012話-これは知られてはダメなやつ

「もう、ユキ、どうしてこんな危ないところに」


 アイナがゴロツキ三人をあっさりと気絶させ、手をパンパンとたたきながら不思議そうに訪ねてくる。


「ご、ごめん……その、馬車置き場を探してたらいつのまにか」

「そっかーとりあえずアレどうする? 始末する?」


 のたうち回る男たちを指差して、しれっと恐ろしいことを言うアイナ。

 アイナの顔をじっと見ると、瞳が豹のように縦長になっていた。


「俺、特になにもされていないし……それより出血多量で死しそうだし助けたほうが」

「んーユキは優しいなー」


 耳をピクピクと動かしながら、顎をこちょこちょと撫でられた。


「じゃ、大通りまで出てその辺の兵士捕まえて報告しよっか、行こっ」


 アイナが俺の手をキュッと握り、俺が歩いてきた路地を戻り始めたのだった。






「そういえばさっき、身体強化的な魔技とクルジュナの魔技に似たやつ使ってたけれど、あれどうやったの?」


 手を繋いでいる手にギュッと力を入れられ、グッと引っ張られる。

 俺はグルンと半歩回転させられ、ちょうどアイナの胸元に顔を埋める格好になってしまう。


「むぐっ……あ、アイナ、む、胸……」

「んー? 質問に答えてくれたら離してあげる」


 俺のことを見下ろすその視線は、さっきも見た獲物を狙うときの目になっていた。





「お、俺もよくわからない……この手帳に……」


 俺が手に持った手帳をアイナの顔の前に上げて見せる。


「手帳? どれ?」

「え、だからこの手帳」

「……どれ?」


 顔面の前に差し出しても、アイナはまるで見えていないように、俺の方を見て同じ質問を繰り返す。


「……えぇ……っと」

「あ、もしかしてそれがユキの魔技だったりする?」


 アイナがピョコンと耳を立てて頬をギュムっと両手で押さえられた。



「そ、そうなんですか……」

「じゃあ、戻って座長とアイリスに聞いてみようか!」


 そしてアイナは俺をギュッと抱きしめたまま、路地を歩かずに上空へと飛び上がると屋根に着地し、そのまま宿屋の前に着地したのだった。



――――――――――――――――――――


「ユキくん、大丈夫だったかい? 心配したよ」


 宿屋のカウンターで、裏路地のことを伝え兵士に連絡してもらうように伝えた俺とアイナは、地下へと降りたところで座長と鉢合わせした。

 どうやら戻ってこない俺を探しに出てくれる所だったらしい。



「ユキがね、裏路地でゴロツキを三人始末してたよ」


 けらけらと笑いながら雑な報告をするアイナ。

 それを聞いて「マジかこいつ?」という顔をしたハンナと視線が合う。


「あ、アイナ、ちょっと違うし、始末したのはアイナじゃ……」

「一人の腕を吹き飛ばしたのに……?」

「ぐっ……そ、それは俺……です……が」




 この世界、魔獣も存在するが人々の最大の敵はやはり悪い人間なのである。

 法もろくに整備されていないので、人の命は驚くほど軽いとアイリスに教わった。


 そして予想通り他人に大怪我を負わしたことよりも、それを成し遂げたという事実の方に全員が興味を示してきた。




「それで、座長とアイリスに教えて欲しいことが……」


 俺は突然現れた手帳のことと、そこに書かれていたアイナとクルジュナの魔技のことを伝えた。


「ふむ……聞いたことのない魔技だが、そういう……いやだが……これは……」

「模倣系とも違うのね……あれはその場限り……座長、もしかして……」


 俺の説明に座長とアイリスが頭をひねりながらぶつぶつと相談を始める。

 そんな二人を尻目に、エイミーが隣にスッと割り込んできて頭をなでなでされた。


(こ、これは心配されてるのか?)


