112話-間一髪
魔法の力を強制的に抑え込む鎖にぐるぐる撒きにされた俺は、上空数百メートルの高さから重力に逆らうこともできず頭を下にして落下していく。
(くそっ――っ!)
内心で毒づくもこの段になって俺にできることは何もない。
ただ、これから身体を襲う衝撃を想像しながら、アイナたち仲間に対して心の中で謝ることだけだった。
ちらりと上空をみれば空に佇んだままのカイルの姿が見えたが、その視線は放り投げて絶賛落下中の俺を見ることもなく街があろう方向を凝視しているのがわかった。
だが、いよいよ地面が近づいてきた俺にとって、その理由を考える余裕も時間も残されておらず魔力が封じられた個人の力云々ではもはやどうすることもできなかった。
…………ぁぁぁぁぁぁ――――
地面が近づくにつれ耳に届き出した唸り声のような音。
ごうごうという風切り音より、その低い唸り声のような音が徐々に大きく聞こえてくる。
あと数秒で地面に衝突するという時に視界の端に真っ黒な巨大な塊が映り、その唸り声のような音が巨大な魔獣の声だと気づいた。
数百メートルも先に見えた巨大な魔獣は一直線に俺の落下地点を目指しているのか、ありえない速度でこちらへ向かって疾走していた。
なんとかアレの上に着地できないかと飛びそうになる意識を繋ぎ止め、身体をなんとか回転させ少しでも横向きになろうともがきはじめる。
だが、その瞬間あり得ないことが起きた。
ただでさえあり得ない速度で疾走していた真っ黒な獣が更にに加速したように見えた瞬間、後ろ足で大地を蹴り上げ巨体を空中へと踊らせたのだった。
(なんだぁぁっっ!?)
そしてあろうことか、その口を大きく開けたまま俺の方へ向け飛びかかってくるのがわかった。
地面にぶつかるのが先か、魔獣の餌になるのが先からというタイミングだったが、どうやら地面にはぶつからず鋭く尖った牙の餌食になるようだ。
「ぐっ――っ!」
俺が魔獣の存在に気づき、目の前に巨大な口を開けた魔獣が迫り、その下顎が俺の体を咥え込むまでは実際はほんの数秒だっただろう。
なんとか横になった身体を上下から押さえ込まれる感触襲ってきて全身から冷や汗が噴き出す。
不思議なのは、飛び上がった魔獣が着地した衝撃を全く感じなかった事ぐらいだろうか。
だがそれも、すでに俺の体が二つ三つに食いちぎられ感覚が麻痺しているのだろうと勝手に結論づけたのだった。
――――――――――――――――――――
死ぬ時って意外と痛みを感じないんだなと考えていたら、全身に鈍い衝撃を感じて慌てて閉じかけていた目を無理矢理に開かせる。
どうやら俺を加えた魔獣が口を開き地面に落とされたと理解したのだが、魔獣の口に咥えられてから数秒も経っていない。
視線の先にぼんやりと映る魔獣の姿は月明かりの逆光でよく見えないが明らかに数十メートルを超える体躯であることだけは理解できた。
その魔獣は地面に頭をなるべく近づけ顎を開いて俺を落としたらしい。
「…………っ」
俺のことをじっと見つめてくる巨大な猫のような瞳を持つ魔樹。
落下で死ぬ運命からは逃れられたが、依然俺の命は風前の灯だということはかわらない。
だが眼前の巨大な魔獣のもつ猫のような澄んだ瞳を見つめていると吸い込まれるような気持ちになってくる。
「…………アイナ?」
なぜそう思ったのかは分からないが、巨大な魔獣の瞳を見つめていると自然とその名前が口から出ていた。
その魔獣は瞳孔を細め、俺の顔をぺろっと舐めてくる。
「やっぱり……アイナだよね」
なぜそう思ったのかはわからない。
アイナとは似ても似つかない巨大な魔獣の姿。
猫をそのまま数十倍に引き伸ばしたような姿で、背後には二本の尻尾が揺れ動いていた。
だが、この魔獣はアイナだと俺の頭は自然と認識してしまった。
だが俺がもう一度アイナの名を呼ぼうと口を開きかけたとき、ジャラジャラと金属がこすれ合う耳障りな音と共にどす黒い鎖が雨のように降り注いできたのだった。
――――――――――――――――――――
上空から雨のように降ってきた鎖をアイナは横に飛び退いて躱すと、俺の目の前に数十本の鎖が突き刺さる。
身体に触れると魔力を使えなくなる魔封の鎖。
その数十本の鎖がジャラジャラと上へと持ち上がり、数メートル上がった所から今度は俺をめがけて再び降り注いできた。
「――っ!!」
すでに全身を鎖でぐるぐる巻になっている俺は、迫りくる鎖を地面に転がって躱す。
だが、それも最初の二本を避けただけで三本目の鎖が俺を追いかけるように向きを変え襲いかかってくる。
「■■■■■――――!!」
カイルの鎖が俺を貫きそうになる寸前、アイナが俺に覆いかぶさるようにのしかかってくる。
「アイナっ!」
アイナの身体を鎖があっさり貫き、俺の身体にアイナから流れ出た血が容赦なく溢れ落ちてくる。
「ユキ様っ!」
「ツ、ツクモ!?」
いつの間にそこにいたのか、俺のすぐ隣に立ち覗き込んでいたのは狐耳幼女のツクモのなのだが、その身体がなぜかうっすらと透けていたのだった。
「そのままお待ち下さい――『
ツクモの使った魔技か魔法か分からないが、視認できるほど濃厚な風の塊が俺の体に巻きついていた鎖をあっさり破壊する。
「助かった! アイナ回復を!」
鎖の呪縛が解けた俺はすぐに回復魔法でアイナの傷を癒やす。
そしてツクモと共にアイナの身体の下から出て空を仰ぎ見ると、こちらに手をかざしたカイルの姿がすぐ上に見えた。
俺を落としたところから降りてきたらしい。
あの男の鎖の魔技は、散弾のような範囲をとんでもない貫通力を持っている。
アイナの……なぜこんな巨大な猫の姿なのか判らないが、こんな大きな身体をもあっさりと貫く威力。
俺が当たれば粉々に砕け散るだろうし、あの男はもはやそれをするつもりなのだろう。
ゆっくりと掌を俺の方に向けたカイルの姿を見ながら、俺は身体強化を使い幻影を出してアイナやツクモを守るように一歩前へと踏み出した。
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