103話-この満開の花は

 盗賊から助け出した二人は翌朝にはすっかりヴァルに懐いたようで、朝俺がリビングへ入った時にはアイナやリーチェとも仲良さそうに話をしている姿があった。


 全員揃っているうちに昨日のことを報告して、ついでにロマリの近くにアジトがあるということも共有しておいた。

 むしろそちらがメインなのだが、お客さんが合計三人にもなったのでその話はさくっと終わらせた。



 それからは特に何もなく平和な一日が過ぎる。

 その日はケレスと二人で御者台に座り、『部屋』でと移動が如何に良かったかを教えてもらった。


「でもやっぱりたまには外に出ないと体が鈍っちゃうね」


「この時期は楽だけどね、夏とか冬は大変そう……」

「あー……確かに。帝国なんて冬は真っ白だもん」


 帝国――。

 この辺りで帝国と言うと一般的には今俺たちが向かっている先にあるナルヴィ帝国のことを指す。

 他にもあるらしいが、戦争をしていたこともありナルヴィ帝国の印象が強すぎるのだろう。


 前国王が吹っ掛けた戦争でしかも王国側が負けているのだが、国民同士で恨み合っているとかそう言うことはないようだ。


 もともと厳しい気候の帝国は王国側の農作物に頼っている部分もあり、そう言った貿易関係で王国が若干有利だからと言うのもあるだろう。


「ケレスは帝国には戻ったりしないの?」

「う〜ん、そうだなー……いつかは戻るかも知れないけれど、旦那さん見つけてからかなー」


ケレスも婚約者がどうこう言っていた気がするが、この世界の女の子たちはみんな強い。


「ユキは? この間いろいろと教えてくれたけれど将来どうするの?」


「クルジュにも聞かれたけれど、今は『荒野の星』での活動を頑張りながら……力をつけたいな」




 一応、プロデューサーとして歌組の先生みたいなことをヴァルと一緒にやってはいるが、プロモーション系の動きができていない。


 ネットもテレビもないこの世界だと、チラシを用意して配るぐらいしかやれる事は無いのだが、それもまだまだ単価が高い。

 公演のたびに固定ファンをつけてパトロンを増やすのが一番早いだろう。


 それこそ貴族や王族が後ろ盾になってくれれば知名度という意味では一番近道だろう。



「そういえばケレス、貴族ってどうやればなれるの?」

「んー……戦争で叙勲されるとか、すごく国に貢献するとか……あとは貴族と結婚するとか?」


 俺の知っている知識でもそれぐらいしか貴族になれる方法はなかった。




「貴族になりたいのなら、うちにお婿さんで入る?」

「……いや、そんな気軽に言われても」


 ケレスが「うちに遊びにくる?」ぐらいの気軽さで言うがそんな簡単な話ではない。

 むしろそれだといろいろと困る。




「……私振られちゃった?」

「そう言う意味じゃないよ。やっぱりみんなのことや将来のことを考えるなら自分で成り上がらないとダメだなって考えてて」



 シュンとしてしまったケレスの角をツンツンしながら考えていることを説明する。

 あまりうまく説明できなかったが、ケレスはなんとか理解してくれた。



「そっかー……そっかー!」

「……それどう言う系の反応なの?」

「えへへ、嬉しいなぁ〜って反応」




 尻尾が有ればぶんぶんと動いているだろうなと思うほどの嬉しそうな笑顔を向けてくる。




「まぁ……うん、そんなに慌てる事もないけれど、色々なことを考えて間を取ったら……折衷案じゃないけれど、それが手っ取り早いかなっておもってさ」


「ユキなら大丈夫だよ。私は全力で力になるから」


 ただ、俺個人として将来の目的がまだ見つかっていない。

 元の世界に帰りたいかと聞かれれば帰りたいのだが、この世界でのつながりが出来てしまった今、気持ちとしては半々……いやかなりこっちの世界で生きていく考えのほうがデカイ。


