043話-色々と確認

「あぶない……今のは完全に俺の油断かぁ……容赦ないなぁ。『貪欲な貝ペルナ・アウァールス』――おおっ、すごい」


 俺は頭をポリポリと掻きながら、手帳に追加されていた優男の魔技を早速使う。

 すると、男の死体の隣に積み上げられていた木箱や優男のハンドアックスがスッと消え去った。



 しかも驚いた事に、手帳の数ページ先のページに新しく文字列が追加されたのだ。


 そこに書かれたのは『剣』『金貨 450』『斧』などの文字列。

 なんとか読むことができたのはそれぐらいだった。

 あとは長ったらしい単語もあるが、おそらくこの魔技で収納しているもののリストだと思う。



(収納品目リストが自動的に……便利すぎる)


 俺は辺りに散らばった全ての荷物を片付けて、焚き火の方へと戻る。

 そしてそこにあった三つの死体の腰につけられた革袋も『貪欲な貝ペルナ・アウァールス』で仕舞った。


「『金貨 450』が『金貨 480』に変わったからやっぱり収納したお金か……前の公演で手に入れたお金が金貨換算で20枚って言ってたから結構な量だ」


 街で男一人が生活するためには三十日が家賃も含めると金貨15枚。

 四人家族だと三十日で金貨20枚から30枚と言っていた。


「えっと、うちは家賃かからないけど、馬のエサ代とか……」


 今、座長から預かっている『荒野の星』としての運営費がだいたい金貨100枚あるとリーチェが言っていた。

 これで食費や馬のエサ代、修繕費や道具類を購入する金貨で、大体二ヶ月分ぐらいらしい。


 ちなみに『裏の仕事』については基本無償でやっているらしい。

 あくまでも慈善活動。

 ただ、生きていくためにと心付け程度は依頼者の懐具合でもらっていたそうだ。




「それにしても、死体を見ても怖いとか感じないんだけど……俺大丈夫なのか」


 この世界に来て、感情がおかしくなったのか気持ちが高揚しすぎているのかわからないが、あまりいい兆候ではない気がする。


「……気をつけよう」


 足で焚き火に土をかけて消火し、他に忘れ物がないかを確かめて大岩の方へと戻る。


(この森、魔獣とか出ないよな……)


 そんなことを考えながらあたりに気を配りなるべく音を立てずに移動する。

 だが、これがフラグというものなのかと思ってしまう事が起った。




――ガサガサッ


 不意に隣の茂みが音を立て、その奥で一対の光る目が俺を見ていたのだった。


「まっ、魔獣……っ!?」




 俺は慌てて手帳を取り出し、『影の旋風チエーニ・ヴィールヒ』を使える用意をする。

 次に起こるのは、あの正体不明の生き物が飛びかかってくるか、逃げるか、炎でも吐かれるのか。


 油断しないように茂みの奥から覗く瞳を凝視していると、そのどれでもない事が起こった。


『あいつらを殺したのはお前か?』

「――えっ!?」


 突然、その瞳の主が話しかけてきたのだった。


「喋った……魔獣が……」


 この世界はもはやなんでもありかと思いながら戸惑っていると、茂みの奥から改めて言葉が投げかけられる。




『お前があいつらを始末してくれたのか?』


(始末してくれた? 始末して欲しかったのか?)


 掌を向けいつでも魔技を使えるようにしたまま、謎の声が言ったことを頭の中で反芻する。


「あ、あぁ、俺が倒した――ダメだったのか?」

『……いや、感謝する。あいつらは我の仲間を殺した。反撃の機会を窺っていたのだ』



「……そうか」


 俺は短くそう答えると、再び茂みがガサガサと音を立てて、声の主がヌッと現れた。


「…………狼?」


 漆黒の体毛を持つ大きな、下手すれば俺と同じぐらいの大きさの狼だった。

 この暗闇の中だから、体毛はもしかしたら深い青色かもしれない。


『さぁな、人間が我らのことを何と呼んでいるかは知らんが……ともかく感謝する』


 狼がペタンと座り、少しだけ頭を下げた。

 意外にも礼儀正しい狼だった。


「役にたてよかった、いや仇を俺が倒してしまってごめん」

『ふ、かまわんさ。これで仲間も安らかに眠れるだろう』


「と言うことは、いま一人なのか?」

『いや、まだ数百の仲間がいる。と言っても人間と意思疎通ができるのは我だけだがな』


 狼がフフンと笑ったような気がする。


「すごいね、人間と話せるなんて」

『族長の家系だけが持つ神より与えられし力だ。人間は魔技とかスキルと呼んでいるそうだが』

「――まじか」




 その狼が話した内容に驚愕の声が出てしまう。

 まさか人間や亜人じゃなくても魔技が使えるとは思わなかった。


(と言うことは魔獣も魔技を使って攻撃してくるやつがいる可能性があるのか……)


