02-Verse

009話-スカートは隠れるところではない

「見えてきたぞ、あれが次の目的地だ」


 なだらかな丘の上に設けられた、道とも言えないような道をゆっくりと進むこと三日。




 ついに視線の先にいくつもの建物が見えてきた。

 石造りの家々が立ち並び、同じような石壁で囲われたような街が眼前に広がっていた。


(地中海にあるような雰囲気だなー)


「ユキ、後ろに」

「はい!」


 座長の声を受け俺は馬車の屋根へと飛び上がる。

 先頭馬車の屋根が定位置だったアイナは半日ほど前に先行して街へと向かっていた。


 俺は屋根の上からすぐ後ろを走る馬車の御者台へと声をかける。


「エイミー、クルジュナ……さん、街が見えたよ」

「はぁい、ありがとう」

「ユキ……どうして私はいまだに『さん』付けなのかしら?」


 この旅芸人一座、名前を『野の星』というらしい。


 いつまでかは判らないが、俺はみんなと共に旅をする仲間ということで、他のメンバーと同じようにお互い呼び捨てという事になっていた。


 だがクルジュナだけはなぜか敬語になってしまうのだ。


(ちょっと近寄り難い雰囲気だからかな……気をつけよう)




「それで、後ろのサイサスにも、連絡してくれる?」

「……まあまいいわ、敬語じゃ無くなっただけヨシとしましょう」


 そう言いながら表情を変えないままのクルジュナが馬車の日差しを手で掴み、くるりと回転して屋根へと飛び乗る。

 そしてそのまま後ろの馬車へと伝言をしてすぐに戻ってきた。



「……なに?」

「……い、いえ……いや、なんでもない……です」


 俺が言葉に詰まっていると、ますますジト目になるクルジュナ。

 そして次の瞬間、俺が乗っている屋根へと飛び上がってきたクルジュナに頭をガシッと掴まれた。


「なに?」


 もう一度同じことを繰り返すクルジュナ。


「えっと……ですね」

「ユキ? 敬語は?」


「……なしで」

「よろしい。で?」


 じろりと睨んでくるが別に起こっているわけではないというのは、ここ数日一緒に過ごしてきて理解した。


 だがこれは言うべきか悩む。

 言わなければ怒られそうだし、言っても怒られそうだ。


 俺はクルジュナの細い指でギリギリとアイアンクローのようにこめかみを握られる。


「いででで……えっと、さっき」

「ん? さっき?」


「……パンツ見えてた」

「…………」




「いでででで! いだっ! 言えって言ったのクルジュナじゃないかっ、あだだだ」


 頭に食い込んでいるようなクルジュナの腕を持ち、なんとか引き離す。

 痛むこめかみを押さえながらクルジュナを恐る恐る見ると、顔を真っ赤にさせてプルプルしていた。


「えっと、その……ごめん」

「そ、そう言うことは言わずに心に仕舞っておきなさい」


 それだけを絞り出すように言うと、ひらりと後ろの御者台へ戻り腕を組んで目を閉じてしまった。


 だが俺が胸をなでおろし前に戻ろうとした瞬間、隣のエイミーが爆弾を投下する。




「クルジュナ……見られる事に関しては良いんだ?」


「――っ!? んなっ!? そ、そ、そ……んなっ、こ、こと、あるわけ、あるわけないでしょ! 見られたくないわよ!」


 顔を真赤にして腕をブンブンと降って抗議するクルジュナ。

 耳をぴこぴこと揺らしながら、エイミーがさらに追撃する。


「でもサイラスと座長には、減るもんじゃないから気にしないって言ってたよね?」


「そっ、そ、それは……そっ、それとこれとは話が別よっ、もう、エイミー変なこと言わないで!」



 エイミーはおっとりとした雰囲気だが、意外にもこうやって人を弄るのが好きなようで、たびたびリーチェも同じような目に合っていることが多い。



 クルジュナは近寄り難い雰囲気はあるが、かなりの人見知りだそうだ。

 先ほどのやり取りもクルジュナとしてはかなり頑張ってくれたのだと思う。


