102話-いくつかの魔技

「おら! ビビっちまったのか――よっ!」


 威勢のいい掛け声と共に長髪熊男が斬り込んでくるのを、片足を半歩下げるだけで目の前を剣が通過していく。

 硬く踏みならされた地面に剣先が鈍い音を立てて突き刺さるのを確認し、魔技を発動させた。


「『洗脳』――……これで終わり。やっぱり体術で戦うの楽しかったけど身体が小さいから不利だなぁ……」


 バタッと地面に倒れ伏した長髪熊男を足で押して反応を確認する。





「ねぇ、中に捕まえてきた女の子は何人?」

「……四人……です」


「あとボスは何処にいる?」

「俺が……ボスです……」


 虚な目をしたまま答える長髪熊男。

 ボス自ら見張りをするなんて、なんとも勤勉というか仲間思いというか。




「仲間とか付近の情報で「道化商会ジョクラトル」という奴らの話って聞いたことある?」


「……ロマリの近くにアジトが……あると聞いたことが……」


 ロマリの街。

 ちょうど良いことに、俺たちが明後日には到着する予定の街で、ツクモと会う予定の場所だ。

 



「じゃあ中に入って魔技を持っている仲間だけ一人ずつ起こして連れてきてくれる?」

「へい……承知いたしました」


 そういうとふらふらとした足取りで洞窟へと入っていく長髪熊男。

 名前を確認してないなと、男の背後から『鑑定』をかけて確認する。

――――――――――――――――――――

名前:ニッケル・バウム

年齢:42歳

種族:亜人種-熊人族

身体:181cm 茶髪、茶目

職業:盗賊団『青の力カエルレウス

魔技:『青の箱アーク

称号:誘拐、強姦、強盗、詐欺

――――――――――――――――――――


「これは……収納系かなぁ」


 名前からしか判別できないが、どうやら収納系と見て間違いなさそうな魔技だ。


 残りの気絶している二人は魔技は持っていない。

 兵士崩れのような人だと魔技を持っている奴が多そうなイメージだけどこの二人は違うのか、魔技も魔法すら使えない二人だった。


 そうこうしているうちに、ニッケルが一人の細い男を連れて洞穴から出てくるのが見えた。




「どうしたんですか、お頭」

「いいから……つれてきました」

「お頭? この女は一体……」


「その人の魔技ってどんなものか教えて?」

「へい、おい、教えて差し上げろ」

「…………へい、お頭、どういうことか後で教えてくださせぇよ?」


 男が説明してくれたのは気配を遮断するという「隠密系」という奴らしい。

 とりあえず目の前で使って見せてもらっておく。


「じゃ、殺して次」

「へい……」

「おっ、おかし……ぎぁぁぁっっ」


 兵士や傭兵、冒険者などの戦える職業に対し、盗賊や山賊は見つけ次第殺すという切ない決まり事があるこの世界。

 盗賊や山賊には正体を隠して潜入捜査は出来ないなと思いながら、あっさりと息絶えた男を眺めたのだった。



――――――――――――――――――――


「結局、めぼしい魔技はあまり無かったな……『御山の怒りミネラ・ミラ』」


 出すものを出し終わった洞穴を、手に入れたばかりの魔技を使って完全に崩して死体ごと埋める。




 捕らえられていたという女性のうち二人は自ら命を絶ったのか既に事切れていて、俺の背後に座り込んだままの二人の少女も虚な目をしたまま動かない。


 ニッケルが魔技で溜め込んでいた一千枚近い金貨と宝石類、武器類は全て俺の『収納』へと移し終えた。



 俺は少女たちの前に膝を付き、顔をよく見るがあまり良い状態ではなさそうだ。

 

