136話-噂のアレな姫は予想以上にアレだった

「え……なにここ?」


 皇帝の娘、ヘーゼル様に突然転移系の魔技と思われる術で飛ばされた先は小さな女の子らしい部屋だった。

 中央に天蓋付きのベッドがあり、ふわふわの布団が俺の身を包んでいるのがすぐに理解できた。


 帝国の姫のものだと思うとかなり小さな6畳程度の部屋だが、俺が口からついこぼれた疑問の原因はそれではない。




「この部屋、窓も扉もない……」


 シャンデリアが煌々と照らす室内は、四方が石壁に囲まれていたのだ。

 窓がない部屋ならまだ理解できる。


 だがこの部屋には人が出入りできるような扉すらないのだ。

 一瞬本棚の裏とかに隠し扉でもあるのかと思ったが、壁沿いには家具や調度品の類は一切見当たらない。


「転移系の……ヘーゼル様しか入れない部屋……なのか」



 そう考えた方が早そうだ。

 俺やアイナ、ケレスは普段からポンポンと『転移』を使っているが、そもそもこんな便利な魔技を使える人間は座長以外には聞いた事がない。


 存在は知られているので他にもいないこともないのだろうが、他に使えるという人間を聞いた事がないほどレアな魔技なのだ。

 逆に考えればこの部屋はヘーゼル姫が狙われた時などにはもってこいの隠し部屋だろう。


 何しろ部屋の位置を特定して壁を掘り抜くしか到達する術がないのだ。

 転移系の魔技を使えるからこそなせる方法なのだが……。




「捕まる側からすればどうしようもないなこれは」


 先ほどから『転移』を発動させようとしているのだが、一向に使える気がしない。

 おそらく他人の魔技を封じるための何かが設置されているのだろう。


 初手で皇帝への客を攫うような真似をしたヘーゼル様だが、一応は王族だ。

 突然殺されたりする心配がない分、命の危険は考えなくてもいいのだが、別のことが心配になって来る。




「……やばい、アイナたちに知られたらあいつら何するかわかったもんじゃない」


「……アイナって、あのアイナですよね?」


 独り言のように呟いた俺に、反応する声に驚きバッとベッドサイドを振り向くと腰に手を当てたヘーゼル様が仁王立ちしていた。

 眉を少し釣り上げムッとした表情を見せているヘーゼル様だが、たしかにアイナから聞いたように黙っていれば可愛いのだろう。




「アノというのが、どれを指すのかわかりませんが、ここはどこですか?」

「アノも何も貴方の『荒野の星』にいるでしょう?」


 口調は丁寧なのに、傍若無人という感じが全身から滲み出ているヘーゼル様だが、これでかなり有能な人物だとも聞いている。

 聞いているが、それとこれとは別なのだ。



「……それよりこれはどういう事でしょうか?」


 俺もやられっぱなしなのは癪に触るので、少し硬い口調で質問に質問で返して反応を伺う。




「…………まぁいいわ。ここは私の隠し部屋よ。私のお願いを聞いてくれればすぐに元に戻してあげます」




 完全に俺の偏見だがこういう感じの人は、一方的に喚き立てたりして無理やり自分の我を通そうとするものだと思っていたが意外にも乗ってこなかった。

 いくら性格がアレと言われていてもそこはやはり王族、一定の線引きはあるのだろうか。


 ここは大人しく相手の出方を伺いつつ穏便に終わらせる作戦へと切り替えよう。



「なんでしょうか。私で対応できるものならおっしゃってください」


 ただ、それもあまり時間は取れないだろう。

 アイリスがあの後すぐに『部屋』へと戻りこのことをアイナやケレスに伝えてしまうと、家探しをする勢いであの二人は突撃して来る気がする。


 そうなればもう後は「勝手に殴りあっていて」と言いたくなる状況になってしまうが目に見えているのだ。




「アイナ……さん……は、お元気ですか?」

「…………え? あ、はい、毎日元気ですよ」


「そ、そうですか……ってそうじゃなくて!」

「えぇ……」



 普通に答えただけなのにいきなりキレ気味な態度に豹変するヘーゼル様。

 


(……アイナ「さん」?)



