034話-別れの挨拶に

 宿前の大通りから一本奥に入った小さな通り。

 昼間なのに人は殆ど歩いておらず、日も当たらないため薄暗くジメジメとした雰囲気が漂っている。


「行きたい所ってカーミラんとこ?」

「うん、挨拶だけしておこうかなって。アイナは知ってるんだよね」


「うん、何度か会ったことあるよー。顔はいっつもローブ被っているからわからないけど」


 けらけらと笑うアイナの尻尾を眺めながら後ろをついていく。


 角を曲がり暫く歩くと石造りの壁のど真ん中に、先日訪れた時となんら変わらない鉄の扉が現れた。

 アイナは周囲をキョロキョロと見回すと扉を叩き、中へと入っていく。


「おーい、カーミラーっ」

「おじゃまします」

「……居ない……わけないよね。気配がある。おーい! カーミラ、アイナだよー」




「……うるさいわね。そんな大声出さなくても分かってるわよ雌猫」


 店奥のカウンターから現れると思い視線を向けていたのだが、突如背後から声を掛けられた。


「うわっ!?」

「おや、ユキ、先日ぶりだね」


 慌てて振り返ると、カーミラさんのニヤリと笑う口元だけが見える。


「今日はなんの用? 必要なものでも?」

「あの、座長が少し離れることになって……私たちも次の街に行く前にご挨拶をと……思いまし……て……どうして抱きついてくるんですか?」


「こらーっ! カーミラなにやってんのよ!」

「この間より濃いね……ユキ……あなた何人殺してきたの?」


 カーミラさんが俺に抱きついたままスンスンの服の匂いを嗅ぐような仕草をする。




「え、こ、殺してなんかいませんよ……」

「……本当? あ、確かにアイナの匂いだ……後これは……ケレスちゃんかな?」


「ちょっとカーミラ、いい加減離れなさいよ!」

「へいへい、そんな怒らなくっても」


 ふっと背中に回された手の力が消えたと思ったら、俺の目の前からカーミラさんの姿が忽然と消えていた。




「えっ……」


 慌てて店内を見回すと、カウンターへ腰を下ろし足をパタパタとさせているカーミラさんの姿。


「アーベルから話は聞いているよユキ。そんな見た目で随分と信頼されているのね」

「それはどういう……」


「アーベルの放浪癖は今に始まったことじゃないから、気にしちゃだめよ。それよりも、今日出るの?」

「えっと、今日は用意に費やして明日の朝……かな、アイナ?」


「多分そんな感じかな」

「それで、ユキはこれからどうするの?」


「正直まだよくわかりません……けれど、座長の受けた依頼、アイナたちの考えは引き継ぎたいと思ってます」


「ふーん……裏家業のほうも?」

「そっちは……まだわかりません」


 正直、みんなに危険が及ばないようなものならばできる範囲でやっていきたい。

 けれどこの間のように命に関わるようなことはなるべく避けたい……。




「ユキ、一つ教えておくわ」


 カーミラさんが指を一本立てて、口元を嬉しそうに歪ませる。


「アイナたちはあなたが思っている以上に……いいえ、この国なら上から数えた方が早いほど強いわ」

「……」


それは、アイナたちの強さを見縊みくびるなという警告を含んだ言い方だった。





「そして、あなたはそれ以上に強い」


 少し俯き気味のカーミラさんのフードの奥から鋭い眼光を向けられ背筋がゾクリと震える。


「俺が……強い?」




「しらばっくれなくて良いわよ。貴方自身、分かっているでしょ? 自分の力のこと」


 俺のこの謎の手帳。

 見ただけで人の必殺技ーー魔技をコピーし威力を増した状態で使える技。

 確かにこれをチートと言わずしてなんと言うのか。



「あなたの力ならば、大抵のことはなんとかなるかもね」


「カーミラさん……あなたは……」

「私は貴方たちの味方。今はそれだけよ」


「カーミラ、もっとわかるように説明してよ。ユキも困っているし私もよくわからない」


「ふふ、頭に筋肉が詰まっているようなアイナには難しすぎたかな? いいわ、ちょっとユキの力見せてみて。アイナ、私の魔技覚えてる?」

「――っ!」




 カーミラの言葉を聞いたアイナの尻尾の毛が唐突にぶわっと膨らんだ。


(……アイナが戦闘態勢……じゃないな、警戒してるときの仕草かな)


 俺がアイナに視線を向けていた間にも、カーミラさんを中心に黒いモヤのようなものが広がってきて俺を包み込む。

 だがその不思議なモヤもすぐに何もなかったかのように消え去った。


「今のは分かりやすいように濃い目に魔力を出したんだ。ふむ……名前はユキ。年齢は13歳――」

「まっ、まさかっ……」


「魔力適性は最大レベル。魔力量は……すごいねユキ」



 何もない空中に視線を向けながら、書類を読み上げるように話出すカーミラさん。



「か、鑑定……的な魔技ですか?」

「そうよー身長は150センチ……せんち? よくわからない単位だけど……えっと、好きな人は……」


「うわっ、ちょっ! ちょっとカーミラさんっ!」


 さらっと、とんでもないことを言い始めるカーミラさんを慌てて止める。


「えっ、カーミラ止めないでよ、続きはっ!?」


 アイナがカーミラさんに掴みかかろうとするが、カーミラさんはまたしてもフッと姿を消し俺の隣に現れた。

 これは座長と同じような移動系の魔技なのだろうか。




「どう? 私以外に使える人に会ったことないんだけれど、これも使えるんじゃない?」


 俺はカーミラさんに言われるがまま手帳を出現させてページを開いて確認してみる。

 そう言えば最後に手帳を確認したのは座長の魔技を見たときが最後だった。


 いつものページに視線を向けると『悪魔マエロル・の嘆きディアボルス』、『その鯨は財宝のソムニウムバラエナ夢を見る・テサウルス』というケレスとハンナ・ヘレスの魔技が増えていた。


 そしてその下にある一番新しい行には『真実ゼールカロの鏡・イースチナ』という魔技が記載されていたのだった。



「……」

「ふふ、やっぱりね……気になるならあとは自分で自分を見てみなさい。仲間以外の女の子にはたまにしか使っちゃだめよ? ふふっ」


(仲間の女の子には使って良い……のか)


 そういう言い方をされると、どこまでの情報が表示されるのか気になってしまう。




「あなたはその力があれば戦いの場に出れば出るほど強くなれる。魔力量と相まって、場合によってはとんでもない力を手に入れることができるでしょうね」


「それは……そうなんですが、俺はそんなことは考えていません……」

「ダメよ。あなたが戦わなくても相手が攻撃してくることだってある。その時のために、仲間を守れる力を持つべきよ」


「守る力……」

「あなた自身を守るため、仲間を守るため、ひいてはこの国の人々を守るための力よ」


 カーミラさんに言われてハッと気づく。

 確かに人を傷つけたり殺したりすることは気が進まないが、傷つけられそうになっている仲間のためなら俺はこの力を使うことは厭わないだろう。



「……わかりました。カーミラさんありがとうございます」

「あなたの情報は誰にも言わないから安心して」


 最後にカーミラさんに「手土産」だと渡された小さい古びた箱を手に、俺とアイナは店を後にしたのだった。

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