045話-次の街が見えた

 翌日。いよいよ今日は街に着くというのに、隣に座っているエイミーと、後ろのサイラス以外はグロッキーになっていた。


 アイリスとハンナ、ヘレスはほぼ徹夜で保冷ボックス作りをしていたそうだ。まだバラバラのパーツ状態だが、荷物を整理すればかなりの生食材や果物を保存できるようになる。


 アイナやケレスたちはなぜかあれから酒盛りが始まったらしく、朝にエイミーが起きた時には焚き火の周りで全員寝こけていたらしい。




「クルジュナまで飲みつぶれているなんて思わなかったわ……」


 俺も最近知ったのだが、この六台の馬車のうち一つはお酒だけが積まれているらしい。


 しかも、お酒は大変な戦い前の気分高揚に使うんだから減らしちゃダメだと座長に直訴したのはなんとクルジュナだというから驚きだった。




(……そういえばアイテムボックス的なあの魔技を使えるようになったこと伝えるのを忘れてた)


 昨夜、夜営地に戻って実験をしようとしていたのにすっかりと忘れていた。果たして時間が経過するか否か。

 道具類や食べ物を保管する上でこれだけは確認しておかなければならない。


(あぁ、氷でいいか……いい天気だし)


 俺は御者台に並んで座るエイミーの目を盗み、片手でこっそりと氷を一つ作ると『貪欲な貝ペルナ・アウァールス』の中へと放りこむ。


(俺しか使えないから大事なものは入れられないなぁ……)


 自分が死ぬとは思えないけれど、この世界をまだよく知らない俺にとっては心配しずぎるぐらいで丁度いい。




 街道上にも小さな石が増えてきて、馬車がガタガタと音を立てて進んでいく。


「座布団欲しくなるね……お尻痛い……」


「座布団はないけれど、お布団敷く?」


「あ、それいいね」


 俺は馬車へと戻り掛け布団を引っ張り出して御者台へ戻る。

 エイミーが少しお尻を浮かしてくれたので、サッと引いてその上へと座る。


「ん……ちょっとマシかな……?」


「無いよりは全然いいね、ありがとうユキ」


「雨も降らないだろうし、ちょっと後ろへも行って手伝ってくるよ」


 いつものように馬車の屋根にひらりと飛び乗り、一つ後ろの馬車へと向かう。

 流石にアイナも今日はリーチェと並んで御者台に座りぐったりとしていた。


「二人とも下に布団敷く? お尻痛くない?」


「はぅ……ユキ、お願い……ねむ……」


「私の布団……入ってすぐ右にあるから……」




 アイナは二日酔いというか完全に寝不足ぽく今にも目蓋が落ちてしまいそうだった。

 リーチェは二日酔いだろう……ヘニョっと折れ曲がったウサ耳が哀愁を漂わせている。


 馬車に入り、リーチェの敷布団を引っ張り出して三つ折りにしてから御者台に敷いてやる。


「アイナ、寝ちゃだめだからね?」


「うん〜……わかってる〜……はふぅ」


 そしてそのまま、残りの馬車へ移動してエイミーの元へと戻った頃には視界の先に指の先ほどの街並みが見えていた。


「あれがアベンド?」


「そうみたいだね! 私も初めてだから楽しみなの」


 アルプス山脈のような高い山々の麓に広がる街。

 標高はどれぐらいだろうか?

