059話-外と中と

「いやぁ……終わった終わった! あはは…………ぐすっ……みんな……終わったよ……」


「ヴァレンシアさん……」

「ヴァルちゃん!」


「おねーちゃんっ!!」

「ありがとうヴァルちゃん……これで、あの子も……」


 スチャっという感じで皆のもとへと戻ってきたヴァレンシアさんは直ぐに女の子たちにもみくちゃにされ、口々に感謝の言葉が投げかけられるのを微笑ましい気持ちで見守る。




(なぁ、六華)


『ん? 終わったのか?』


(あぁ、一応終わったんだけど、六華も『見世物小屋フリークショー』って魔技はちゃんと手帳に書かれてる?)


『えっと、ちょっとまって……ん、あー使えるっぽいぞ』


 少し気になっていたのだけれど、俺がここに落とされた時にちゃんとコピーできていたらしい。

 『見世物小屋フリークショー』の魔技を受けたのは銀華と俺だが、六華が手帳を見てもちゃんと記載されているのは驚きだ。


(……幻影とはリアルタイム同期なのか?)


『そうらしいぞ。それと読めない文字の魔技ぽいやつも別のページに増えてるんだが、なんだこれ?』


(あぁ……それたぶんヴァレンシアさんの)


『ヴァレンシアってあの吸血鬼ぽいやつ? 近くにいるのか?』


(捕まっていたみたい。ともかく魔技が使えるってことで安心したよ)


 向こうからは俺の様子がわかっていない様子だった六華にこちらの状況を説明しておいた。




「えっと……ケイお姉さん?」

「んー? なぁに?」


 気づけばずっと背後からギュッと抱きしめられていたので、ケイさんにお願いして一旦解放してもらう。

 揉みくちゃにされているヴァレンシアさんを尻目に少し離れたところへと移動して一度外へと戻ることにした。


 これだけ離れれば、裸でも見られてもそこまで見えないだろう。

 声が届くかが逆に心配だけれど。




「あの! みなさん! 俺少しだけ外に出て飲み物とか持ってきます! すぐに来ますので待っててください!」


 何しろ目の前には二百人近くの女性がいるのだ。

 あんな狭い宿屋で外に出すわけにも行かないし、一度六華と作戦会議をしようと思う。


 やはり自分と作戦会議というのも訳がわからないが、実際口に出して会話をしていると一人で悶々と考えているよりいい考えが浮かびそうな気がするから仕方ない。

 手を降ってくれているヴァレンシアさんにもペコリと頭を下げてから手帳を取り出し『見世物小屋フリークショー』を実行する。


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見世物小屋フリークショー』――起動。

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ふっと視界が暗転し、瞬きをしたときにはもう先程まで居てた宿屋の部屋だった。


『お帰り』


「はぁ……酷い目にあったよ……」


 とりあえず部屋の壁にかかってたこいつらの服を頂いて着ておこうと手を伸ばす。

 正直かなり抵抗があったのだが、素っ裸よりはマシだ。


(……くさっ……汗くせぇっ!)