「あの、アイナおねぇさ……アイナさんは……その、帝国に戻りたいとかそういう話は……」


「聞いた事はありませんね……むしろ家に戻りたくなさそうでしたけれど」



「うう……やっぱり……うぅ……やはりアールト公爵と兄上を追放するのが先か……」


 本人は無意識かもしれないが、小さな唇からこぼれた呟きははっきりと俺の耳へ届いてしまった。

 このヘーゼル様の兄がどういう人物かは知らないが、そちらは皇帝がアイナやケレスに縁談を持ちかけては断られるを繰り返しているという話も聞いた。



(まぁ、それは普通のことか。皇帝としても自国の公爵や辺境伯の娘だもんな……婚約相手としては普通なんだろうけど)


 だが、目の前のコレはどうしたものだろうか。

 先ほどから自分の親指の爪をかじりながら「ぐぬぬ」という感じで唸り続けているのだ。


 てっきり俺としては男に手当たり次第手を出す感じだから気をつけろと言われたのかと思っていた。

 いや、むしろそのつもりでアイナは俺に注意していた。


 だが、このヘーゼル様の言動から彼女の狙いは俺ではなくアイナなんじゃないかと考え始めてしまう。

 そして一度そう考え始めると、そうとしか思えなくなってくる。



「あの、そろそろ帰りたいんですが……連れも待たせていますし」

「待ちなさい! 貴方私を誰だと思ってるのっ?」



「ヘーゼル様? 私、戻ったら『荒野の星』のみんなに城であったことを報告するのですが……よろしいのですか?」

「――!? だっ、だめっ、あっ、待ってください。すいません、もう少し話を聞かせてください」

「えぇっ!?」



 脅すつもりはあまりなかったが、素直すぎる反応に若干申し訳ない気持ちになる。

 しかし穏便にここから戻るならこの方向性に話を持っていくのが一番手っ取り早いかもしれない。




「……わかりました。私に答えられる範囲でしかお伝えできませんよ?」


「ありがとう……ございます! あっ、あと大変申し訳ないのですがここのことは他の方には言わないでください……む、無論タダとは言いませんっ! わ、私で叶えられる範囲なら口止め料を払いますから!」


 なんだこの子……。

 正直な感想がそれだった。


 ぐいぐい来るタイプには押し返せとはよく聞くが、こんなにあっさりとポッキリ折れると流石にわざとだろうと思うのだが、ヘーゼル様の目尻には薄らと光るものが浮かんでいた。




(これじゃぁ俺が虐めてるみたいじゃないか……俺被害者だよ……)


「はぁ〜。誰にも言いませんから早く質問してください」


「あ、ありがとうございます。あっ、アイナおねぇさ……アイナさんの様子とか聞きたい……です。聞かせてくださいっ! お願いしますっ!」

「えぇ……えぇ〜…………」



 きちんと話すと伝えたはずなのに、何度もアイナの事を「アイナお姉様」と呼びかけているヘーゼル様が突然土下座をし始めた。


 床に膝をつき、両手も床にピッタリと付ける。

 そして手の甲の間に額を擦り付け、なかなか綺麗な土下座だった。


 膝を曲げていないのでお尻が持ち上がった状態になっており、アレでは反対側から下着が丸見えになっているだろう。

 だがそんなことはお構いなくと言わんばかりの土下座体制のまま「お願いします」と繰り返す。


 アイナの普段の様子を知りたいというだけでこの態度。

 しかもちゃんと教えると言っているにもかかわらずだ。


 俺がアイナと一緒に寝た事があるとか伝えた日にはヘーゼル様はきっと壁の中に自分を転移させて死ぬんじゃないだろうか。


 俺は今までで一番大きなため息を吐き、どうなってどこまでの情報を伝えようかと頭を悩ませるのだった。

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