003話-触診で反応してしまうのは
「さて、ユキ君だっけ? これでゆっくり話ができると思うけれど、何も気にしなくていいから、何でも聞いて。会話は相互理解の第一歩だからさ」
そういって、座長さんはベッドに腰掛けたのか、ベッドが少し沈み込んだ感じがした。
「えっと……頭がオカシイと思わないで聞いてほしいんですが」
「思わないよ。前置きもいいから、騒がしい二人が戻ってくる前に聞いちゃってよ」
座長さんは本当に俺のことを気遣ってくれているのだと理解した。
俺は両手をギュッと握りしめ、直近で一番気になっている事を聞く。
「あの……多分……俺、こことは違う世界の人間……だと思うんです」
「その理由は?」
「地名も……聞いたことがありませんし、私の住んでいる世界に魔法はおとぎ話の中だけの物です。それに先程の……本当に尻尾なんですか?」
「アイナは紺色の毛並みをした美人な猫人族だよ」
「それです、俺の住んでいた世界には人間しかいません……その猫耳や尻尾がある人間も知識としては持っているのですが、実際には存在していません」
「魔法……?」
「あれ? さっき『ヒール』で治してくれたと言っていたのですが、魔法じゃないんですか?」
「魔法だよ。魔法がないのに知識は持っているんだ?」
「知識というより、そういう話が出てくる物語が沢山あったので……でもそういう力は物語の中だけの話で実際には無いものとされていました」
仕事でエンタテインメント業界に身をおいている以上、人気作品やコミックは目を通しているし気になったゲームはそれなりに遊ぶぐらいの知識はある。
だが包帯で周りが見えないので、もしかしたらカメラでこの様子を見られているのではないかと思うと顔から火が出そうなほど恥ずかしい。
(だけどこの体中に走る痛みと、目のズキズキとした感じ――それにこの空気の匂い……ドッキリならそれはそれで、ノッたほうが早く終わるだろう)
考えたくもないし理解したくもないが、この状況は受け入れてしまったほうが話が早そうだと思い、座長さんへ質問をぶつけていく。
「その、俺の見た目ってどんな風貌なんですか?」
「ん……? 風貌って見た目? 背はエイミーと変わらないかなぁ。150ぐらいだよね? 長い髪は血でベトベトだったから切っちゃったから、髪型も髪を結い上げたエイミーと同じぐらいだね」
「エイミーってさっきの、アイナさんと居てたもう一人の方ですか?」
「そそ、可愛い女の子だよ」
その言葉に俺は背筋にゾクリとしたものを感じ、恐る恐る痛む腕を動かし布団の中へ手を入れて股間に触れる。
(……よかった、ちゃんとある……! ってか、小さくないかっ!?)
聞き流しそうになったが、先ほど「150ぐらい」と座長は言っていた。
話の流れから俺の身長の話で間違いないのだろうが、俺は身長178あるのでれなりにデカい。
運動をしていたので肩幅もごつい部類だ。
俺は慌てて足から腹、肩を触り顔をペタペタと手で触れていく。
(なんだこれ……これ俺の身体なのか? おかしいぞ……)
触った感じ、明らかに俺が覚えている自分の身体ではない。
顎に無精髭は無く触れている指も腕も細く、少年のような折れそうな体つきだった。
「ユキくん? だいじょうぶ?」
「あっ、あのっ、俺の年齢35歳なんですが……」
「35歳……? どうみても13か14ぐらいにしか見えないんだけれど?」
「――っ!?」
その言葉に、もはやどこから驚けば良いのかわからなくなる。
自分は一体どうなったのか、ここがどこなのか、頭の中をぐるぐるといろんな考えが現れては消えてを繰り返す。
頭がぐらっと揺れ、俺は自分の体を支えきれずにポスンとベッドへと倒れ込んでしまう。
「……この世界の名前とか、皆さんが何者なのか教えて……もらっても、良いでしょうか?」
「この世界……さっきも言っていたけれど変わった言い回しだね……ここはパラディー大陸にあるエイスティン王国という国だ」
座長が丁寧にゆっくりと話してくれるのだが、先ほどと同じように固有名詞が一つも聞いたことない単語だった。
「それで僕たちは大道芸の真似事みたいなことをしている。何人かの孤児たちや行き場のない人たちを預かって、街を巡って芸を披露して日銭を稼いでいるのさ」
旅芸人一座のようなものだろうか。
まだこの世界についての知識がない俺には「芸を披露」と言われてもどいうことをしているのかが全く想像がつかない。
そして俺が次の質問をしようとした時、人がやってくる気配を感じた。
「座長ー! 連れてきたよー」
「アイナ、ちょっとそこで待ってて」