『汗臭いのは良いが、こいつらどうする? 女の子もいつまでもこのままってわけにはいかないだろ?』


 薄暗い部屋にいるのは魔技『愛 のリーベ・ 虜グファン』で洗脳し眠らせたままの男四人と女の子。

 女の子のうち二人だけ服装が違うのでこの店の店員かと思われる。




 六華と作戦会議をした結果、ベッドで寝ている女の子たちを先に起こしてこの街の子は開放しようということになった。

 それに買い出し。疲労がやばそうな子たちもいたのでまずは水や食料、それに服もいくつか必要だ。


『でも二百人近くのいるんだろ? こんな街じゃ売ってないんじゃないか?』


「あー……そうか……それは盲点だった。じゃあアペンドまで跳躍してからかなぁ」


 ベッドの上に座ったまま並んで寝かされている女性たちを眺めるが、一応は苦しそうな様子はなくすやすやと眠っていた。

 犯人である道化商会ジョクラトルとやらの男どもは、六華が遊んでいたのかしらないが全員床に芸術的なポーズで転がされていた。


「そこのおっさん……名前なんだっけ」


『魔技の件か? アレックスな』


「そうそう。まだゲットしていなかったし。えっと、アレックス起きろ」


「…………は、はい!」


 少しの間この部屋から居なくなっていたが洗脳の効果はまだ溶けていないらしく、すぐさま反応して起き上がるアレックスという黒髪茶目のおっさん。




「お前の魔技を俺に使えるか?」

「いえ……これは……自分に使うもの……なので……」


 なるほど、自分にしか効果が無いものは流石にコピーのしようがない。

 仕方ないと諦めたとき、六華が頭をぺちぺち叩いてくる。


『いやお前アイナの魔技どうやっておぼえたんだ?』


「あ……」


 そういえばそうだった。

 いつの間にか「自分が受けた魔技を覚えられる」と思い込んでいたが、アイナとクルジュナの魔技は受けたことがない。


 そもそもアイナの『猫の反乱コーシカ・ヴァスターニエ』は自己強化だ。受けて覚えるなら俺が使えるわけがない。

 しかも目の前にいるのはリーチェの『兎の幻想レプス・パンタシア』で生み出された俺の幻影だった。



「ああ、すっかり青魔法と一緒だと思ってた。じゃぁアレックス、自分に使ってみろ」


「はい……わか……りました……『月長石ムーンストーン』」


 アレックスが魔技を使うと部屋の中にキンッと乾いた音が響き、それだけだった。



『なんか発動したけど……うん、手帳にも書かれてるけど備考は……ないな。危険はなさそうだし使ってみるか』


 六華が手帳を指先でタップすると先程と同じように部屋の中に乾いた音が響き、辺りはシーンとしたままだ。


「六華……危ないやつだったらどうするんだよ」


『うん、ごめん、俺も押した瞬間気づいたよ。アレックスに聞けばよかった』


「で、アレックス、この効果は?」


「部屋の……音を……外に漏らさな……くなる……スキルです……」


 アレックスがボーッとした表情のままボソボソと話す。

 音を外に漏らさないということは、この部屋で色々とひどい遊びが出来ていた理由も理解できた。





 俺はもう一度アレックスを眠らせ今度は女の子たちを起こしたのだが、目が覚めた女の子はいきなり泣き始めたりする始末。

 俺と六華二人がかりでなんとか落ち着かせる事ができたのは十分以上経過してからだった。


 六華が『月長石ムーンストーン』を使っていなかったら外まで響き渡って衛兵あたりに踏み込まれるレベルだった。

 




「その……ごめんなさい、助けてくれたのに……」


「お姉さんと、そっちのお姉さんはこの街の人ですか?」


「アレナ。……向かいの店で働いてる……給仕」


「エマ……です……近くの家に……帰る途中に拐われて……」


「彼奴等は俺と六華で処理するので、もう家に帰れますけど立てますか?」


 二人共この店の人かと思ってたらどうやら違ったらしい。

 俺と六華の説明に二人は嬉しそうな顔でベッドの上でもぞもぞと身なりを整え始める。


 見た所、大きな怪我もしていないようで良かった。

 その間に六華と二人で残りの女の子たちに事情を説明することにした。


 こっちの女の子たちはやはり全員アペンドから拐われた子らしく、全員が魔封の首輪を付けられていた。

 全員、顔や腕、足のほうまで打撲傷や切り傷があったので、一人ずつ治療していくことにした。



 一番端に座っていた女性に少しでも落ち着くかなと名前や簡単なプロフィールなどを質問すると、リナという名前と今年十八歳になるとだけ教えてもらえた。

 六華が「身体をくっつけてたほうが効果が高い」とか言い出すのでリナさんに「ちょっとだけ失礼します」と伝えて前から抱きしめる。


 リナさんに触れた時一瞬ビクッと身体を震えさせたが、すぐに背中に手を回してきてシャツをギュッと掴まれた。

 俺の身体はまだ十三歳で、明らかに子供なので恐怖心はそこまで無いんだろうなと思いながら回復魔法を発動させた。


「あっ……あったかい……ふぇ……うぇぇぇっ……ありがとう……助けてくれてありがとう……」


 わんわんと涙を流すリナさんの背中をさするように抱きしめ返し、魔力を流していくこと数十秒。

 部屋に溢れた銀色の光が消えたとき、リナさんの傷はすっかり綺麗に治っていた。


「あ……治ってる……うぅ……こっちも……痛くない?」


 もぞもぞと足の付根を弄るリナさんと、慌てて目をそらす俺と六華。


「ん……痛っ……」


「え? まだ怪我ありました?」


「えっ? あ、ううん、違うの。ごめんね。色々と治ってるみたいで……すごいねキミ。命の恩人だわ……」





(回復じゃなくて回帰なんだよな)


 脳内でそんな事を考えると「つまり元の状態に戻るんだろ?」と六華から脳内にツッコミが聞こえてきたが無視する。


「でもリナさんよかった……じゃぁ次そっちの……」

「あのっ」


 次の子を治療しようとした時、アレナさんとエマさんが声をかけてきた。色々と身支度が出来たらしい。


 何度も何度も頭を下げる二人に「何かあったら連絡して」と言いかけたが、この世界では個人宛に……それも俺たちのような流れの旅芸人に連絡を取る方法はないんだったと思い至り口をつぐんでしまう。


「あ、もしよかったらこの人達と、その、他にもたくさんいるんだけれど、飲み物とか用意してもらうことって出来ますか?」


 俺はそう言って金貨を数枚取り出してアレナさんへと渡す。これだけあれば、多少ふっかけられてもそれなりの数は買えるはずだ。


「えっと、こ、こんなに?」

「二百人ぐらいいるんだ。足らなかったらまた出すから」


「わ、わかった、この店のアッドさんに手伝ってもらって……あっ……その、もしよかったら下のアッドさんの怪我も治してもらえたりしませんか? 私達を助けようとしてあいつらに……」


 アッドさんというのは下の酒場に居た怪我だらけのおっちゃんのことか。

 俺たちが上に連れ込まれるのを止めもしない人だ思っていたけど、すでに止めてた後だったようだ。

 


 勝手に判断してゴメンと心の中で謝って置くことにして、部屋を出てパタパタと階段を降りていくアレナさんとエマさんを見送った。

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