010話-はじめてのおつかい

 俺はアイリスのローブのようなロングスカートの中に突っ込んだ頭を両足でムギュッと押さえられたままの格好で時間がすぎるのを待つ。


 途中、近くで野太い声を聞きながら身動ぎしないように必死にアイリスの細い腰に両手を回し耐えていた。






「ユキ、もう良いわよ」


 スカートの上から頭をポンポンと叩かれて、なんとかアイリスのスカートから這い出す。


「す、すいません……色々と」

「私こそごめんね……汗臭くなかった?」

「い、いえ」


「ユキ、顔真っ赤だよ」

「ほんとだ……えっち」


 顔を上げると馬車からジト目を向けてくる二人のローブ姿の女の子。

 アイリスの弟子であるヘレスとハンナだった。



 赤髪ショートカットのハンナは元気っ子というか、昔近所にいた元気いっぱいの女の子という感じ。

 ヘレスは焦げ茶の髪をツインテールにしており、性格も少し上から目線な一言が多いプライド高い目の女の子だった。


 二人ともアイリスが言うには16歳だそうだ。




「まぁまぁ、二人とも。ほらユキも座長のところへ戻る? それともここに居る?」

「座長のところへ一度戻ります」


「はぁい、気をつけてね」




 俺は前を走る馬車の屋根に飛び乗ると、そのまま一番先頭の馬車へ向かって次々と飛び移っていく。


(ほんと、このこの世界すごいな……)


 アイリスの授業を受け、魔力を使って身体の制御をするという方法を習った俺は、以前では考えられないほどの身軽さを手に入れたのだった。


 アイナの『猫の反乱コーシカ・ヴァスターニエ』という魔技には遠く及ばないが、テレビで見ていた筋力系番組に出ていた芸能人レベルの動きなら余裕でできるようになっていたのだった。



――――――――――――――――――――


「座長、すいませんでした」

「無事でよかったよ、あとで直ぐに身分証手配しておくから」


 改めて先頭馬車の御者台に座った俺は、初めて見るこの世界の街並みを見回す。

 石造りの建物が中心で、いくつかログハウスとレンガで作られたようなおしゃれな外観の店もある。


 道には石畳が敷かれており、全体的に統一された街並みは元の世界でも見たことのないぐらい、オシャレで機能的な感じがした。




(ちゃんと窓ガラスまであるんだ……鉄も普通にあるみたいだし……)


 にもかかわらず石レンガの家や壁を見ていると、この世界の文化レベルがますますわからなくなっていく。




「付いたよ。ここが暫くお世話になる宿だ」

「わかりました。身の回りの荷物だけ下ろしますね」

「お願いね」


 馬車から降りて改めて目の前の建物を見上げると、石レンガで出来た三階建の建物がそびえ立っていた。


 丸太で基礎を組んでいるようで、茶色と灰色のコントラストがスキー場にあるロッジのような外観の宿屋だった。




「ユキお疲れさま、何もなくてよかったねっ」


 俺が馬車を降りると直ぐに後ろからエイミーが声をかけてくる。


「すいません、俺ももっと早く気付けば」

「ふふっ、座長も私達もすっかり忘れていたから。それでどうやって隠れたの?」



 エイミーがこっそりと他の人に聞こえないように耳打ちしてくる。

 ハーブのようなエイミーの香りが鼻腔に届き、ドキドキと鼓動が早くなってしまう。


「えっと、アイリスに……匿っても……らいました……」

「アイリスに……? というかどうしてそんな丁寧語で……あっ、もしかして」


 ぽんと手をたたき「思いついた!」というような表情をしたエイミーが、すぐにニヤリとした表情に変わる。




「ふふっ、じゃぁ、荷物みんなで運びましょ」

「わ、わかり……わかった」




 エイミーは自分の着替えや身の回りの道具を詰めた箱を持ち、俺は食器などが入っている箱を持ち上げ宿へと入る。


 その建物は外見から想像していた通り、スキー場で泊まった事があるような丸太と石レンガでできたお洒落なロビーが広がっていた。



「うわ、綺麗な宿ですね」

「ははっ、この街に来た時はいつもお世話になってるんだ。とは言っても私たちは地下の大広間で全員が雑魚寝だがね」


 宿屋の人と仲良さげに話をしていた座長の後を着いてロビー横の階段を地下へと向かう。



「……サイラスは通れるの?」

「はっはっは、荷物を持っていなければ通れるさ」


 サイラスは明らかに身長が2メートルを超えているような巨漢なのだ。

 大人二人でギリギリな横幅の石段は通れなさそうだと思ったのだが、やはり身を細めないと通れないらしい。



 俺の後ろから、エイミーとアイナ、アイリスがついてきてその後ろからヘレスとハンナがついてくる。


 リーチェにケレスとクルジュナ、サイラスは馬車を宿裏へ移動しているそうだ。




「うわ、広っ……」


 地下の部屋はだだっ広い倉庫のような場所で何本も柱があるが、壁はなく一部屋になっている小さな体育館のような部屋だった。


「下は板張りだし、意外に過ごしやすいのよ、ここ」

「冬はちょっと寒いけどね」


 ヘレスとハンナが大きな木箱を部屋の端に置きながら話しかけてくる。


「二人とも雑魚寝とか気にしないんだ」

「座長とサイラスだし気にならないわ」


「でも今回からユキが居るからなぁ……心配だわ」

「俺、何もしないけど……」


「どうだか……」

「ハンナ、ユキのこと可愛いって言ってたじゃない」


「んなっ!? へ、ヘレス!! そ、そ、それは、その……そう! お、弟みたいってことよ!」

「ハンナ弟いないじゃない……」

「――っ!」


 顔を真っ赤にさせて必死に言い訳をするハンナ。

 ヘレスはヘレスで悪気があって言ってる訳でなく、素でこの性格なのだ。


(いつも全力火の玉ストレート……ハンナの胃が心配だ)


「ほら、二人とも手を動かして」

「あ、先生、ごめんなさい」


まだ二人とはそこまで接点がないのだが一緒に授業を受けるようになってからは、こうしてちょくちょく話しかけてくれるようになってきた。





「ユキ、アイナたちのところへ荷物取りに行ってくれるかい?」

「座長、わかりました」


 俺は降りてきた石段を登り、一階のロビーへと戻りカウンターのおじさんへ会釈をしてから玄関へと向かった。

 丸太を切って作られたような窓のない玄関扉を開けて外へ出る。




「あれ? 馬車ってどこに置いたんだろ……裏かな?」


 俺は宿の玄関からぐるりと裏手に回る道を探しウロウロと歩く。


「あれぇ……どこだよ馬車……」


 馬車が六台である。

 それなりの広さの場所が必要だしすぐに見つかると思ったのだが、そもそも両隣も建物が並んでおり、馬車を停められそうな場所が見当たらない。




「こっちかな?」


 俺は区画の間にある小道を入り、方向感覚だけを頼りに宿の建物の裏側へと向かって進んでいく。


「……あ、ここかな?」


 反対側の通りへと抜ける小道の途中で突然路地が現れ、覗き込むと薄暗いが宿の方へ向かって伸びていた。


「けど、この道幅だと馬車入らないんじゃ……」


 そんなことを思いながらも、とりあえず目的地にたどり着こうと、辺りを見回してからゆっくりとその路地を進んで行った。


 建物の壁がギリギリまで迫っており、二人が横並びでなんとか通れる細く薄暗い路地。


 明らかにここではない気がするのだが、方向としては宿の方へと向かっていた。

 俺はあたりを見回しながら、ゆっくりとその路地へと足を踏み入れた。

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