101話-お遊びは

 衣装騒動をなんとか回避することに成功した俺は二階にある自室へと戻る。


 一階に並んでいるみんなの部屋を最初に紹介してもらった時に俺の部屋がないことに気づいたのだが、なんとエミリーが最初から二階に俺用の部屋を用意してくれていたのだった。


 どうしてフロアが別なのか聞いたのだが「その方が色々と都合がいいでしょ?」とエミリーにしては色っぽい顔で言われてしまったのだった。




「はぁ〜……明後日にはロマリの街だっけ……流石に帝国との国境まで行くとなると時間がかかるな」


 ここまで立ち寄ってきた街でツクモの部下と言うルミノックスの人間に何度か出会った。

 その度に行き先を伝えていたのだが、次のロマリの街で一度ツクモが状況の報告に来てくれるらしい。


 盗賊を潰して情報収集という作戦で俺たちは馬車旅をしているのだが、ここに来るまで一度も出会ったことがない。

 やはり首都からあまり離れていないということもあってか、なかなか治安はいいようだ。




「でもこの先は森と山が続くし、そろそろ出そうなんだよな」


 何度か商人のような馬車の隊列ともすれ違うこともあるし、大きな街からは遠いこの辺り。

 俺が盗賊なら根城にしても良さそうな場所なのだ。


「ちょっと付近の探索するか」


 まだ眠くはないけれどやることもないので、ちょうどリビングに居てたサイラスに一言伝えて外へと出ることにしたのだった。



――――――――――――――――――――


 森の中を貫く街道はすっかり暗闇に包まれていた。

 それなりに広い、片側1車線の道路ぐらいある街道だが、地面は踏み固められた土。


 多くの馬の蹄の跡や車輪が通った跡が残っている。




「俺自身強く……か」


 お金を稼ぐことと魔技を手に入れることは簡単だが、身分を手に入れるにはどうすればいいのだろうか。


 この世界、国によって貴族の階級は様々だが一般的には俺も知っているような感じだった。


「とりあえず、王様に依頼されたことは達成できるように頑張ろう」


 夜鳥の声や虫の声が響く辺りに意識を集中し、魔技を発動する。

 対象は『人に危害を加えたことのあるやつ』という感じでやってみる。




 人種指定や人名指定はうまく行くのだが、この条件で調べて見つかったことがない。

 居ないだけなのか、そもそも指定方法が間違えているのか。




(でも前回、すごく遠くに少しだけ見えたんだよな)