「俺はもう戻るけれどついてくるか? 肉ぐらいは出せるが」

『いや、食糧はありがたいが、子が寂しがるのでな……これで失礼する。奴らの肉を貰えればそれでいい』


 奴らの肉というのは、あの死体のことだろう。

 だが、せっかくなので先ほど手に入れた荷物の中に紛れ込んでいた『肉』とだけ書かれていた物を取り出し狼の前に置く。


「これも、少ないかもしれないし口に合わないかもしれないけれどあげるよ」

『ふむ……それは感謝する。気を付けて仲間の元へ戻るのだぞ』


「あぁ、ありがとう」

『……しかしメスが狩りをするとは人間は変わっている奴が多いな』

「…………男……オスだよ俺は」


 俺は苦笑しながら狼に答えると、狼は初めて驚愕した顔をしたように見えた。




 狼に手を振り大岩へと歩き出すと、狼は俺の差し出した食糧を口に咥え茂みの奥へと戻っていった。

 大岩の上から眼下に小さく見える焚き火を見下ろす。


 みんなのところへ戻る前に、手に入れた魔技の再確認をしようと思う。



「まずは『小夜鳴オキュラス鳥の瞳・ルスキニア』か……どこまで見えるんだろう」


 魔技を使うと、まずは視界が少し暗くなり焚き火の周りに座っているアイナとエイミーの姿がなんとか確認できるぐらいだった。


「ここからだと五百メートルくらいかな……ズームできるのかこれ」


 脳内でズームしてくれと考えると、一瞬レンズが切り替わったかのような感じになった。

 先ほどまでは顔の輪郭ぐらいまでしか見えなかったアイナとエイミーの姿がはっきりと見えるようになる。


「すご……はっきり見える……。アイリスとハンナにヘレスは……いた。クルジュナとケレスにサイラスも見えた」




 姿が見えないリーチェは馬車の中だろうか。

 少し視線を動かし、あたりを探す。


(観光地の双眼鏡みたいだ……酔いそう)


 馬車の周りを探していると馬車の向こう側の茂みの先にリーチェの耳だけが見えた。

 確かあのあたりには小さな湧水が流れていたはずだ。


(リーチェ、あんなところで洗い物してるんだ……)


 距離が遠く再びぼやけた感じになったので、さらにズームしてみようとしたところで驚いた事が起こった。

 手前にある茂みが透け、その先にいたリーチェの後ろ姿がはっきりと見えた。




 そして更にその服も透け、つるりとした背中がはっきりと見える。


(……やべっ!)


 見つかったわけでもないのだが、覗きをしている気分になり俺は慌てて顔を逸らして焚き火の方へと視線を戻す。


(――こっちもかっっ!!)


 流石にまずいと俺は目を閉じてスキルをオフにした。





(……眼福というか、ご馳走様でしたというか……)


 世の男子諸君が泣いて喜びそうな魔技の能力と、視界に広がる花園のような景色だった。


(なんというか……うん、あまり使わないでおこう)


 拡大しすぎると透視までしてしまう暗視機能付き双眼鏡という感じの魔技。

 俺が使ったので効果が高まって透視までできるようになったのか、距離が増えたのかわからないが、改めて最初に犠牲になってくれた盗賊に感謝する。




(えっと、アイテムボックスの前にまずは)


 遠視の魔技もアイテムボックス的な魔技もありがたいのだが、それよりも最後の一つの方だ。


 あの狼が使っていた魔技。

 手帳を見るとしっかりとその名前が刻まれていたのだ。



「えっと、これだな……俺の思い通りなら……『賢者の言葉ウェルバ・サピエンス』」


 あの狼から手に入れた魔技が発動し、手帳が消える。

 俺は再び手帳を取り出し、後半のページに書かれていたカーミラの魔技『真実ゼールカロの鏡・イースチナ』の鑑定結果ページに目を走らせる。


(よしっ! 読める!)