 雪は積もっていないし、俺も含めて半袖で少し肌寒いかなというぐらいなのでそこまで高山地帯ではなさそうだ。


「そういえば俺、この世界の地図とか見たことないや」


「地図? 私も見た記憶がないわ……もしかしたら昔は見ていたのかもしれないけれど」


「エイミーは……記憶がなくなる前のこと思い出したり知りたかったりする?」


「……そっか、ユキも記憶無いんだもんね」


 エイミーに向けられた笑みで心が少しズキっとする。


(エイミーごめん、俺、記憶はあるんだけど知識が無いだけなんだ)


 この身体の元の人格の記憶という意味では記憶喪失と言うべきだろうか。


(家族……少なくとも母親はいたんだろうな)



 銀色の前髪を指でいじりながら、そんなことを考える。


 銀髪の人は前の街では見かけたことはない。

 流石に珍しいとは思うのだが、変にじろじろ見られたような記憶もない。


 多種族が共存している世界だし、あまり他人の容姿については気にしない、もしくは気にしないようにしているのかもしれない。


「あの距離ならあと1時間ぐらい?」


「そうね……途中、道が何もなければそれぐらいかなぁ」


 目測で街の大きさを考えてみると、よくある住宅街の三ブロックぐらいだろうか。

 左右に一キロぐらいで奥行きは分からないが、背後に巨大な山脈があるのでそこまで広い街ではないだろう。

 

(横に長い山岳都市……って感じなのかな)


 石造りの小さな外壁の向こうに頭を出す赤や黄色のカラフルな屋根。


「街に着いたら地図を見れるところを探したいね」

「あ、いいね、私も見てみたい!」


 果たしてこの辺りが世界のどのあたりなのか。

 町と町の距離など、これから旅する以上はある程度把握しておかなければならない。


「あ、でもアイナとかならどこにどういう街があるとかわかるんじゃない?」


 何しろ戦争していた時はこの国にスパイとして潜り込んでいたのだ。


「どうだろう……座長とサイラス以外はまだ10歳とかそれぐらいの子供だったんだし……」


「…………っ!?」


 そうだ、エイミーに言われるまで気にしていなかったが、戦争が終わったのが正式には8年前だそうだ。


 アイナが確か22歳って言ってたから、戦争が終わった時点ではまだ14歳……。


(なんでそんな子供が戦争に……事情は人それぞれだけど……)


 スパイという仕事を考えると確かに子供の方が怪しまれないのかもしれない……しれないが。


(すっごいモヤモヤする……)


 この一座に国王から依頼された「みんなを笑顔に」というものは一座のメンバーも含まれていると座長は言っていた。

 アイナやケレスのおちゃらけた態度は、もしかしたら戦争で壊れてしまった心を隠すための仮面なのかもしれない。


(だから座長はなるべく一人で暗殺業を続けていたんですか……?)


 座長にもらった巻物が魔技で読めるようになったので、昨夜悶々としながら読んでいたら最後の方には暗殺リストが書かれていたのだ。

 小さな、それこそ女の子にはさせられないような汚い仕事は座長自らが誰にも言わずに淡々と処理していたようだ。

 大きな裏仕事はメンバー全員でこなすこともあるが、どちらかと言えばメンバーの意欲付けという意味合いも含まれているようだ。


(エイミーに巻物を読んでもらった時、最初の方だけにしておいて良かった……)


 そのヒットリストと呼ぶべき項目には相手の罪状や対応内容が事細かに記されていたのだが、正直「人間ってこんなに汚いのか」と吐いてしまいそうなものばかりだった。

 国などから受ける正式は仕事では無く、行く先々で目についた汚物を破壊していたような流れの暗殺者。

 裏の仕事はやらなくていいとは言われていたが、アイナたちがそんな人々の困りごとを耳にすれば解決したいと言い出すだろう。


 そうなる前に座長が始末していたとはいえ……。


(はぁ……正義ってなんだろうな……)


 頭を悩ませる事実の前に考えるのが面倒になってくる。


(まぁ……いいや、俺は俺のやり方で……)


 正直、座長と同じことはできない。

 だが、その力を使えるのなら、俺は俺ができる範囲でできることを精一杯やろう。



 結局少し前に考えていたことと同じ結論になってしまった思考を一旦振り払い、俺は前方に広がる街並みを見つめ新しい街がどういうところなのか心を躍らせるのだった。

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