060話-もうひとりの……?
部屋で眠らせていた女の子たちをを全員治療し終えた俺と六華は、アレナさんたちが買ってきてくれた大量の飲み物と毛布などをあの部屋へと運び込む作業が残っている。
ついでに治療した女の子たちも、一度あの部屋へと移ってもらうことにした。
始めは少し怖がっていたが、全員をアペンドの街まで移動するにはあそこに入っててもらうのが早いからと説明すると直ぐに納得してくれた。
「およ、ユキくんおか……あれ、双子だったの?」
「ヴァレンシアさん、おまたせしました。こっちは俺の幻影ですよ」
『よろしくおねがいします』
アドルフがやっていたように、術者である俺が一緒いれば幻影は問題なく発動したままになるようで安心した。
ヴァレンシアさんは物珍しそうに六華のまわりをキョロキョロとまわりながら観察しながら、時折俺と見比べながらウンウンと唸っている。
「ほえー……すっごい、かなり高位の幻影系だよね? 自意識があるなんて……ねぇ今度私の幻影も作ってみて?」
「わかりました……えと、それよりあそこに落ちてきた荷物ですが、水とか簡単な食べ物、毛布も買えるだけ買ってきたので皆で分けてください。それと怪我してる人いたら、全員一気には無理だけど俺が治しますんで」
治療に使う魔力が無くなったら時間を改めてと付け加えておくと、ヴァレンシアさんが伝言ゲームのように奥の人へと伝えていってくれた。
――――――――――――――――――――
結局ひどい怪我をしていた六人を治療したところで、魔力切れを起こしたのかひどい頭痛に襲われ、一度治療は中断となった。
「だじょうぶだよ、私も少し魔力回復したから危なそうな子は治しておいたからね。ユキくんもちょっと寝ないとそんなんじゃ倒れちゃうよ」
「ありがとうございます。でも上に犯人残してきたので、それを終わらせてから」
「あ、そっか、そうだよね。じゃぁおねーさんが手伝ってあげよう」
頭の羽をパタパタと動かして嬉しそうに腕を絡ませてくるヴァレンシアさん。
この人に頼んでしまって良いものかとは思うが、最終的にどうするかは置いておいて今は情報を吐かせるのが優先だろう。
『じゃぁヴァルには尋問頼んだほうが早いかな?』
「いいよー得意だし。って、いきなり愛称呼び?」
『ごめんダメだった?』
「ユキくんなら許してあげよう。あっ、ここの子たちそろそろ寝る時間だから動くなら明日以降のほうがいいわ」
ここに入れられた人たちは外の時間が解らなくなるから、せめて定期的に無理やりにでも寝る時間をとっていたらしい。
皆が少しずつ隙間を開け、もう少し広がることも出来るのになるべくくっついて横になり始めた。
(……小魚の大群と同じ原理かな?)
「睡眠不足が続くと心も折れやすくなるからね。少しでも頭を休憩させなきゃ」
ヴァルこと、ヴァレンシアさんは小さい子が寝付くまで手を握っていてあげるらしく、俺と六華はそれを待ってから三人で宿屋の部屋へと戻ったのだった。
――――――――――――――――――――
「ねーユキくんって魔技のコピーができるの?」
「…………はい」
床に転がる男どもを眺めながらベッドへと二人で並んで座っているとヴァルがいきなり切り込んできた。
一瞬誤魔化そうと思ったが、ある意味命の恩人でもあるので素直に吐くことにする。
「ふぅーん。条件は?」
「……見ただけで」
「…………はっ?」
「見ただけでコピーできます」
「はっ? へっ? なにそのチート。じゃあ私のも使えるわけ?」
ヴァルが驚いた顔で両手をベッドについて顔を近づけてくる。
ちなみに彼女はまだ素肌の上から毛布を羽織っているだけだったのでかなり際どい姿だ。危うくポロリしそうな胸元に視線が勝手に吸い寄せられる。
「えっと……ヴァルの技はリストにはあるんですが文字も読めなくて。俺にはたぶん使えないです」
「あー。なる。私のは魔技じゃないからかな」
「魔法なんですか?」
「ふふーん。私のは魔法でも魔技でもないわ。聞いて驚きなさい。私は稀代の魔術師の家系なのよ!」
魔法ではなく魔術――。
