった。

 死体が男だけなのだとしたら、盗賊というよりは大規模な人身売買組織が関わっているはずだとサイラスは言う。




「でも街一つが……そんなことありえるのか?」


「昔あった事件だが……百人ほど大規模な人買い集団に拐われた事件があった。だが王国軍が奴らを見つけて逮捕したときには二十人になっていたそうだ」


「……残りの八十人は?」

「移動中の食料だ」


「――っ!?」


 吐き気がする内容だった。 確かに数十人の女子供を拐っても目的地へと連れて行くなら数十日の移動が必要だ。

 そしてそんなことをしている奴らが、真っ当な食事を用意するはずもない。


「拐った者たちの心を折る。そして生きながらえさせる。一石二鳥だと言うわけだ」


 全く頭がおかしいとしか思えない。

 この世界、力を持っているものと持っていないものの差が大きすぎるのだ。


 そして一度力を持った人たちが集団を作り悪事を働きだすと、その他大勢には止める術がない。


「ともかく今はアイナの報告を待とうか」


「でもユキ、もし大規模な盗賊団だったらどうするの?」


「全滅させる」


「……」


 サイラスの問いかけに俺は馬車の屋根から降り、サイラスの目を見てはっきりと即答した。ローシアの街を出てから盗賊には一度しか遭遇しなかったが、悪の芽は見つけたら片っ端から狩っていくつもりだ。

 座長ほどうまくはできないだろうが俺は俺が出来ることをしていきたい。


 だが俺が即答したことが意外だったのか、クルジュナがサイラスの隣でなんとも言えないような表情を向けてくる。

 怒っているのとも違う、悲しんでいるような複雑な表情だった。


「クルジュナ……ダメだった?」


「ううん……そんなことないけどちょっと驚いた……でもそうだよね、ユキ強いもんね」


「クルジュナより強いんじゃない?」


「ケレス……何を……あ、そっか……うん、そうかもね」


 ケレスが頭の後ろで腕を組みながらクルジュナを揶揄うのだが、クルジュナはすんなりと納得してしまう。


「およ? クルジュナどした? 今日はやけに素直じゃない?」


「そ、そんなことないわよ……」


 慌てて否定するクルジュナだが確かに少し元気がない気がする。心なしか顔も少し赤い。



「あ、もしかして……クルジュナちょっとおでこ触るね」


「え? ひゃぅっ、冷たっ……」


 うっすらと汗をかいたクルジュナのおでこから伝わってくる明らかに高い体温。


「クルジュナ熱あるよ」


「え……うん、そうかも……ちょっとだるいし」


「ダメだよ寝てないと……アイリスー! クルジュナのことお願いできる?」


 エイミーと話していたアイリスに声をかけてクルジュナの診察を頼むと、アイリスは嫌がるクルジュナを引っ張って自分の馬車へと戻って行った。




「……クルジュナって体弱いの?」


「んーそうでもないけど、月一で熱出すぐらい?」


 なるほどそういう感じかなと思っていたところで、目の端にアイナが走って戻ってくる姿が見えた。

 特に怪我をしている様子もないし、剣も手には持っていないので少なくとも適当遭遇したということはなさそうだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る