075話-ヴァレンシアという少女
「ユキ、どうして私だけ居残り組なの?」
アイナとケレス、エイミーには六華を護衛につけて先に宿に戻ってもらうことにし、俺はヴァルと話があるために二人で『部屋』に残った。
聞かなければならないことがあるのだ。
(聞きたくないけどなぁ……もう確定なんだよなぁ)
聞きたいが怖くて聞けない。そんな気持ちを抑えながらの決断だった。
向かい側のソファーへ座ればいいのに隣に座るヴァル。
三人以上並んで座れるのにぎゅうぎゅうに詰められ腕を抱かれている俺。
「ヴァル、近い」
「えー……いいじゃん誰もいないんだし……ちょっとぐらい」
俺は意を決して……でもヴァルと視線を合わせるのが怖くて足元に視線を落としたまま口を開いた。
「……ヴァルは俺と同郷なの?」
「そだよー?」
俺の決心などどこ吹く風か、ヴァルから帰ってきた返事は実に拍子抜けするほど軽いものだった。
「……どこで気づいたの?」
「んんー、私の銃弾が一度ほっぺた掠めたでしょ? あの時にユキの情報がちょっと流れ込んできた」
他人の血液から情報を読取るというヴァルの種族の特技らしい。
そしてそれに気づいてから会話に『チート』とか『コンクリート』とか、こっちに来てからは通じなかった単語を話に混ぜて反応を見ていたらしい。
お互い状況はわからないものの、同じ世界からやってきたという超特大な共通項が出来た。
そうなるとやはり気になるのは日本の話。
こっちに来てから何をしていたか等、聞きたいことは山のようにある。
何から質問をしようかと悩んでいたら、ヴァルがそっと口を開いた。
「私ね2023年のクリスマスイブの日に……起きたらこの世界にいたの」
「え、2023年?」
「そう。それから700年ぐらいずっとこっち。長命な種族だから仕方ないんだけど楽しくやってるよ? ユキは2720年とかなの? あっちどうなってるか聞かせて欲しいなっ!」
「まって…………俺、2020年……なんだけど」
いまだにはっきりと覚えている、新人アイドルの初ライブ前日だ。
バタバタしててほとんど寝れない日々でかなりキテいたけれど日付は忘れるはずもない。
「つまり、私の方が未来ってこと? え、まって、混乱してきたよぉ〜」
時空の流れ的なものが一定ではないのか、こちらへ転生した状況が違うのか理由はわからないが俺より未来から、今から七百年も昔にこの世界にやってきたというヴァル。
「昔は何人か見つけたんだよ? 同郷の子。みんな寿命で死んじゃったけどね、あははっ」
「ヴァル………」
「だからね……久しぶりに会った同郷のユキとは仲良くしたいな」
「俺も……まだこっちにきたばかりで全然わからないことだらけだからさ……ヴァルに色々と教えて欲しい」
「んふ、まかせなさい! でも、こっちきてすぐに『荒野の星』の座長とかすごいよね! やっぱり魔技が特殊だから?」
「どうなんだろう……確かに魔技は見るだけでコピーできるから場数さえ踏めばどんどん強くなるはずなんだよ」
「そうだよねー……じゃあしばらくは座長兼暗殺者しちゃうの?」
「陛下に依頼もされたしね……アイドルもやりたい」
「ユキ……がじゃないよね。アイナちゃんたち?」
今の『荒野の星』がやっている大道芸や、この国の現状、俺ができることを考えてこの世界でアイドルというものを流行らせたいとヴァルに説明した。
「へーアイドルかー。アイナちゃんたちならスタイルも抜群だしすごく人気出るかもね!」
「色々と舞台設備とか揃えていくのが大変そうだからとりあえずアカペラとか簡単な楽器で頑張ろうって思ってる」
「へー……いいなぁ……私もやってみたいなぁ」
ヴァルの頭の羽がパタパタと動く。
確かにこの世界でアイドルをやるにあたって、向こうの常識とこっちの常識をどちらも知っているヴァルがいると心強い。
「私ね、全然駄目だったんだけど訓練生だったんだ」
「訓練生?」
「そ。スノーライトっていう事務所の訓練生だったんだ」
「うちじゃねーかっ!」
ヴァルから出た馴染みのある事務所名につい大声でツッコミを入れてしまうほどびっくりした。
その事務所『スノーライト』はまさに俺が所属していた芸能事務所で、新卒で入社してからずっとそこで働いてきた。
まさか俺の仕事先の事務所の訓練生だとは……世の中狭すぎる。
(……世の中っていう言い方はおかしいけど)
「まじ? スノホワのプロデューサーなの? すごい! こんな偶然ってあるのっ!? すごい……もう忘れそうなほど昔の……ことなのに……ぐすっ……ふぇ……」
七百年ぶりに見つかった共通の話題。
それだけでヴァルの涙腺は崩壊してしまったようだった。
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