 そこに書かれていたのは相変わらず文字はこの世界のものだったが、きっちりと読めるようになっていたのだ。

 魔技のリストに記載されていた説明文のような部分もきっちりと読めるようになっていた。


「エイミーとアイナに使わせてもらった結果の文章……」


 アイナの項目をさっと見てみると次のように書かれていた。


――――――――――――――――――――

名前:アイナ

本名:アイナ・フォン・アールト

状態:健康体

年齢:22歳

種族:亜人種-猫人族リュンクス

身体:165cm/45kg/80cm/55cm/81cm/紺髪、金眼

職業:暗殺者、大道芸人、歌手見習い

武器:碧の月メンシス朱の星ステーラ、聖剣アールト

魔技:『猫の反乱コーシカ・ヴァスターニエ

好意:ユキ

嫌悪:ルーベルト・フォン・アールト

系譜:帝国四大貴族アールト家長女

思考:「ユキまだかなぁ……心配だなぁ……探しに行こうかなぁ……うー……どうしよう」

――――――――――――――――――――


「好意って、こんな情報まで出るの? しかもアイナって貴族なのか……」


 思考という欄は、魔技を使った時ではなく情報を見た時の考えていることが記載されているように思える。


「てことは、いつでも何を考えているのかが筒抜けってこと……?」


 相手の考えていることが全て読めるとんでもない魔技だ。

 女の子相手には仲間以外にはあまり使っては駄目と言われたのだが、ある意味納得した。


「って仲間でも使えないよ!」


 ぶっちゃけプライバシーが筒抜けになる魔技だ。

 相手を拘束する『魂の束縛オプリガーディオ』や傀儡にする『愛 のリーベ・ 虜グファン』、それに遠視の魔技と併せて完全に出歯亀方向に進化してしまっている。


「…………駄目だぞ俺」



 心を沈め、次にエイミーの情報を確認してみる。

 先日、記憶喪失なのだと告白されたのだが、この魔技だとすべての情報が判る気がする。


――――――――――――――――――――

名前:エイミー

本名:エイミー・エクルース

状態:健康体

年齢:18歳

種族:真人種-森人族ハイエルフ

身体:155cm/41kg/73cm/52cm/78cm/金髪、金眼

職業:歌手見習い

魔技:『聖鳥の賛美歌アウィス・ヒュムヌス

好意:ユキ

嫌悪:

系譜:エクルース国王女

思考:「ユキ……どうしよう、アイナに手伝ってもらって探しに行ったほうが……でも」

――――――――――――――――――――


 王女――そこにははっきりとそう書かれていた。

 確か滅ぼされたエルフの国の近くで見つかったって言っていたけど、まさか王女様だったとは。



 しかし本人も知らないこの情報を俺がおいそれと言うわけにもいかないだろう。

 どうしたものかと思いながらエイミーのステータスを見ると、魔技もきちんと書かれていた。


 名前だけでは効果がわからないのだが、記憶喪失ということは本人も使えることを知らないのだろう。



「あっ、もしかして魔技の名前が出てるってことは……俺の状態も表示されるのか?」


 今更そんなことに思い至り、自分に対して『真実ゼールカロの鏡・イースチナ』を使ってみることにした。

 カーミラさんは実際、これで俺の情報を確認していたはずだ。

 あのときのニヤリとした笑みの理由が判る気がする。



「出てきた……」


――――――――――――――――――――

名前:ユキ

本名:雪下一幸ゆきしたかずゆき

状態:健康体

年齢:13歳

種族:■■■■■

身体:150cm/48kg/銀髪、赤眼

職業:『荒野の星』座長、暗殺者、プロデューサー、女ったらし

武器:

魔技:『管理の手帳デウス・リベル

好意:エイミー、アイナ、リーチェ、クルジュナ、ケレス、アイリス、ハンナ、ヘレス

嫌悪:海原部長

系譜:始祖

思考:「女ったらしは職業じゃねぇ! 海原部長は確かに嫌いだけど! あと始祖って何!?」

――――――――――――――――――――


「女ったらしは職業じゃねぇ! 海原部長は確かに嫌いだけど! あと始祖って何!?」


 最後まで読んで口から出た言葉と書かれていることが同じだった。

 色々とツッコミどころは多いが、そこには求めていた俺の魔技の名前がしっかりと記載されていた。


「だけど、管理の手帳ってそのままの名前だな」


 俺は手帳を仕舞うと、大岩から夜営場所まで一気に転移したのだった。

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