 どう反応すればいいのか悩んでいると、座長が俺の方へ振り返った。


「ユキ、少し実験をしてもいいかな」

「は、はい、大丈夫です」


「ふむ……アイリスどう思う?」

「私のは……ちょっと危ないので、リーチェかしら……ケレスでもいいかも」


「そうだな……ではリーチェ少し手伝ってくれないか?」




 俺と座長を中心にして車座に座っている面々を見渡した座長はリーチェに声をかける。

 リーチェがよくわかっていない顔で立ち上がると「何をすればいいですか?」と俺の隣に座り込む。



「ここで魔技を使ってみてくれ」

「ここでですか? いいですが……内容はなんでも?」

「ああ、なるべく心臓に悪くないものを頼む」




 座長が苦笑しながらリーチェに言うが、リーチェの魔技は見たことがない俺には何が起こるのかわからない。


 心臓に悪くないものというからには、心臓に悪そうなものも可能ということだろうか。


「いくよー! 『兎の幻想レプス・パンタシア』!!」



 リーチェが手を上げ言葉を紡いだ瞬間、なんとリーチェの足元から花畑が広がり始めた。

 それはみるみるうちに大きくなり、全員が輪になって座っている少し外側まで広がって止まった。



「……これ……幻?」


「そうだよー! 心で考えたものを幻として出せるんだーすごいでしよ!」

「すこい……綺麗……」


 あたり一面の花々。

 見たことのない色とりどりの花が広がっているのだが、手を伸ばすと触れることもできず床に指が触れる。


「えへへ……ありがとう、でも戦いには使えないんだけどね」




 幻を見せるだけだという魔技だそうだが、本当にそうだろうか?

 使い方によってはかなり強力な補助になりそうだが……。



「ユキくん、これでリーチェの魔技を使えるかね?」

「あ、ちょっと待っててください……ええっと、どうやったんだっけ……」


 使える使えない以前に、あの手帳をどうやれば出せるのかがわからない。



「ユキ、魔技だと、もっとこう、ぐぐーっとお腹に力を入れて、ばーっってやれば出来るわよ」

「リーチェ……全然わかんない」

「ユキよ、魔技は魔力を使って発動するのだ」


 サイラスに言われ、俺はアイリスに習ったように手に魔力を集める。




(これで火を想像すると火がつくんだよな……じゃあ手帳を想像すれば……)