 それも今後どうなるかはわからないが、今はこれで良いだろう。





「あ、森抜けるね」


 視線を前に戻すと、少し先から両サイドに生い茂っていた木々が途切れ明るい光が降り注いでいるのが見える。



「この森抜けたらすぐに着くんだっけ?」

「えっと、確か森を抜けて半日……ぐらい?」


 ロマリまではもう少し掛かるという話だったが意外に早くつきそうだ。

 やはり馬車一台というのが良かったのか。


「森抜けたら一度お昼にする? リーチェにお弁当もらってきたんだ〜」

「そうだね、草原があるなら適当に馬車止めて食べようか」



 ガタガタと車輪の音を響かせながら、森の出口へ向かいゆっくりと進んでいく。

 手綱を預かると、ケレスは荷台へ行き袋に入れられた箱を持ってきた。




「お弁当、デカくない?」

「そう? 大丈夫、男の子なら食べられるよこれぐらい!」



 ケレスの膝に置かれた重箱のようなランチボックス。

 リーチェ特性のサンドウィッチということだが二人だと食べ切れるか心配になる量だった。



――――――――――――――――――――


「抜けたー!」


 ケレスの嬉しそうな声と共に薄暗かった陽の光が一気に眩しいものへと変わり、突如目の前に大きな花畑のような丘が広かった。




「花畑……?」

「うわ〜綺麗…………」


 赤や黄色、白色のマリーゴールドのような花が一面に咲いており、それが街道の左右の丘の上までずっと広がっていた。

 花畑ではなく、自生しているらしい。



「こんな寒くなる時期なのに……」

「この時期が見頃らしいよ〜、あっ、あの辺で馬車止めない?」


 ケレスが指差す先に道の広くなっている部分があり、馬車を止めておいても問題なさそうな場所だった。


「せっかくだしみんな呼ぶ?」

「んー……どう……しよっか」


 ケレスが辺りをキョロキョロと眺めつつ歯切れの悪そうな返事をしてくる。




「せっかく綺麗だしエイミーとか喜びそうじゃない?」

「う〜ん……でも人の血を吸ってるし、どうかな」

「…………え? 人の血?」



 聞き間違えたかなとおもったのだが、ケレスは「そうだよ」と肯定する。


「ここ戦場だったんだよ。それであの花は血吸華っていう生き物の血で育つ花なの」


 メルヘンな風景が一転、おどろしいものに見えてきてしまう。




「これ全部?」

「そうそう。私もこの辺で戦ったことあるよ〜サイラスとアイナも一緒だったかな。クルジュは森の方だったかな」


「…………お弁当ここで食べる?」

「花は綺麗だからいいんじゃない?」


 ケレスの説明によると一体に十株ぐらいの花が咲くらしい。

 一体何人死んだんだろうと辺りを見回してみるが、数が想像できない。


 改めて戦争ってなんだろうなと虚しい気持ちになってしまう。




「あと半日ほどだね~。着いたら温泉かな!」

「……そうだなぁ、ツクモとの待ち合わせもあるし、この辺からちょくちょく周囲も調べながら進まなきゃね」


「ツクモちゃんって、エイスティンで別れたのにどうやってこんなところまで来ているの?」

「あのアウスとかいうのが移動系の魔技持ってるって言ってた……それを言ったらヴァルはツクモたちと合流するって言ってから一週間もうちでだらだらさているけれど良いのかな」



「あはは、でも毎日歌の練習してくれているし助かっているよー。クルジュも少しずつ気を許してるみたいだし」




 ケレスが膝の上に広げたランチボックスからサンドウィッチを一つ頂いてかぶりつく。


「クルジュがね……めずらし」

「クルジュは真面目だからねーユキが歌って欲しいなんて言うから」


 ケレスが2つ目のサンドウィッチにかぶり付きながら、片手で器用に水の入った皮袋の栓を抜いて差し出してくれた。



「ありがと。クルジュ嫌そうじゃなかった?」


 なんだか雰囲気でああ言ったものの、クルジュ本人が嫌々やっているのだとすればクルジュにも聞いてくれる人に対しても申し訳ない。


「んー、あれは多分大丈夫なときの雰囲気だから気にしなくていいと思うよ〜」

「なら良かった」


 アイナやケレスとは違ってクルジュは感情がわかりずらいので、内心嫌がっていたらどうしようかと思った。




「それにしても多いね……」

「食べ切れるかなぁ〜」


 ケレスと二人、その後なるべく食べることに集中していたのだが、結局半分くらい食べ終わったところで満腹になってしまったのだった。

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