両方があるのは小説などではよく見かけるが、魔法と魔術は全く違う別モノだったり、虐げられていたり、はたまた逆だったりと、その存在位置はバラバラだ。
少なくとも俺はこの世界に来てから「魔術」という単語にも出会ったことはなかったので、勝手に無いものだと思っていた。
「魔術……ってことは、呪文の組み合わせで発動する魔法……みたいなそんな感じですか?」
「んーちょっと違うけど大体合ってるよ」
魔法とは本人や自然界にある魔力に属性などの方向性を付与して発動させる現象。
逆に魔術とは、魔力を込めた言霊を組み合わせで発動させる法則性を持たせた技だとヴァルが説明してくれた。
「つまり組み合わせ次第でどんな魔術も作れるんですか?」
「やろうと思えばね。でも魔封には敵わないわ……ほんとあれ開発した野郎はいつかコンクリ詰めにして海に沈めてやりたいわ」
「流石にそこまでは…元は犯罪者の拘束用なんでしょ?」
悪い奴を取り締まり、犯罪者を拘束するための道具を悪い奴が悪用しているだけなのだ。
それだけなのに、コンクリート詰めなんてされたら……。
「え? コンクリ?」
「えっ? あぁ、えっと水を混ぜると固まる砂があってね……?」
羽をパタパタと動かしコンクリという物について説明を始めるヴァルだが、俺の脳内はフルスピードでヴァルトの会話をなるべく思い出そうとフル回転を始めてしまった。
(まって……さっきヴァルはなんて言った?)
“ え? なにそのチート“
違和感がなかったので、普通に聞き入れていた。
でも確かにヴァルは『チート』と言った。
この世界に該当する単語が存在する可能性もあるが、会話の流れを考えると、この人は……まさか。
「で、どうする? あれ? ユキくんー? ユキー?」
「えっと、とりあえず、あの部屋で転写がどうとか言ってましたが、あれってどんな奴ですか?」
ヴァルが顔を覗き込んできて目の前で手を振られてハッと我に帰るが、彼女の素性も知らないうちから俺の素性をバラすとみんなに危険があるかもしれないので今は言わないでおこうと話を逸らすことにした。
「んーっと、私の場合は血を介して相手の記憶とかを覗き込めるのよ。種族特性なんだけどね」
小さな掌サイズの棺桶のアクセサリーのようになってしまったアドルフだったモノを掌で弄びながらアドルフのプロフィールを口にする。
それは俺が鑑定で見ていたものと同じだった。
「じゃあ、目的とか所属している組織についてと、他にこんなことをしている奴らがどれぐらいいるのか教えてもらっていいですか?」
「うーん……教えるって言ったけど、教えちゃうとなぁ……ユキくん一人で危険なところに突っ込んでいきそうだし……」
「大丈夫……です。次は気をつけますから」
「まっ、教えるって言っちゃったもんね。いい? 一人で突っ走らないって約束してね。こいつらは世界中で確認されてる犯罪者組織よ。本拠地はわからないし、バックもわからない。どこかの国がバックについている可能性もあるわ。武器の密輸入専門のチームとか、こいつらみたいに性奴隷になりそうな女の子の調達部隊とかかなり組織だって活動している」
巨大犯罪者組織。
噂が一人歩きしている部分もあるらしいが世界各地の国でその構成員がいるらしく、帝国やこの国を含む色々な国から国際手配をされているそうだ。
「こいつらなら生捕りして連れて行ったほうがいいかもよ。国から報奨金がもらえるはずよ」
昏倒している男たちを足の指でさしながら、報奨金手に入ったらちょっと分けてね? と嬉しそうに笑いながらヴァルが続ける。
「それでこいつらの目的地は……あぁ、コドレアか。そこのマグラっていう街みたいね」
「隣国って帝国じゃないんですか?」
「帝国は反対側よ? 地図見たことないの?」
「アペンドで確認しようとしてたんですけど、まだ見たことないんです」
「へぇ……変わってるわね。あぁ、でも学校とか言ってなかったらそんなもんか。ちょっと待ってて」
ヴァルが自分の手に載せていたアドルフだった真っ赤なキーホルダーをかざすと、ドロっと溶け落ちて壁にベチャっと張り付いた。
