058話-血の棺桶
あっさりとアイテムボックスの中へ収納された魔封の首輪と手枷に足枷。
ヴァレンシアさんが、手首をさすって肩をポンポンと叩いてくる。
「おっ、さっすがユキくん、ありがとうっ!」
「――んむぅっ!?」
そのまま俺に抱きついたヴァレンシアさんに突然唇を奪われた。
「んっ、んんっ、んーーっ」
「んむっ、ちょっ、ヴァレンシアさっ、んむっ」
貪るようにキスをされ、危うく身体が反応してしまう前になんとか彼女の両肩を押して引き離す。
「もう、そんなに恥ずかしがらなくてもー! あっ、そうだ、あそこの男、処分しちゃうね?」
忘れ物を思い出したかのような気軽さですくっと立ち上がったヴァレンシアさんは、みんなの方を振り返り大きく手をあげる。
「みんなっ! ユキくんが倒してくれたヤツに引導を渡すわ! ケリーやエミリ、亡くなっちゃったみんなの恨み、私が代わりに晴らすから! みんなの分も私が背負うから! こんなんで元気出せっていうのは難しいかもだけど、もうちょっとだけがんばろうね!」
それは一種の宣言のようなものだった。
人を殺める十字架は自分が背負うからとはっきりと宣言した。
ヴァレンシアさんが普段どんな仕事をしているのかまだ知らないが、少なくともここに囚われている女の子たちの表情が少しでも晴れたのは確かだった。
だけど――。
(相変わらず慌ただしいというか……せっかちな人だな……)
「とうっ!」
俺がそんなことを考えているうちにヴァレンシアさんは可愛らしい掛け声と共に、鎖で簀巻きにされたままのアドルフの隣まで跳躍していった。
「じゃ、この世にお別れしなさい?」
「ひっ、ゆっ、ゆるし……ゆるしてくれ!」
そう言いながらヴァレンシアさんがどこからともなく取り出したのはデリンジャーのような形をした武器だった。
意識を取り戻していたアドルフがその武器を見て懇願の声を出すが、ヴァレンシアさんは聞く耳を持たない様子で、アドルフの隣に立ったまま銃口を彼に向ける。
「あれはやっぱり銃……なのか?」
「ひっ、やめっ、やめてくれ――!」
「――バンっ!」
アドルフの胸に狙いを定め、あっさりと引き金を引かれた銃口からは真っ赤に光る銃弾が射出され――
――ガンッ
そんな気持ちの良い音を立てて鎖に跳ね返された銃弾。
跳弾した弾が俺の頬を掠め、その軌道を変えずに後方の壁へと突き刺さった。
シンと静まり返る室内にアドルフの荒い息遣いだけが聞こえ、弾丸が掠めた俺の頬からツーっと血が垂れる。
「……………………あれ?」
「…………」
「ちょ、ちょっとユキくん? この鎖何でできてるの? 私の弾が弾かれちゃったんだけど」
「知らないよ……! なんなら外そうか!?」
頬を伝う血を腕でごしごしと拭きながらヴァレンシアさんへと叫ぶ。
「むむむーっ! いいっ、なんだが悔しいから全力で殺るわ!」
「ひぃぃぃっっっ!」
今度こそ本気を出すと言いながら高く跳躍したヴァレンシアさんは落下すること無くふわふわと上空で静止する。
そしてかざした手が赤く光るとその周囲にら赤い光が溢れ、いくつもの短銃がいくつも出現したのだった。
「魔法少女かよ……いち、に、さん…………十丁も……」
「冥府の寄生木よ、群がる骸よ、汝が求める糧はここにーー『Sange rece grindină de gloanțe!!」
ヴァレンシアさんが紡ぐ
(今、なんて言った……?)