 手に集まった魔力が淡い光を帯び、先ほどと同じ俺の手帳が目の前に現れた。


「でた……ええっと……」


 俺は早速手帳の表紙を開く。





「あ、あった……」


 先ほどまでアイナとクルジュナの魔技が記載されていた下に、見たばかりのリーチェの魔技『兎の幻想レプス・パンタシア』という文字列がが追加されていた。

 そしてその隣には『実行』の文字。




「えぇっと……これで……座長いいですか?」

「あぁ、かまわないよ」


「座長、大丈夫? もし暴走したら……」

「クルジュナの心配もわかるが、リーチェの魔技だとするなら問題はないだろう」


 心配そうに見つめてくるクルジュナをチラリと見た俺は、先ほど使ったときのように『実行』の部分を指で触れた。


==================================

兎の幻想レプス・パンタシア』――起動。

==================================



「おぉ…………?」

「あっ、これ私のと同じ……すごい…………ってあれ?」


 先程リーチェがやったときのように、俺の周りにパァっと白い光が集まり収束する。

 そして光が人の形を取ると……。






「えぇ……と……ユキどういうこと?」

「あ、あの……ユキ?」


 そこに現れたのはなぜかクルジュナの姿だった。

 先日見た、弓を構えたまま技を放とうとしている場面。


 ちょうど俺の視線の先、座長の隣に立っていたクルジュナの汚物を見るような視線が俺に突き刺さる。





「な、なんでクルジュナが……」


 焦った俺は魔技で作り出したクルジュナを消そうと、煙を払うように手で散らそうとする。


「えっ――……!?」

「えええっっ、どうして!?」

「こ、これは……」


 俺の手が当たりかけたクルジュナの幻想が、なんと身体を逸らして俺の手を躱したのだった。




「り、リーチェ……『兎の幻想レプス・パンタシア』って勝手に動くの?」

「動かないよ! 直前で想像したものの幻を見せるだけだもん」



 だが現に目の前に現れたクルジュナの幻が、俺の手を避けた。



「リ、リーチェ、これどうやって消すの?」

「ええっと……あまり使わないから……時間が経てば消えるんだけど、自分で消すのは……どうだったかな」


 リーチェがまじまじとクルジュナの幻に顔を近づける。


「あ、すごい……心臓の音がする……」


 その時、じっと動かず止まっていたクルジュナ(幻)が動き出し、ゆっくり俺の方へと近づいてくる。

 全員がゴクリと喉を鳴らしながら状況を見守っている眼の前で、あろうことか俺にギュッと抱きついたのだった。





「うわっ、ちょっ、なにっ!?」

「うわークルジュナったら大胆……」

「クルジュ……いつのまにそんなに行動的に……」


 ケレスとエイミーが火に油を注ぐようなことを言い、クルジュナは顔を真っ赤にさせて固まっている。





「も、もしかしてユキ……が、希望した動きをするのか……?」

「そ、そんなわけないじゃないですか……!」


 俺としても全くそんなことを考えていないので、きっぱりとここは否定の声を上げておく。

 そもそも、の希望通りに動かせるとしたら…………色々と大変なことが出来てしまう。



 座長がゆっくりとクルジュナ(幻)に背後から近づくと、顔を近づけてマジマジと観察し始める。

 

 抱きつかれている俺の脳内は混乱の極みだった。

 幻ではなく、ちゃんと感触があり体全体にむにっとした女の子特有の柔らかさを感じる。

 しかも、しっかりクルジュナと同じような薔薇の香りが鼻に届く。


 (こ、これ健全な男子には刺激が……強すぎる!!)


 何よりギュムっと押し付けられている胸の感触のせいで、ろくに考えがまとまらない。




「うわークルジュナがユキに頬擦りしてる」

「あれ、あのまま置いておくとハンナたちに見せられないことになるんじゃ」


「ちょっ、みんなどうにか……助けて!」


 俺はまわりに助けを求めるが、全員が面白そうな顔をしたまま動こうとしてくれない。

 クルジュナは完全に固まって口をパクパクさせている。


(あぁ、これ後で俺、殺されるんじゃ……)


 そしてクルジュナ(幻)が片手を俺の腰へと回し、もう片手でそっと俺の頬に触れてくる。


 これはいよいよヤバいと、無理やり手を振り払おうとした時、再び光ったクルジュナ(幻)が忽然と消え去ったのだった。






「ふむ……実に興味深い……」

「確かに……これは……」


 座長とアイリスが真面目な顔で考え込み、俺もすきを見て避難しようと階段に視線を向ける。


 だが動こうとした直前に左右からエイミーとケレスに腕を掴まれ、いきなり逃亡不可の状態になってしまった。




「ユキ、ちょっと」

「ユキってば案外……ふふっ、あれどういうことかおねーさんに教えてよ」


 そして目の前にツカツカと歩いてくるゴスロリ金髪の女性。

 顔を真っ赤にさせ、頬がぷくっと膨らんでおり、俺はこれも幻であってくれと祈る。




「ユーキーっ! い、い、い、いまのなにっ! 吐きなさい! いつもあ、あ、あ、あんな、わ、わ、わ、私の……で! な、な、な……何かしてるんでしょ!」


「クルジュナ落ち着いて……」

「クルジュがすごいテンパってる……初めて見た……」


 俺の首根っこを掴み、テンパったクルジュナが捲し立てる。


「な、何もしてないよ! そもそも初めて使ったんだし!」

「ほら、ユキは今初めて使ったんだよクルジュ、落ち着いてーどうどう」



 リーチェがテンパったクルジュナの手を引いてなんとか引き離してくれた。



(た、助かった……)




 座長とアイリスは相変わらず二人でなにか話しっており、サイラスやケレスもその輪に加わり、クルジュナも座っていた位置に戻らず話し合いを始めた。


 時々俺の方を見ながら、こそこそとクルジュナを中心に話をしているようで、クルジュナの顔が赤くなったり青くなったりしているのが見えた。



 俺は今度はエイミーとリーチェに挟まれ、正面をアイナに塞がれたままで逃げ出すこともできない。




「でもすごいね、今の実態あったのよね?」

「うん……」

「ユキ、どうだった? クルジュナって柔らかくてふわふわしてたでしょ?」


 エイミーが耳元でそんな質問をぶつけてくるが、正直に答えられるわけがない。


 アイナの耳とリーチェの耳が座長たちの方を向いているので、話し合いの内容をこの場所から聞いているようだ。

 俺は二人の質問攻めをなんとか回避し、座長の元へと逃げだすことに成功した。



「座長――」

「ユキくん、クルジュナの魔技と、アイナの魔技ももう一度使ってくれるかな?」


 振り返った座長に深刻そうな顔でお願いされ、俺は改めて路地でやったようにアイナとクルジュナの魔技をもう一度発動させてみたのだった。


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