004話-ネコにウサギに
「はい、もう大丈夫だよ」
アイリスさんがベッドに座ったままの俺の頭をポンポンと撫でてくる。
すっかり視界もハッキリと見えるようになったのだが、アイリスさんは想像以上に美人のお姉さんだった。
腰まである艶のある黒髪に白のヘアバンド。
白のロングワンピースのような服の上から、茶色いシャツを羽織っている。
何よりアイリスさんの服を大きく盛り上げている膨らみ。
まだ20代ぐらいだが、全身から滲み出るふんわりとした雰囲気はまさに人妻系という表現がぴったりの女性だった。
「ユキくんだったかな? 多分どこも問題はないから激しい運動以外は大丈夫よ」
「あっ、ありがとう……ございます」
「良かったわね……無事に治って」
アイリスさんがそう言って、俺の頭をギュッと抱きしめてきた。
突然のことに、俺は隣にいる座長さんに視線で助けを求めると、何を勘違いされたのかウィンクされただけで終わってしまった。
顔面にムギュッと押し付けられる双丘。
俺はどうしていいかわからず手を万歳させたまま固まるしかなかった。
「アイリス、ユキくん窒息で死んじゃうよ」
アイリスさんの背後から助け舟を出してくれたのは、部屋の入り口で待ってくれていたアイナさんだった。
「あっ、ごめんねっ、苦しくなかった?」
パッと手を離してくれたアイリスさんに「すいません」と伝え、声の主へと視線を向ける。
ツカツカと俺の近くへと歩いてくるアイナさん。
初めてじっくりと姿を見たが、確かに頭の上に人間ではあり得ないものが生えている。
濃い青色の髪にぴょこんと飛び出た三角形の耳。
会話に反応してピクピクと動いている。
そして足元に視線を向けると、腰の反対側から髪色と同じ毛並みの尻尾がゆらゆらと揺れていた。
「ユキくんだよね? 大丈夫? 治って良かったね」
そういいながら頭ではなく何故か喉元を指先でこちょこちょと撫でられる。
(なんだこの猫みたいな扱いは……)
そうは思いつつ、気持ちいいので「ありがとうございます」と大人しくお礼を伝える。
アイナさんは、タンクトップのような肌着にフード付きのパーカーのような上着を着ている。
下はショートパンツ。
おへそがバッチリと出ている服装だった。
足元に視線を向けると、意外にもジョギングシューズのような靴を履いていた。
(んんっ? 文明レベルがわからないぞ……中世的なのを想像していたのに)
この部屋に置かれている木の机や床板。
ベッドに至るまで、想像している中世な物語によく出てくる感じだ。
だがアイナさんの服装は未来的というか、ストリートファッションと呼べるほど格好可愛いスタイルだった。
(ボーイッシュ……なファッションに、背が高いし胸も大きいし……なんだあの腰のくびれは……)
見た目通り猫のようなしなやかそうな健康そうに引き締まった腹部と太腿に目がいってしまう。
「座長、この子どうするんですか?」
「しばらくは一緒に居ようと思っているよ」
「よ、よろしくお願いします」
座長が突然そう言うので素直に話に乗ることにした。
この時点で既に俺は、これがドッキリではなく違う世界に来てしまったのだと理解して受け入れようとしていた。
今ここで放り出されても生きていけるかどうかもわからない。
この世界で、俺にはこの人たちしか繋がりがないのだ。
「そっかー、私アイナ。よろしくね! こっちはアイリスで、あっちにいるのがエイミーだよ」
「えっと……その、改めて……ユキと言います。よろしくお願いします」
「エイミーです……っ、よ、よろしくお願いしますね」
少し控えめに挨拶をしてきたのは最初に声をかけてくれたエイミーと名乗る女の子。
くるくるとした巻毛になった薄い黄色の髪からピンと尖った耳が見えていた。
(あれ……本物なのか……? いわゆるエルフ……なのか……?)