「『夢を見る雲ヌビルム・ソムニウム』――」


 これは洗脳系の魔技だそうだけれど、例の伯爵から手に入れたようなヤバイものではなく、気分を高揚させるぐらいのものらしい。


 落ち込んだ時に使うと元気になるというあっさりとした説明だったが、少女たちの虚な瞳に光が戻るのがわかるほどの効果はあったようだ。




「えっと、二人とも大丈夫?」

「……はい…………あの、助けてくれてありがとうございました……」


「ぐすっ……うぅっ……」




 色々と頭が回り出して思い出したくない事を思い出してしまったのか、一人が泣き始めるとつられてもう一人と涙をボロボロとこぼし始める。


 死んだ二人のことは知り合いというわけではなさそうだが、それでもこの若さだと色々と絶えられないだろう。


「…………よし。二人ともちょっとだけここで待ってられる?」

「えっ……やっ、やだっ、置いてかないで……」


「数分で戻るから大丈夫だよ」

「やだぁっ、怖い……やだ……」


 一度ヴァルを呼んでこようと思ったのだが、気分高揚させる前に呼んでおけばよかったと後悔する。




「仕方ない、じゃあ俺と一緒に隠れ家に行こう」


 とりあえず一緒なら問題ないだろうと両手を二人の前に差し出すと、涙を拭いながらもゆっくりと手を握ってくる。


 リーシャとエヴァと名乗った二人をゆっくり立ち上がらせ、そのまま『部屋』へと連れて行くことにした。



「ロマリの街まではちゃんと送るから」


――――――――――――――――――――


「ここ……どこ?」

「さっき言った通り俺の隠れ家」


「……隠れ家?」


「ちょっと待っててね」


 自分の部屋から外に出たためか同じ場所に出てしまったので、オドオドしたままの二人の手を引き……というより、俺の服の裾を離してくれない二人を連れて部屋を出て一階へと降りてヴァルの部屋を目指す。


「…………」

「…………」


 リーシャもエヴァも辺りを不安げに見回しながらも大人しくついてきてくれる。




――コンコン




「ヴァル、入るよ?」

「いいよー……って、まってっ、待っててぇっ!」


 そのような事を仰られましても既に扉が開き始めており、部屋の中がバッチリと見えてしまう。

 後ろの二人には見えなかったが、一瞬良くないものが目に映った。


 すぐにその場から消えたので『収納』へと仕舞ったのだろうが、はっきりと見てしまった。




「ヴァル…………おまえ……」

「じ、自衛用だから!」


 木製のテーブルに転がっているやたらと先の尖った銃弾にちらりと視線を向けながら「ほどほどにな」とだけ伝えておく。


 ヴァルが銃を持とうが、彼女の魔技のほうが殺傷能力が高い上にエグい付加能力もあるのだ。


 むしろ銃のほうがまだ安全だと思ってしまった。




「えっ……と、それで? どうしたの? 夜這い?」

「違う! ロマリの街に着くまででいいから、この二人の面倒見てくれないかなって思って」


 ゆっくりと部屋に入ると後をついて入ってくるリーシャとエヴァ。




「また新しい……ん、と、違うか……ユキ、また一人で危ない事してたのね? ほら、おいで? ここは安全だから、ね?」


 玩具を取られまいとするような子供っぽい態度が一変、お母さんのような優しい表情と声に変わったヴァル。

 俺は二人のことと、事情をヴァルに話して聞かせる。




「そっか……色々と思い出したくないことが多いと思うけれどお風呂入って寝よっか。三人で一緒に寝ようね」


 ヴァル的には、こういうときはまず睡眠! と、そんな感じらしく、この先は手出ししないほうが良いと思いそっと部屋を後にした。


――――――――――――――――――――


「ヴァルには今度改めてお礼言わなきゃな」


「……お礼?」


 廊下でこぼしたセリフに反応があり、びっくりして隣を見るとリーチェが枕を持ったまま立っていた。


「ユキ……もしかしてヴァルさんと……」

「違う違うっ! あ、リーチェにもお願いがあるんだ」


 言い訳ではないが、パジャマ姿のリーチェをそのまま捕まえあらましを説明して明日の朝食のことをお願いしておく事にした。




「そっか……うん、わかった。みんなにも私から説明しておくよ」

「ごめんね、寝るところ捕まえて」

「いーの、今からエイミーの部屋にお邪魔するところだったから」


 どうやらエイミーの部屋でアイナも呼んでお泊まり会らしい。


 かなり誘われてしまったが、盗賊から奪ったアイテムの確認もしたかったので今回はやんわりとお断りしておいた。


「じゃ、リーチェもあんまり夜更かししすぎないようにね」

「ユキもね、明日も早いんでしょ? ゆっくり寝てね? おやすみなさーい」


 そのままリーチェをエイミーの部屋の前まで送り、二階の自室へと戻ったのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る