011話-はじめてのアレ
薄暗い路地を進むこと数分。
もう少しで宿の裏手かと思った時、突然行き止まりにぶち当たってしまった。
「ぐっ……まさかの行き止まり……」
仕方なく引き返そうと振り返った俺の目に映ったのは三人の怪しげな人影だった。
一人先頭を歩くボロボロのシャツに窪んだ目をした筋肉質な男が、手に刃物を持って嫌な笑みを浮かべていた。
(おいおい……マジかよ)
「お嬢ちゃん、そこは行き止まりだ。俺たちとちょっと遊ぼうぜ」
「心配しなくても気持ちよくしてやるからよぉ」
こんなおっさん捕まえて何言ってんだと思ったのも束の間だった。
俺はやっと自分の今の容姿がどういうものなのかを思い出し、思いっきり後悔した。
「あ、あの、俺男なんで……」
「……へへ、そんな下手な嘘ついても無駄だ」
「それに裸にすればハッキリすることだしなぁ」
なるべく相手の気分を逆なでせずに、穏便に逃げ出そうと思ったがそうは行かないようだ。
スキンヘッドが正面からにじり寄ってきて、その隣のハゲと反対側にいるデブが左右に分かれて取り囲もうとしてくる。
(おいおい……流石に本気で逃げなきゃ色々まずい――けど……!)
身のこなしはそれなりに出来るようになったが、左右にある建物の屋根までは飛び上がれそうにない。
石壁には足を掛けられそうな出っ張りも見当たらない。
(やばい、さすがにやばい気しかしない)
火魔法で脅かしたところで、この世界は相手も簡単な魔法ぐらいは使える可能性のほうが高い。
(魔技まで使われたら完全に勝ち目は……どうする……どうする俺!)
悩んでいるうちにじわじわと距離を詰めてくる男たち。
あいつらの足の下を潜って逃げるのが一番勝率が高そうだが、三人とも短剣を片手に持っていた。
ジリジリと後退しながらなんとか逃げる方法を考えるが、それもついに背中にドスッという壁に当たった感触で霧散してしまう。
「ほれ、追いかけっ子すらしないのか?」
「大人しくしてりゃすぐに終わるんだ」
「お、お、お前、俺、好み……ぐへ……」
このあと俺がどうなるかを想像して、全身に鳥肌が立った。
(こ、こうなりゃヤケだ……!)
一か八か、男どもの間をすり抜けようと腹を括る。
キッと相手を睨みつけ走り始めようとしたとき、目の前にパサっと何かが落ちてきた。
(……えっ? な、なんでこれがここに!?)
突如目の前に落ちてきた物。
それは俺が仕事で使っていた手帳だった。
黒革で装丁された少し効果なその手帳は、部長から前に担当していたアイドルのデビュー記念にプレゼントされた物だった。
「おい、逃げる気か?」
「こら、動くなよ~」
(やっぱり俺の手帳だ……けど、今はそれどころじゃない)
この俺の手帳が突然現れた理由はわからないが、今はこの危機を切り抜けるのが先決だった。
「ほーら、捕まえた」
スキンヘッドの手が俺の腕に伸びてきて掴まれると思った瞬間、突然バチンと何かに押されたようにスキンヘッドが吹き飛び尻餅をついた。
「……あぁ? てめぇ、何をした?」
「魔技持ちか……」
俺も何が起こったのかわからなかったのだが、理由はこれだろうと手の中で淡い光を放っていた手帳に視線を落とす。
俺は恐る恐る手帳を開くと、以前までびっしりと予定を書き込んでいたページは真っ白になっていた。
(いや、何か二行だけ書いてある……『
明らかに漢字で書かれた文字だが、その文字列は先日アイナとクルジュナが大鷲を倒したときに見た技の名前だった。
(……この技名の隣にある『実行』って……押せるのか?)
