030話-物語はここからはじまる
「――全員が投降したよ」
あれからしばらく経ち、遠くから響いていた様々な音が聞こえなくなると座長たちが牢へと戻ってきた。
この屋敷にいた兵士を全員倒し、縛り上げたそうだ。
「うわーんっ、ユキィっ! 無事でよかったよぉ〜!」
「あっ、こらケレス! さ、先に私って言ったじゃん!」
戻ってくるなりケレスに飛びつかれ、二人して地面に転がってしまう。
そこに後から走ってきたアイナが、ケレスを退けて俺に抱きついてくる。
「ほんっとうにありがとう。またこうやってギュ~ってできるのもユキのおかげだよ」
「俺も……アイナが無事でよかった……ほんとによかった」
アイナもケレスも結構な量の血がついていてびっくりしたが全て返り血らしい。
俺も一緒にドロドロになってしまったのだが、全く気にならなかった。
座長に皆殺しにしたのかと聞いたら、流石にそこまではしていないと少し怒られた。
「そ、その……ユキ……みんなを助けてくれてありがと……私たちの尻拭いまでしてくれて……」
クルジュナも隣に跪いてきて、改めてお礼を言われる。
「あの鎖男だけど、クルジュナの魔技のおかげで倒せた……のかな。とりあえず退けられた」
「そ、そう……うん、役に立ってよかったわ……」
「こらークルジュ。ちゃんと言わなきゃダメって言ったでしょ?」
「ケ、ケレス…………。あ、あのねユキ。今度、風弾じっくり見せてくれる? 私ももっと魔技を使いこなしたくて」
指をモジモジとさせ顔を真っ赤にしながらお願いされれば嫌とは言えない。
「ユキ、奴の遺体は見つけたのだが鎖男のものは探しても見つからなかったよ」
全員が落ち着くのを待っていた座長がそう報告された。
最後の瞬間、確実に当たったと確信はあったのだが死体がないと言うことは、結果逃してしまった。
「そ、そうですか……」
「だが、我々の目標は達成できたよ。改めてユキには感謝を――」
「ダメですよ座長、仲間は助け合ってこそなんですから。俺は俺ができることをしただけです」
「……そうか。……そうだったな。では私もわたしができることをやらねばな……」
ふと、倒してしまった兵士や屋敷の人たちをどうするのかと思ったのだが、既にあらかじめ指定されていた場所へ強制的に送ったそうだ。
「王城地下にある大監獄だよ。今回の依頼用に用意してもらってあったんだ」
「でも流石に座長、疲れたでしょ?」
「ふふ、アイナ程ではないよ。では戸締りをして宿まで戻ろうか」
「戸締り?」
この屋敷に誰も入らないように鍵を閉めて回るのかと思って聞き返したのだが、ハンナとヘレスが「はい!」と手を上げた。
「ふふーん、見てなさいよユキ」
「ちゃんと覚えてよね?」
へレスだけでなく、珍しくハンナも腰に手を当てて偉そうなポーズを取っている。
「いくよ、ヘレス」
「はーい」
「「――『
二人を中心に見えないナニかが広がっていくのが感じた。
「……魔力……? あ、これ結界?」
「おっ、ユキわかっちゃうんだ〜」
「えっと、うん……何となくそうかなって思っただけだけど……」
ケレスに頭をポンポンされ、顔を見上げると目に入ったのは折れたままの角。
「あ……」
「では飛ぶよ――『
俺が喋り始めるより早く、座長が魔技を発動し俺たちは最初に泊まっていた宿屋の地下室へと転移したのだった。
――――――――――――――――――――
なぜか随分懐かしい感じがする部屋に戻った瞬間、みんなが床に崩れ落ちるように座り込んだ。
「はぁぁぁ〜やっと帰ってきたー!」
「無事に戻れてよかった〜」
「生きてるって素晴らしい……」
みんな口々に言いながら敷きっぱなしのシーツの上でゴロゴロし始める。
「ユキ、今回は助かった。君がいなければ我々はもうこの世にはいないだろう」
「ほんと、ユキありがとうね。ユキは私の命の恩人だよー」
「私一人だったら、あの夜で二人とも助けられなかったかもしれないわ……ありがとうユキ」
座長に続き、アイナとアイリスに礼を言われ、ケレスやクルジュナにまで揉みくちゃにされる。
「座長……さっきも言いましたが俺は俺ができることをやっただけです。仲間じゃないですか」
アイナに背後から抱きしめられながら座長に改めてそう伝える。
座長はにっこりと微笑み、「そうだったね」と呟き、俯き何かを考え始めたのか黙り込んでしまう。
「……座長?」
「……みんな話がある」
座長が白髪混じりの頭をかきあげ、すっと立ち上がると背筋を正す。
アイナやケレス、クルジュナがピンと背筋を伸ばし、他のみんなも座長の方を向く。
「私は一度、みんなと離れようと思う」
「――えっ?」
「座長……どういう事ですか?」
「今回の事件……ユキにも話を聞いたのだが、いくつか気になることがある。死体が見つからなかったあの鎖男……」
あいつは「グノワールが協力してくれている」と言っていた。
奴は倒したと思ったのだが忽然と姿を消した。
「奴の背後にいる者たちが何をしようとしているのか……」
「でも神を呼び出すなんて、そんなことができるとは思えないんだけど……」
クルジュナが手を上げ立ち上がろうとするが、座長がそれを手で制する。
「……私もそのような事ができるとは思えない。だが奴らはそれを盲信し、若い命を奪い続けているのだ。放っておくことはできない」
「じゃあ私たちも!」
「アイナ、最終的には皆の力を借りるかもしれないが、まずは背後を調べるのが先だ」
誰が犯人で、どれぐらいの規模なのか。
そして誰が『神を降臨させる』なんて大それた事をやろうとしたのか。
(そして多分、俺はそのせいで……)
「私はまず国王の元へ戻り報告をした後、一度国に戻る」
「座長の出身ってどこなんですか?」
「……帝国だ。アイナたちも同郷だよ」
帝国……この王国と数年前に戦争をしていたという国。
座長はスパイ部隊としてこの国に潜り込んでいたという話だ。
(それがどうしてこの国のために働いているんだ……)
「それでユキ……私がいない間、この一座を君に任せたい」
「……はっ?」
一瞬、何を言われたのかわからなかった。
(座長がいない間に……俺が座長の代わりに……?)
「ユキ以外には出来ないだろう。君ならこの一座をもっと良くしてくれると思っている」
「えぇっ……と……そんないきなり言われても」
「不安か?」
「当たり前ですよ。座長が居てこそですよ……みんなだって……」
「私はユキがいいな」
「ユキなら大丈夫だよ〜」
「ちょ、ちょっと待って……俺まだ何も知らない……よ。みんなの事も、この一座のことも」
出会って二週間も経っていないのに、座長は何を考えているんだろうか。
他のみんなも口々に「大丈夫だ」と言ってくれるのはありがたいのだが……。
俺はまだこの世界のことも、こと一座のことも知らなさすぎる。
「ユキ、少し二人で話そうか」
悩む俺の肩をぽんぽんと叩き、ロビーへ行こうという座長と共に階段を上がっていった。
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