 ともあれ、今のうちに退散すべく俺は屋根の上を走り、座長の隣へと戻った。



――――――――――――――――――――



「ごくろうさま。そういえばユキ、魔法の練習は順調かい?」

「はい、アイリスのおかげで……」



 俺は連日アイリスに魔法の使い方を学んでいた。


 この世界の魔力は魔技を発動するための燃料ぐらいの認識でしかなく、魔法自体は火をつけたりする程度の認識なのだ。


 それをもっと何かに活用できないかと研究を続けていたアイリスは、実際に先生もしていたこともあるため教え方がとてもわかりやすかった。



 初めて自分の手から水が出たときは感動に震えた。


 ちなみに俺が持っている程度の知識だが、属性という考え方はほとんどない。

 魔力をうまいこと操ると、火でも水がでも出せる。

 要は想像力が大きく関わっているという。


 だから見たことのない現象は魔力を持っていても発動させられないのだとアイリスに教えてもらった。



(じゃぁ例えば俺がアニメで見たような攻撃魔法なら使えるのか?)


 そんな疑問がアイリスの授業を聞いてからずっと脳内をグルグルしている。

 だが怖くて試すことも出来ずにいた。




「魔技の方はどうだい?」

「そっちはまだ……ですね」

「やはり教会で調べてもらうしかないか」


 魔技は魔力を使い発動させるためのスキル。

 内容は人それぞれで、遺伝することが多いらしい。


 高性能な魔技を持っている家計ならいざ知らず、それを調べる術を持たないような一般市民は死ぬまで自分の魔技を知らないことも珍しくないそうだ。



 例えばアイナの場合は『猫の反乱コーシカ・ヴァスターニエ』という身体強化系の技だそうだ。

 彼女は珍しく魔法は使えないが、自分の身体能力を洒落にならないほど上げることができるらしい。


 魔技は家族や仲間以外にはバラさないらしい。

 だがそもそも戦争が終わった今、それもあまり気にしなくなっているという風潮もあるそうだ。


(命を奪うための技が多いからか……)




 ちなみに先日「目で見た魔技の効果を魔法で再現できないのか?」とアイリスに質問したのだが「どうやってその現象が起こっているのか」を知らないとそれは難しいらしい。


 だが、逆にいえばそれがわかれば一部の魔技は魔法で再現は可能だろうということだ。




「まぁ、焦ることはない。ほら、そろそろ街に入るよ」


 座長に言われ、視線を上げるとあんなに遠くに見えていた街の石壁がすぐ眼前にまで迫っていた。


「座長、その、身分証とか要らないのですか?」


 これもよくある話だが、俺は身分証はもとより何も荷物がない。

 今まで言われなかったので気にならなかったが、目の前に迫る町の門を見ながら念のため聞いてみた。





「…………あっ、しまった、そうか、身分証」

「ええ……お金とかでなんとかならないんですか?」


「無理だね……この国で身分証がないのは奴隷ぐらいで、持っていなくても国の帳簿には登録はされている」

「つまり?」


「身分証を持っていない君は拘束されるし、その君を連れている我々も捕まるね」

「ええっ!? ど、ど、どうするんですか?」



 馬車の先頭で慌てる二人。

 門が眼前に迫り、何人かの商人さんのような人たちが門に並んでいるのが見えてきた。




「座長、ユキ、おつかれ!」


 丁度その時、ひらりと馬車の屋根に着地する人影。

 俺は振り返って幌の上を見ると、予想通りアイナが馬車の屋根に立っていた。


 ショートパンツ姿なので問題ないはずだが、正直目のやり場に困る。

 アイナは尻尾をふりふりさせながら座長と俺の間に座り込んできた。



「どうしたの?」

「あ、俺身分証がなくてどようしよかって」

「あっ、そっか、そうだよね……座長どうする?」


「隠れるしかない……かな」

「でも荷物も調べられるんじゃない? 飛んじゃう?」


(飛ぶ? 飛ぶってなんだ?)