座長はアイナへ室内に入らないように声をかけると、俺の肩へポンと手を置いた。
「ユキくん。色々なことが重なっていて君も混乱していると思う。けれど、仲間たちも混乱させてしまうから、せめて君の見た目と出自については言及しないほうがいい」
「えっと、それは14歳の男の子として振る舞うということですか?」
「それと記憶喪失ということにしておきなさい。その方が君も色々と学べるし聞きやすい環境になるだろう」
そう言って方をポンポンと叩く座長さん。
(そ、そんなこと俺にできるだろうか……でもやるしかないか……)
「お待たせ、入っていいよ」
「失礼します」
団長が少し大きい声でそう言うと、ホワホワとした喋り方の女性の声がした。
どうやら、座長さんが連れてきてと言っていたアイリスさんという人のようだ。
「座長、どうしたんですか?」
「ん? いや、男同士の話さ。これぐらいの子は心が敏感だからね」
先程の元気そうな声の主、アイナと呼ばれていた女の子が訝しがるが、座長は落ち着いた声色でさらっと躱す。
「あっ、確かに大人になる前の時期って気が立ったりしちゃいますよね」
「アイナ、ほら、アリシアの邪魔になるからこっちきて」
少し遠くからエイミーという女の子の声がして、アイナさんが「はーい」と返事しながら遠ざかっていく気配がした。
「えっと、少し触るわね?」
突然耳元で、最初に聞いた女性の声がしてビクッと身体が震える。
「うわっ!? (っ、気配がしなかった……いつの間に隣に)」
「あっ、ごめんなさい、びっくりしちゃったね。私アイリスっていいます。ちょっと体に傷が残っていないか確かめるわね」
そう言って俺の体にかけられていたシーツが剥がされる。
アイリスさんの手が俺の顔に伸びて、両頬に当てられ、石鹸のような消毒液のような香りが鼻腔に届く。
「えっと、ん……ここ痛い?」
「だ、大丈夫です」
「そっか、良かった……目も大丈夫みたいだね。包帯外そうか」
そう言って、そのまま頭の後ろへと手を回してくるアイリスさん。
声と気配しかしないためか、妙にドキドキする。
確かに起きたときに感じていた全身の筋肉痛のような痛みが、いつの間にか引いていた事に気づいた。
(あっ……いい匂い……むぐっ)
そんなことを考えていたら、顔に柔らかいものが当たる。
(こ、こ、これはもしかして……)
「あれ? 結び目硬い……っと、取れたぁ。眩しいかもしれないから目は閉じておいて?」
「はっ、はいっ――」
顔に触れるか触れないかの位置でアイリスさんの膨らみの気配がする。
いや、さっきムニュっと押し付けられた感触がした。
俺は必死に反応しないように耐えていると、ゆっくりと目を圧迫していた包帯のようなものが外されていった。
「よし、取れた……ちょっと触るわね?」
そう言って、俺のまぶたに触れる冷たい指。
まぶたから、目尻を優しく撫でるように触れ、最後に目蓋を押し上げられた。
「っ……」
「こめんね、まぶしかったね」
ぼんやりとした視界が徐々にボヤけたぐらいになり、俺の顔を覗き込んでくる輪郭が見えてきた。
「これ、見える?」
目の前に顔を近づけていたアイリスさんが、指を一本立てているのがなんとかボヤッと見える。
「は、はい、指一本、見えます」
「良かったわ、じゃあ次はお腹めくってくれる?」
俺は言われるがまま、上着に手をかけてめくり上げる。
(……シャツかと思ったけれど……このゴワゴワした感じ、麻? 綿じゃないよな)
アイリスさんが頭を下げて脇腹に触れながらチェックしているようだ。
周りを見渡すと、倉庫のような部屋だということに気づいた。
すぐ隣には座長と呼ばれていた男がぼんやりと見え、少し離れたところに女性が二人立ってこちらを見ているのが、辛うじてわかった。
「次、足ね、ズボン下ろすわよ?」
「わっ、じ、自分で……」
「ダメよ、ジッとしててね」
そう言ってアイリスさんが俺の履いていたズボンに手をかけてゆっくりとずらしていく。
俺はドキドキと高鳴る心臓を落ち着かせようと必死になる。
(反応してくれるなよ! 頼むから!)
アイリスさんの指が鼠蹊部に触れ、ゆっくりと足の付け根へと向かっていく。
俺は遠くを見て落ち着こうと、部屋の入り口にいる女の子へ改めて視線を向ける。
(だめ……太腿に当たる柔らかい感触のせいで……やべ)
「あっ、ご、ごめんね、私は気にしないからもうちょっとだけ我慢しててね」
俺はその後数分間、恥ずかしさと気持ちよさを顔に出さないように必死に堪え続けたのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます