135話-ナルヴィ皇帝

 帝国の皇帝――ルイス・ウィン・ナルヴィは、国民からの支持がとても高い。


 それはその巨大な身体とは裏腹に落ち着いた話し方に、状況を的確に判断することができるという性格によるところが大きい。


 つまり何事においても公平なのだ。

 もちろん政治的な判断が必要な場面や、国のために他国との問題が起こった時は自国のためになる事を優先するという国のトップとしては当たり前のこともできる。


 そういう意味で、彼は即位後二十年も経っているにもか変わらず国民からとても熱い信頼と支持を得ている。




(けど、これは予想していなかった)


 帝国の中枢である城の最上階にある皇帝の執務室で、俺は皇帝との謁見を許可された。

 ゴシック様式の建具や家具で統一された部屋の中央に置かれた巨大な向かい合わせのソファー。


 向かいに座る皇帝がいくら巨漢でも、ゆったりと座れるほどの巨大なソファーに埋もれるように座る。




「よく来てくれた『荒野の星』座長のユキとアイリスだね。長旅大変だっただろう。ナルヴィ帝国皇帝のルイス・ウィン・ナルヴィだ」


 落ち着いた物腰のセリフは、彼の見た目からは想像できないほど静かなものだった。

 俺はアイリスと二人で並んで座り、まずは国王から受け取った手紙を彼に渡す。


 一緒に謁見に行くと言っていたサイラスは「執務室に通されたら呼んでくれ」と直前になって無茶な注文をしてきたのだ。

 普通、国のトップに会うためには身分確認から荷物チェック、その目的などかなり細かく確認される。


 俺もここにくるまでに一時間以上掛かっておるのだ。

 皇帝に会ってからチェックを通っていない人間を増やすなんて事をした日には確実に罪に問われる。




(ほんとに予想外すぎる……)




 目の前に座る皇帝は、口髭こそ生えているがそれ以外のパーツがサイラスにそっくりなのだ。

 どれぐらい似ているかと言うと、一緒に入室したアイリスが彼を見た途端「えっ?」と声を出してしまうほどだった。


 あまり付き合いの長くない俺が見てもわかるほど、サイラスにそっくりな皇帝。

 親子というわけではなさそうなので、兄弟というところだろう。


 俺は皇帝に挨拶をして一言断りを入れてからサイラスを呼んでもいいかと恐る恐る尋ねると、皇帝はなにも躊躇することもなく「ぜひ頼む」と返事が返ってきたのだった。



――――――――――――――――――――


「兄上、お久しぶりでございます」

「あぁ、健勝で何よりだ」


 サイラスと皇帝がガッチリと握手を交わす。

 会話の通り、やはりサイラスは皇帝とは兄弟、しかも皇帝の兄らしい。

 いままでそんな話一切誰からも聞かなかったのだが、どうやらアイリスも初耳らしく先ほどからずっと目を白黒させたままだった。




「ユキには言ってなかったがな、要はこういうことだ」


 サイラスが笑いながらニヤリと口角を持ち上げる。

 彼はもともと王位に就く事なく、軍を率いていたらしいが王国との戦争が始まった時、事をなるべく早く終わらせるためにアイナやケレスと共に特殊部隊を作り、王国へ潜入したという流れらしい。



 そもそも戦争の発端はアイナの実家のある街が突然謎の部隊に襲撃され壊滅した事だそうだ。

 アイナや家族たちは城にいて無事だったそうだが、街の方は無惨にも破壊し尽くされたと座長にも聞いた事がある。


 二人でやたらと軽く話すのだが、当時の混乱は相当なものだっただろう。

 帝国の首都からさらに北にある大きな街が突然壊滅したのだ。

 王族自ら被害にあった貴族の娘と共に敵国に潜入とか、大胆すぎて言葉も出ない。


 普通に軍からの選抜なとかそういう流れかと思っていたが、そこにアイナやケレスが入っていた理由についてようやく納得できた。

 彼の立場があったからこその『嘆きの星』という名の特殊部隊が編成できたのだろう。




「それより兄上、此度の訪問は国王より連絡があった例の犯罪者組織の件ですな?」


「そうだ。詳しくはユキから聞いてくれ」


 手紙に目を通した皇帝に俺は改めて現状を口頭で説明し、帝国内にいる道化商会ジョクラトルの捜索と逮捕に、場合によっては処分の許可を頂く。


 皇帝はしばらく考えたのち「問題ない」と返事をくれたのだが、若干言い淀んだ雰囲気にサイラスが目ざとく切り込んだのだった。




「何かあったのか?」

「いえ、兄上。何かあったのかと言われれば良い方に……だな。もはやほとんど末端残党ぐらいしか残っていない可能性の方が高い」


「それは……誰かが専任で動いているということか?」

「ぁぁ。君たちもよく知っている人物だよ」


「まさかっ、座長?」


「そう。数ヶ月前に突然戻ってきたアーベルが国内の道化商会ジョクラトル狩りを続けた結果だな」




 俺は座長から『荒野の星』のことを任されたあの日のことを思い出す。

 まだ数ヶ月も経っていないのに、随分と昔のように思えてしまう。


 皇帝との謁見で座長の話が出るとは思っていたが、すでに動き出していたとは思わなかった。




「知っての通り、彼は転移系のスキルを使えるからね。目星さえつけば処理まではあっという間だよ」


「それで、座長は今どこに……?」


 目的が同じなら情報を共有した方が早い。

 俺も座長も、しかも今ならアイナやケレスまで『転移』が使えるため、みんなで動けばこの依頼はかなり早く解決できる。




「アーベルは……そうだな、おそらく今日の夕方には報告に戻ってくるはずだ。ユキも転移系のスキルを使えるのだろう? 夕方もう一度ここに来なさい」


「ありがとうございます。では夕方もう一度こちらへお邪魔いたします」




 だが、皇帝にお礼を伝えた後に皇帝と近況報告的な雑談をしているとき、不意に扉がノックされた。


――コンコン




 控えめだが「居るのは知っているぞ」というような力強いノック音に皇帝が誰何の声を出す。




「お父様、叔父様の声が聞こえました!」


 扉の外から聞こえて来る小さな女性の声を聞き、サイラスが慌てて『部屋』へと戻ると言い出す。

 俺は言われるがままサイラスを『部屋』へと送ったところで、我慢ならなかったのか扉が不意に開き一人の女性が飛び込んできたのだった。





「お父様っ!」

「こら! 来客中になんで失礼なことをーー」

「そんなことより……あれ? 叔父様は?」


 金髪の髪をドリルのようにカールさせた絵に描いたような「ザ、お姫様」というような少女。

 本当に親娘かと疑ってしまいそうになるほどの整った顔立ちと、ケレスに負けないほどの立派なものをお持ちだった。


 これがアイナやケレスが警戒していた噂の姫様かと一瞬で理解した。




「だから居ないと言っておるだろう。ユキ殿、失礼いたしました。こちら私の娘ヘーゼルでございます」


 突然話を振られ、俺も慌てて立ち上がり自己紹介をして隣のアイリスを紹介する。




「ヘーゼルと申します。よろしくお願いいたします。まさかアーベル様がご指名されたと聞いておりました時期座長が貴方のようなお若く素敵な方だとは思いませんでした。ぜひ一度色々とお話をお聞かせ願えませんか?」


 色々とアレな子だと聞いていたので身構えたまま、なるべく他人行儀に挨拶をしたのだが戻ってきた返事はかなり常識的な――普通の返事だった。


 あまり城から出ないというヘーゼル様は、旅芸人や行商人から外の世界の話を聞くのが好きだという。

 身分や立場のせいで外に出られないというのはどんな感じなのか、考えてただけで少し悲しくなる。



 曲がりなりにも会ったばかりで父親も目の前にいるのだから、雑談程度に『荒野の星』の様子を話して聞かせることぐらい簡単なことだ。




「それぐらいでしたらお安い御用で――「やった! じゃあ行きましょう!」――えっ?」


 ヘーゼル様が突然俺の肩をポンとたたいたかと思うと、すぐに視界が真っ暗になり身体が浮遊する感覚に包まれた。


(――転移系!? やばいっ)


 脳内で状況は理解したがそれだけだった。

 俺はすぐにどこかの空間に放り出されたと思ったら、小さな部屋のベッドの上にボスンと着地したのだった。

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