 あまり遠すぎる場合はほとんど針の先の点ほどしか見えないので、具体的な場所もほとんど分からない。

 あれから二日近く進んだのでそろそろ場所ぐらいは分かればいいなと思っての捜索である。




「…………多くない?」


 レーダーのような画面に映し出されるのは自分を中心とした十キロぐらい。

 思い切り魔力を出せば百キロぐらい行けるのだが、そこまで行くと、数人を探す以外だとドットが数個映るだけでよくわからない物になるのだ。



 今回の結果、数キロ先にいくつもの赤い点が反応していた。

 場所は街道から逸れて森の中……クルクルとその場で回って方向を確認するとどうやら山の裾野付近のような感じだった。





「行くか――『飛翔』」


 どういう奴らがいるのかわからないが、街もなにもない場所に、『人を脅したことのある人間』という指定だ。

 どうせろくな奴らではないのは確定なのでサクッと進めることにした。


――――――――――――――――――――


 街道から山脈に向かい森の奥へと向かうこと数分。

 鬱蒼と生茂る木々の中に、ぽっかりと開けた場所がすぐに見つかった。


 焚き火の光が見え、数人の革鎧姿の男の姿も確認できた。


 数人ずつ間を開けて固まっていたので、掘建て小屋でもあるのかと思ったのだが、上空から見る限りそのような建物は見えなかった。

 どうやら崖になっている部分に穴を掘りその中に部屋を作っているようだ。


 表にいる三人の男は冒険者に偽造しているのか、近くに車輪の壊れた馬車が置かれていた。



「…………『月石ムーンストーン』」


 何気にほぼ使ったことのなかった周囲を防音にする魔技を展開する。


「あとは…………」


 いつもの流れならこのまま遠距離から撃つなり洗脳するなりすれば終わりなのだが……。


「あれから試してみたかったんだよな」


 先日久しぶりに身体強化で魔獣に攻撃を入れたとき、かなり爽快感があった。

 いつも魔技で一方的だったので、あれは一撃だけだったが、まさに戦っているという感じだった。



「『猫の反乱コーシカ・ヴァスターニエ』――」


 俺は身体強化を発動させ相手の近くへと着地した。


「――誰だっ!?」

「……女?」

「こんなところでか?」


 三人の男が一斉に誰何の声と共に立ち上がる。

 うち二人は腰から剣を抜き、もう一人の短髪男はボクサーのように拳を構えた。


 こちらの見た目が女の子でも、さすがにこんな場所と時間に一人で現れれば怪しいに決まっている。




 色ボケはしていないようなので安心した。

 俺も迎え撃つように拳を構えた瞬間、拳を構えていた男が俺の頭に向かって右ストレートを放ってくる。


 俺は腰を落とすと、短髪男の右手首を左手で押し上げ、そのまま身体をスライドさせるように相手の懐へと滑り込む。


「――ふっ!!」


 そのまま左手の肘で短髪男の脇腹へきれいに一撃が入った。


「ご……ぁ……っ!」


 初めてにしてはなかなかうまくいった。

 短髪男はそのまま前のめりに倒れ込んだところを、思い切り首後ろへ全体重をかけた膝を入れる。




「……体重が軽いってこういうとき不便だね」

「てっ、てめぇ何もんだ!」


 一人が声を上げたのと同時に、もう一人が剣を横なぎに斬撃を放つ。


「よっ……と」


 胴めがけて飛んでくる剣先をジャンプして回避し、右膝の裏で相手の腕を挟み込み、前方に回転する。


「なっ、なん――っ!?」




 かなりアクロバティックな動きだが、身体強化状態ならなんとかいけた。


 アイナならもっとガッチリと相手の腕をホールドして捻り折れるんじゃないかと思う。

 だがそれでも腕を無理やり外向きに回された男は、あえなく切り揉みするように倒れ伏す。


 最初の男と同じように首を思い切り踏みつけて気絶させて終了。


「きっ、貴様……いきなり出てきて仲間を……なんで悪党だ……」

「えぇ〜……」


 最後の長髪男に悪党呼ばわりされてしまった。


「おーいっ! 出てこい! ヤベェ奴が前に!」


 ちらりと洞穴の方へと顔を向けて叫ぶ長髪男。

 よく見たら頭の上に狸のような耳がついていた。


(亜人だったのか……狸? 熊?)


 身体が一番大きいので熊かもしれない。

 尻尾を見ればわかりやすいかもしれないが男には興味が向かないので、俺も『収納』からロングソードを取り出して構える。


「なんで誰も出て来やがらねえ!? ――ちっ……」


 長髪熊男が舌打ちをして、片手で剣をもち半身で構える。

 俺はロングソードを両手で構え……




「お、重い……っ」


 ロングソードの重さに腕をプルプルさせながら、なるべく表情を崩さないように相手を見据える。

 動くなら早くしてほしい。


 焚き火の灯りに照らされた俺の影も剣の部分が震えているのがはっきりと見えてしまう。



「はっ、震えてやがるな……どうせ拐ってきた女の連れか? 取り返しに来やがったのか?」


「…………あぁ、そういう」


 悪人と指定して探索をしていたので気づかなかったがそういうパターンだったのか。


「だがよかったな、嬢ちゃんも仲間に入れてやるよ」




 むしろどうして俺は人質や攫われた人がいる可能性に気付けなかったのだろう。

 俺はロングソードを持つ事を諦め、あっさりと地面に放り投げたのだった。

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