他の人が使う魔技の類は発音されたものはだいたい聞き取れてきたし、手帳もそのページだけはなぜか読むことが出来ていた。
だが先程ヴァレンシアさんが紡いだ魔技の名は全く理解できなかった。
上空からパンッと乾いた発砲音が聞こえ、彼女のまわりに浮かぶデリンジャーから一斉に発射される赤く輝く弾丸。
それは雨が降り注ぐように、一直線にアドルフの心臓を狙い突き進む。
今度はガギィィと金属同士がぶつかる激しい音が鳴り響き、いくつかの赤い弾丸が跳ね返り四方へと飛び散る。
だがそれらは空中で軌道を変えると再びアドルフへと向かい飛び続けた。
「ぐぇっ、ぐあっ、いでっ、いでぇっ、いでぇぇっっっ、やめっ、やめでぐれぇぇ!」
「あなた、同じように懇願していた女の子をどうしたの? 忘れちゃった? あぁ、そう? じゃぁ思い出すまでお代わりをあげるわ!『|Încă curge』!!」
鎖の隙間からアドルフへと到達した真っ赤な弾丸は、身体を突き破ることなく数センチ減り込んだところで再び空中へと戻っていったのだ。
(今度のも聞き取れなかった……何語だ?)
もはやアドルフがどうなっているかというよりも、吸血鬼のようなヴァレンシアさんが使う魔技のほうに興味が映ってしまっていた。
空中に静止したままサディスティックな笑みを浮かべているヴァレンシアさんから目をそらさないようじっと観察する。
「あの……よかったら……はんぶんこします?」
「え?」
裸のままだったので床にペタっとあぐらをかいて座っていたのだが、いつの間にか背後にいた少し背の高い女性が声をかけてきた。
そして肩から書けていた毛布に半分入る? と毛布を少しだけ広げる。
「じゃ、じゃぁ……お邪魔してもいいですか?」
寒さというより、年頃の女の子もいるからかな……と思い、ありがたく毛布を半分借りておいたほうが良いだろうと。
そう思ってお願いしますと返事をしたのだが……。
「はい、どーぞ……!」
その黒髪の女性は俺の後ろに膝立ちになると、俺の後ろから毛布を広げ俺の身体を包み込んでくれた。
「……あっ、あの……おねーさん?」
「ケイって言います」
「すいません、あのケイさん……服……は?」
「あそこで簀巻きにされている人にゴミにされました」
「そうですか……ありがとうございます」
いつもなら慌てて逃げようとしてしまうのだがこの状況で騒ぐのもどうかと思い、今は小さな男の子ぐらいの年齢だからと自分に言い聞かせてありがたく体重を預けさせてもらうことにした。
背中にふわっというかむにゅっとした柔らかい感触を感じる。
「ふふ……ヴァルちゃん、楽しそう……よかった」
どうやらヴァレンシアさんはヴァルちゃんと呼ばれていたらしい。
ケイさんがヴァレンシアさんのほうを見上げた気配がしたので俺も毛布から顔だけを出して、ヴァレンシアさんの私刑……じゃない、おしおきの様子を観察する。
アドルフの身体からは、真っ赤な血が鎖の間から滲み出てじわじわと床へと広がり始めているのが見えた。
「ほらほらぁ~まだ頑張れるわよね~っ! 私達にもそう言ったでしょっ!? 『Trandafirul roșu al lui Nosferatu』!!」
そうして再び発射されるのは十発どころではない弾丸。
その雨のような弾丸が一斉に加速し、まるでバルカン砲のような勢いで地面に倒れているアドフルを撃ち続ける。
「あはははは~~っ! ほらほら~! ほらぁ~っ!」
笑い声だけを聞いているとまるで狂人のようにも思えるのだが、ヴァレンシアさんの瞳からはポロポロと止めどなく涙が流れ続けていたのだった。
「ぐぇぇぇっっ! やめっ、いでぇぇっっ!」
「まだ足りない? でももう良いわ。あなたの声って耳障りなのよね。死ねない苦しみを味わいなさい!」
ヴァレンシアさんが手を振りかざすと、アドルフから滲み出し続けていた血液が勝手に動き出す。
一瞬、何かの見間違いかと思ったソレは徐々にアドルフの身体を包み込むようにせり上がる続け徐々に箱を形作っていく。
「なに……あれ……」
「棺桶……?」
どこかで見たことのあるような形。
勝手に動いているアドルフの血液がその持ち主を完全に包み込むまでそんなに時間はかからなかった。
数秒でドス黒い棺桶の形に変化した元アドルフ。
いや声が聞こえるので、まだ中にはアドルフの本体が生きているのだろう。
「ひっ、いやだあぁぁっ、やめっ、だずげでぐれぇぇぇっ」
本人の血液を材料とした棺桶――。
それがヴァレンシアさんの合図でドクンと脈動すると、べきべきと嫌な音を立て縮み始める。
終いにはこの場所からは目視できないような小さなサイズに変化したのだった。
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