「だが、今回は正面から入る必要があるしなぁ……」


 座長が顎に手を当てて悩み始めるのだが、アイナは考えるのを辞めたらしく俺の顎を指でこちょこちょと撫で始める。





「うーん……一旦街へ入るのやめようか。偽装屋はこの街にはいないだろうし」


 大きな町の入り口では荷台はもちろん持ち込む荷物の箱の中まで調べられるらしい。

 偽装の身分証を作ってくれる人もいるらしく、実は座長の身分証も偽装だと衝撃の発言を聞いた。


(そういえばこの間「私の故郷では」って言ってたな……座長、何者なんだ?)


「あ、私に良い考えがある! ユキ、こっちきて」


 そう言って何かを思いついたらしいアイナが俺の手を握り、ひらりと屋根に飛び乗る。

 俺はボロ布のような軽さで持ち上げられると、声を出す暇もなく後ろの馬車へと引っ張られた。



「アイナ、どうしたの?」

「ん? ちょっとユキ連れて後ろへ。ほら身分証がね」


 エイミーはアイナの一言で察したらしく「気をつけて」と小さく手を振った。

 そしてそのまま、サイラスの馬車を通り過ぎアイリスが御者台に座る馬車へと降り立った。





「アイリス、ごめん、ユキ匿ってあげて」

「ええっ? どうしたの急に? あっ、もしかして身分証?」


「そう!」

「でもこの馬車は小物しかないわよ? 箱も開けられるしどうやって?」


 アイリスが心配そうにアイナに尋ねると、アイナがアイリスをビシッと指を刺す。


「……?」

「そこ」


 そしてゆっくりと指を下げたアイナ。


「どこ?」

「アイリスのその長いローブの中よ。そこなら調べられないし、ユキなら小さいからそこなら入れるでしょ?」


「ええっ、ちょっと、アイナ!?」

「なるほど!」


 俺は隣で抗議の声を上げたが、アイリスがなぜか納得した顔で手をポンと叩く。





「ユキ、ちょっと汗臭いかもしれないけれど我慢してね」


 そう言って足首まである長いローブをめくり上げるアイリス。

 真っ白い健康的な素肌が太ももまで露わになる。



「いや、まって、アイナ、アイリス、そ、それは流石に……」

「ユキが見つかると私たちまで捕まるんだから。ね? 諦めて?」


 ニヤリと笑うアイナ。

 年頃の男子をおちょくっているような表情だった。


(アレ完全に面白がってるだろ……!)

「ほら」


 俺が再び抗議の声をあげようとすると、業を煮やしたアイリスが俺の手を引き御者台に跪かせられた。


 俺はちょうどアイリスの両足の間に身体を挟み込まれる。




「ほら、これかぶって、私の腰ぎゅっと抱いて動かないようにしてて」


 アイリスのむにむにとした柔らかい太ももに上半身を挟まれ、汗びっしょりの手でアイリスの腰に手を回す。

 スカートの上から頭を押さえられ、顔面がアイリスの太もも……というより足の付け根に押しつけられる。


「アイナ、後ろから私の大きい方のローブを」

「はいよー」


 アイリスの声が聞こえ、アイナが馬車へと入りすぐに戻ってきた音がする。

 そしてすぐに腰の上あたりに重い布の感触あった。


「どう? アイナ、これでユキの足まで隠れた?」

「おお、ばっちり! じゃあユキそのまま動かないようにね」


 俺はアイリスのスカートに頭を突っ込み腰を抱きしめた体勢のまま、自分のバクバクする心臓の音とアイリスの香りの中、ただただ素数を数えながら耐えたのであった。

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