それがジワジワと動き徐々に真っ赤な血で描かれた地図へと変化する。
「ここが王国ね。大体いま……ここどこ?」
「えっとアペンドの高い山を超えた先にある街です」
「あぁ、じゃあこの辺りね。この北側がコドレア。すぐそこよ。帝国はこっち。北東側ね」
真っ赤な地図を指差しながら先生のように位置関係を説明してもらう。
半島の先のような場所にある王国の南側は深い森に覆われており、その先は大海原。北側の大半は帝国と接しており、北西側はコドレアのような小さい国々が存在しているらしい。
「帝国の先とか、こっちのほうにも大陸があるけど、一旦こんなもんかな。わかった?」
「はい……ありがとうございます。もう一つ……二つ聞いてもいいですか?」
「なになに? なんでも聞いてっ? おねーさんがわかることなら、特定の一つ以外の質問には答えてあげようではないか!」
人にものを教えることでテンションが上がる人なのかなとか考えながらも気になっていた質問をヴァルにぶつける。
「なんで捕まってたんですか?」
「えっ……えぇっと……ええっ? それ聞く?」
「だってそんなに強いのに……不思議だなって」
「うー……っと……。 昼寝してたら捕まった」
「……ん?」
「お昼寝してたら突然魔封をつけられてあそこに落とされたの! 悪いっ!?」
頬をぷくっと膨らませたあと、観念したように事情を話し出すヴァル。
逆ギレである。
「アペンドにやっと先回……たどり着いて、疲れたなーって噴水を見ながらベンチでちょっと昼寝してたのよ。そしたら突然……。いやー……あははっ、流石に疲れが溜まってたのかなぁー! 全然気づかなくってさ」
「そ、そうですか……」
落ち着かない様子でヴァルが視線をキョロキョロと動かし俯く。
ちょっとアホの子かなと思いつつも続きを聞きたい。 前回はアイナが先制したせいで聞けなかったことだ――。
「ヴァルは、あのアウスっていう人もですが、何者なんですか? どうして俺たちに接触を?」
ともかくこの人は恩人だけど、敵か味方かだけははっきりさせておきたい。
いろいろと教えてくれるし被害者だけど、それによってこの先の対応も変わってきてしまう。
「……それは、答えられない特定の一つにクリティカルヒットだよユキ」
「…………(クリティカルヒットってやっぱりこの人)」
「んー……でも、敵じゃないし、あなたと仲間にも危害を加えるつもりはないよ」
「……ほんとですか?」
「信じてもらえない? なら……」
「うわっ」
ヴァルが突然俺の両肩を押し、そのままベッドへと倒された。
肩から引っ掛けていたローブがポロッとずり落ちて、色々と見てはいけない格好になってしまうヴァルの瞳をじっと見つめる。
というより、なるべく身体の方を見ないようにすると彼女の目しか見る部分がなかったのだった。
「しってた……?」
「な、何をですか?」
生まれたままの姿のヴァルが俺の上に馬乗りになりながら耳元に顔を近づけ囁く。
「君の回復魔法って、治すんじゃなくて、戻すんだってさ……」
「そ、それは、はい……この間うちのメンバーのツノも治しましたし」
「ふふっ、ケレスちゃんのことね。私もあいつらに乱暴された傷痕も綺麗スッキリ治ったらしいよ?」
「なっ、何が……ですか……っ!?」
「……なんでもないわ〜、ふふっ、照れちゃって」
ヴァルさんの薄い唇からキラリと牙歯が見え、その目が妖艶な輝きに染まる。
「ほら……せっかくだし一緒に寝よっか。大丈夫よ、手出したりしないから」
その瞳の奥に映る自分の顔を見ながら、逃げるべきか跳躍で飛ぶべきかといろんなこと脳内に高速で浮かんでは消えるが、結局諦めた俺は同じベッドで寝ることになったのだった。
流石にさっきの視線でサキュバスのような魅力的な術は掛けられていないと信じつつ、秒で寝てしまったヴァルを眺めながらモヤモヤとした夜を過ごしたのだった。
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