アイナさんの猫耳にも興奮していた自分が居るが、エイミーさんのエルフ耳にも興奮してしまっているのがわかった。
「んと……どうしたの?」
耳横の髪をかきあげながら顔を覗き込んでくるエイミーさん。
その絹のような細い髪からハーブのような香りがしてドキドキしてしまう。
エイミーさんは膝上までの黒色のキャミソールのような形状の服。
その上から薄い白色のローブのような上着を羽織っていた。
(この子も……ブーツだ……この世界では普通なのか)
そんな事を考え、隣にじっと座ったままの座長さんの服装を確認してみる。
「ユキ君、お腹空いていないかい?」
「そうですね……確かにちょっと……」
その座長さんは、ファンタジー系の物語の挿絵で見かけるような村人の服装といった格好をしていた。
(でも足は編み上げブーツ……)
全員が動きやすそうな近代的な靴を履いていたのには驚いたが、そういうものだろうと自分に言い聞かせる。
(近代的っていう表現はちょっと違うのかな……)
「あ、ユキ君はもう歩いても大丈夫よ。でもゆっくりね。肩貸しましょうか?」
「一応僕が食事を持ってくるよ」
座長さんがアイリスさんに手を向け、椅子から立ち上がる。
「あ、ご迷惑ですし伺います」
「そうかい? じゃぁ一緒に行こうか。アイリス、肩を貸してあげて」
「まかせてください」
両手でフンッと気合を入れるような可愛らしい仕草をしたアイリスさんが、ベッドの隣から俺の腕を取る。
俺はお言葉に甘えてゆっくりとベッドサイドへ足を下ろし、ゆっくりとアイリスさんへ体重を掛けた。
(うわ……本当に身長が……)
地面に立ったとき、最初に思ったのがそれだった。
今まで大抵の女性は見下ろしていたのだが、今の俺は目線がアイリスさんの肩ぐらいだ。
彼女もそんなに背が高いとは思えない小柄さなので、どうやら本当に小さくなってしまっている。
「あ、お手伝いしますね」
そういってエイミーさんが反対側に寄ってきて、腰を抱かえるように腕を回してくる。
(こ、これは……胸元にアイリスさんの膨らみが……反対側は……エイミーさん……のも、当たってるのがわかる……)
一瞬自分で歩こうと思ったが、片手をアイリスさんにがっちり掴まれている。
「はい、ゆっくり歩くわねユキ君」
「ユキ君、足元気をつけてくださいね。このサンダル履いてください」
エイミーさんの尖った耳がパタパタと動き、俺の肩口に当たる。
(うわ……動いているってことはやっぱり本物なのか)
座長さんが、木張りの部屋の一角にある扉を開く。
窓一つ無いこの部屋では朝か夜かわからなかったのだが、扉から差し込んできたのは夕日のオレンジ色の光だった。
「おーい、リーチェ! 済まないが食事の用意急ぎでたのむ!」
座長さんが扉から頭を出して声を上げる。
「階段になっているからゆっくりね」
「ユキ君気をつけてね」
俺は座長さんの後ろを美女2人に支えられながらゆっくりと扉をくぐった。
――――――――――――――――――――
(うわ……なにここ!)
扉の先には一面の草原が広がっていた。
辺りを見回すと、建物の右手を見ると鬱蒼と生い茂る木々が生えており、その奥は暗くてどうなっているか見えない。
(いや……木、デカすぎるだろ!)
その木々の一本一本が見たこともない巨木だった。
大人が十人集まって手を広げても一周出来ないのではないかという巨木。
(こんなデカイの初めてみた……それにこの景色……)
草原の方へと目をやると、どこまでも続く地平線に太陽が沈もうとしているのが見える。
そして頭上を見上げれば月が四つ……黄色の月が三つと、赤色の月が一つ見えた。
(まじで違う世界だ……)
上を眺めていた俺の腰をギュッと掴んだままのエイミーさんが「行きますね」とゆっくり誘導してくれる。
俺は足元を確認しながらゆっくりと木で出来た階段を降りる。
そしてすぐ目の前に、俺が出てきた建物と同じような小さい小屋のようなものが円陣を組むように建っていた。
だが背後を振り返り出てきた建物を確認して、もう一度周りの小屋をじっくりと見回すとその正体がやっと判明した。
「これ……もしかして馬車なんですか?」
「そうだよ、そっちは馬二頭、小さいのは一頭でひけるが、あのデカイのは四頭引きだよ」
座長さんが振り返り、止まっている馬車を指差しながら教えてくれる。
確かによく見れば、すべて木でできた車輪がいくつも付いているのが見えた。
数えてみると、その場には合計六台もの馬車が止まっていたのだった。
馬車の幌の部分が木の板で作られた頑丈な荷台だった。
そして馬車に囲まれた真ん中の広場では、石を積み上げて作った竈や木のテーブルがいくつも置かれているのが見えた。
竈の前には大きな鍋と一人の女の子。
座長の声を聞きつけたのか、その子が振り返ってこちらに向かって声を上げる。
振り返ったその子は、まだ中学生ぐらいの小さな女の子だった。
「座長ーっ! もう食べようと思えば食べられますが、皆さん呼びます?」
「リーチェ、その前に……」
猫耳アイナさんより更に露出の激しい服装のリーチェと呼ばれた女の子。
まるでメイド服の胸部分だけのような襟付きの上着と襟元には赤のリボン。
胸下から鼠径部までは素肌丸出しだった。
下はフリルの付いたミニスカートだが、パレオのようなものが入っているのかスカートがふわっと広がっている。
そしてなぜか片方だけニーソックスを履いているという奇抜なスタイルだった。
(むしろ服装よりあっちがキニナル……! なにあれ、触りたい!)
ふわふわのくせっ毛のような肩まで伸びた茶髪。
だがその頭の上からピョコンと飛び出た、リーチェさんの顔と同じぐらいの長さの耳が二本。
その姿はまるで野うさぎのようなイメージだった。
リーチェさんは木べらを片手に、そのウサ耳をぴょこぴょこ動かしながらテトテトと走ってくる。
「あっ、目が覚めたんだ! 私はリーチェっていうの!」
「よ、よろしくおねがいします、リーチェさん」
「あはは、同い年ぐらいなんだし、リーチェでいいよ!」
どう見てもリーチェは中学生ぐらいにしか見えない。
背の高さだけを考えると小学生ぐらいも見える。
(胸元だけは大人なんだけど……一体何歳なんだこの子……)
そして中学生ぐらいの身長のリーチェが「同い年ぐらい」と言うからには、やはり俺はそれぐらいの年齢になっているようだった。
俺はアイリスさんとエイミーさんに両脇から支えられたまま、自分の足先から腕をみて大きなため息を付いたのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます