134話-手に入れた情報と皇帝の話

 昨日、執事の男性からクレスさんが書いた手紙を受け取ったリーチェは、穴が開くほど何度も何度も読み返していた。


 そこにはクレスさんが昔、本屋で出会ったリーチェの母であるリンデという女性との出会いから最後に会うまでの十年前までのことが書かれていた。

 当時、リーチェの母リンデは行商人のメンバーとして各地を移動していたそうでニ年に一度ぐらいのタイミングで顔を合わせていたそうだ。


 だがある時より姿を見なくなり、久しぶりに再開した時はまだ幼いリーチェを連れていた。

 その時、次は王国に向かうと言う話をしたのが最後の姿だそうだ。



「でも名前とお仕事がわかったね」

「うん。今度王国に戻ったら少し情報集めてみる。ユキもありがとう」

「俺まだ何もしてないから。でも引き続き俺も手伝うから」


「うんっ」


 帝国での仕事が終われば帰りに改めてクレスさんにお礼を伝える約束をし、俺たちはグリムスの街を後にすることにした。



 余談だがケレスはグリムス辺境伯が俺たちについてこようとするのを必死で押し留めるのに相当苦労していた。


「だって親父ったら私じゃなくてユキについて行くって言うんだよ?」


「それは……え? なんで?」

「ユキはこれからもっと強くなるから俺が育てるって」


 ケレスの父親からの心情が悪くなくて胸を撫で下ろした反面、次会う時は少しめんどくさそうだなと俺は苦笑いをするしかなかった。


――――――――――――――――――――


 グリムスの街の北にあるグリム山脈は標高が三千メートルほどの山々が連なった巨大な山脈だ。

 その先にある帝国の首都に向かうには二つのルートがあり、一つは東からぐるっと周る通常のルート。

 もう一つは山越えのルートである。


 山越といっても山頂まで登るというわけではなく、裾野から山の中腹あたりまで上り、なるべく低いルートを超えていく細い道が帝国まで繋がっているそうだ。


 だが、馬車も通行できない上に遭難の危険が高いことからこのルートを使うものは殆どいない。


「でも『転移』なら山越えの方が早いんだよな」


 馬を『部屋』へと繋ぎ、馬車は『収納』へと放り込んだ俺は今度はヴァルと共に山の方へ向かい『転移』を繰り返していた。




「……はぁっ、はぁっ……これだけ『転移』を繰り返すと……はぁっ、疲れるわね」


「辛かったら俺が一緒に飛ぶけど、大丈夫?」

「はぁっ……はぁ……と、とりあえずちょっと休憩すれば大丈夫……」


 まだ街を出てから一時間足らずでヴァルが山道にへたり込むが、それでも既にグリム山脈の裾野まで到着していた。




「ふぅ……それにしてもユキ、昨日ちらっと言ってたけれどあんた貴族になりたいの?」


 水を一口飲んで息を整えたヴァルから突然そんな質問が飛んでくる。




「貴族になりたいわけじゃないけど、その方が色々と融通が効くだろうし……うん、そんな感じ」


「ふぅん……アイナとケレスのため?」

「あとエイミーにクルジュナとリーチェとヴァルかな」


「そ、そっか」


 顔を真っ赤にして口元を腕で隠して俯いたヴァルから水筒を受け取り、俺も水を一口飲んでから『収納』へ放り込む。


 二人とも普段着の上から踝まであるロングコートを着ているのだが、それでも風か吹くたびに背筋が震えるほど寒さを感じる。




「それが正解かどうかわからないけれど、この世界でこの先どうやって生きていくにしても選択肢は多く選べる方が良いだろうし、そう考えると貴族になるのが一番楽そうだなって思っただけ」


「そうなったら私のことも囲ってくれるの?」


「囲うとか……その表現はどうなの」


「えー、わたしはそれぐらいの立ち位置がいいな〜ふらふらと遊んでいても怒られなさそうだし」


 確かにヴァルは今でこそ俺たちと一緒にいるが、長い間色んなところへ旅をするように移動していたと言っていた。


 まるでアルバイトをしながら世界旅行をするような感覚で数年過ごしてから、次の土地へという生き方を続けていたのだ。




「ま、まぁ……で、でも、ちゃんと、子供は産むから心配しないで」


「こっ、子ど……な、なにをいきなり……」


 唐突なセリフに自分の顔がカーッと熱くなるのがわかる。

 俺は顔が赤くなっていることに気づかれないように立ち上がり「そろそろ行くよ」とヴァルを立たせ、そびえ立つグリム山脈へ向かい『転移』したのだった。



――――――――――――――――――――


「ユキよ、山の方はどうだった? その様子を見るとかなり大変だったみたいだが」


「サイラス……?」


 グリム山脈の中腹を抜け、下り道に差し掛かったあたりで日が傾いてきたので『部屋』へと戻った俺を出迎えたのはサイラスだった。




「なんか、すごい寒かったっていうか、手先の感覚がなくなるの初めてだよ」


「はははっ、そりゃそうだろうな。あそこを越えるのは今も昔も命懸けだからな」


「これ転移系の魔技持ってない人には無理じゃない?」


「ん? まぁ、普通に歩くんじゃ十日はかかるしな……馬車も連れて行けないから兵士でもだいたい半分は死ぬらしいぞ。東側の谷越えの橋ができるまでは帝国は南北に分かれていたぐらいだからな」


 それでも半分は辿り着けるのかと考えながら外の様子を思い出す。


 空は晴天だったにもかかわらず身を刺すような寒さと雪に覆われた山道。

 山道というより登山道だが、それも細い崖を無理やり通れるようにした道ばかりだった。



 ヴァルは途中で我慢できなくなったらしく、風呂で凍りかけた髪と羽根を溶かしてくると早々に『部屋』へと戻ったのだった。


 

 ちなみにこのルートを進むことにしたのは単純に早いという理由だけだ。

 『転移』で見える範囲に飛べる術がないなら、絶対このルートは選ばない。

 いくら『収納』に荷物を詰めていても寝ている間に死にそうな寒さなのだ。



「それよりユキよ、帝都についてからだが予定は決めているのか?」


「んんー特に考えていないけれど……まずは皇帝に会ってあとはその話次第かなと思ってる」

「ふむ……まぁそうだろうな。この時期だとそんなに人混みもないだろうし宿も取れるだろう」


「取れなくてもここで寝れば問題ないしね」


 最初は使い道があるのかと思っていたこの『部屋』を作り出す魔技だが、気がつけばかなり役立っている。

 むしろこれのおかげで『荒野の星』としての移動がかなり、天と地ほど便利になったのだ。




「やるべきことは帝国内と国境付近の道化商会ジョクラトルの拿捕なんだし、さっと行って話をつけたらすぐ戻るんだぞ」


「珍しいねサイラスがそんな事を言うなんて」


 サイラスは基本的に裏方というか、平時は何も口を出さずに何かがあったときに全力で助けてくれるというイメージだった。



「ん? あぁ、ユキは聞いてないのか? アイナやケレスの話」


「あ……うん、なんか聞いたかも」


 確か皇帝ではなく、その息子やら姫やらがアレな感じだとアイナやケレスから聞いた記憶がある。




「アレはなぁ……喋らなければいい子なんだが……」


「サイラスは一緒に行ってくれる?」

「うん? まぁ、俺がいくしかないだろうな。アイリスも連れて行くといいと思うぞ」


 サイラスとアイリスも連れて行けと言うのも確かに言われていた。

 サイラスも帝国出身でアイナたちと戦争に参加していたので面識はあるのだろう。




「よかった。じゃぁアイリスにも聞いてみるね」

「アイリスか。まぁ他の連中のことを考えるとそれが一番マシだな」


 何かを言いたげだったのか、伝えようとしているような素振りなサイラスだったが、とりあえず話がまとまったということで俺は冷えた体を温めるため風呂へと向かったのだった。

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