短剣を構えて慎重な素振りで再び俺との距離を詰めようとしている男たちを横目に見ながら、俺は震える指先で四角で囲まれた『実行』という文字を押してみた。
==================================
『
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脳内に女の子のような声が響いた瞬間、辺りの景色が灰色になった。
「――っ!?」
そして俺の目前で、ナイフを振りかぶり飛びかかろうとしていた男たちがスローモーションのような動きになる。
ゆっくりと俺に向かって移動しながらナイフを振り下ろそうとする男たち。
だがそれは欠伸をしながらも避けることができそうなほど、ゆっくりとした動きだった。
「まさかこれ、アイナの……!?」
俺は試しにもう一つのクルジュナの技、『
==================================
『
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先ほどと同じような声が聞こえ、指先に空気がギュッと集まり熱くなってくる。
「ぐっ……あっつっ! 視界に……これを飛ばす方向が……視線について来る」
まるでゲームのアシスト機能のように、視界内な銃弾が飛んでいく軌道のような青いマーカーが表示された。
俺は視線と指先をスキンヘッドのナイフに向け、引き金を引くイメージをする。
(当たれ!)
その瞬間、指先から空気の塊のようなものが飛び出たのだが、その塊ですらスローモーションでほとんど動かない。
だが俺はそれが当たるかどうかを確認せず、今のうちに逃げ出そうと男たちの間を目掛けて駆け出した。
(うわっっ!?)
いつもの走る感覚で走っただけなのだが一瞬で三人の男は遥か背後になっており、眼前に迫った巨大な木箱にぶつかりそうになる。
(くっ、とまれぇ!!)
石畳でブーツが擦られ、埃が舞い上がる。
俺は目の前ギリギリに木箱が迫った場所で何度か静止したのだった。
(あ、解ける)
なぜかわからなかったがアイナの魔技が切れる感覚がしたので、慌てて背後を振り返ったタイミングで辺りに色彩が戻った。
「――ぐぁぁぁっっ!!」
「あん……? おい、どこいっ……うわぁぁっっ」
俺が『
いや、ナイフを持った男の腕ごと冗談のように吹き飛び、大量の血が吹き出し始めた。
「うがぁぁぁぁっっ! 熱い! いでぇぇ!」
「お、おい! お前腕が!」
「ひぃぃぃぃ」
手首から先がなくなった腕を抑え転がり回るスキンヘッドと、目の前から消えた俺をキョロキョロと探すハゲ。
デブ男は踵を返し逃げ出そうとして、俺の方へと向かって走ってきた。
(こ、この木箱に隠れよう……!)
俺はデブ男をやり過ごそうと木箱の反対側へ回った時、こちらへと走ってきていたデブ男が突然、スキンヘッドの方へ向かって吹き飛ばされたのだった。
(……な、なにが!?)
慌てて木箱の影から顔を出すと、目の前に見たことのある紺色の尻尾がフリフリと揺れていた。
「ア、アイナ!」
「やっほー、ユキ、探しに来たんだけど虐められてたの? 虐めていたの?」
「あ、あいつらが俺に襲いかかろうと……」
「そっかー、じゃぁちょっと待ってて?」
俺の頭をポンポンと叩き、ニコッと微笑んだアイナは路地の行き止まりで悶えているスキンヘッドたちをキッと睨みつける。
「うちの子に手を出そうとした落とし前……付けさせてもらうね」
そんなセリフだけを残し、目の前から掻き消えるアイナ。
俺は慌てて、もう一度手帳からアイナの『
再び視界が灰色になり全てがゆっくりになる中、影のような素早い速度で男たちに接近するアイナ。
ハゲ男の顎を蹴り上げ、軸足でクルッと回転して尻餅をついているデブ男の頬に膝蹴りを入れた。
飛び上がったアイナは後方にくるくると回転し、倒れ込んでいるスキンヘッドの首へ向け右足をギロチンのように落としたのだった。
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