129話-釣り糸

「ほんとに綺麗になった……あとはこのご遺体は処理しまっても良いと思うけど、他の兵士の人たちが困るかな」


 素行不良の兵士が突然行方不明になることも珍しくはないので、適当に埋めておこうと思う。

 俺がコピーした魔技をみんなが練習しているように、実は俺もヴァルから教えてもらった魔術を練習している。


 ヴァルのようにその血液から記憶を読み取ったりはできないが、動かしたりすることはできるようになった。

 今回は対象が血液だが、要は液体操作の魔術だそうだ。


 男たちの飛び散った血液やら体液を綺麗にして、念の為室内を色々と捜索すると床下から数々の人骨を発見してしまう。




「……一応、気が進まないけれどちょっとケレスに確認しようか」

「え……? どうしてケレス?」




 リーチェは不思議そうな顔で聞き返してくるので気づいていないのだろう。

 もしくは俺が間違えている可能性もあるけれど。



「この街の名前、グリムスってケレスの家名と同じだから関係あるんじゃないかなって思って」

「そうなの!?」


「関係ないかもしれないけれど、一応声だけかけてみようか」

「はーい。じゃあ『部屋』まで飛ぶね」




 俺はリーチェと共に『部屋』へと向かうと、まずふ奥の練習場に向かいケレスを探すことにした。


「昼間は大体ここで身体を動かしているから居ると思う……あれっ!?」


 俺は廊下を歩きながらリビングを通らずに練習場への扉を開いたのだが、その扉の先は先日見た時よりもさらに広くなっており、奥の壁の方が若干霞んでいる。





「なに……これ……」

「わー……広すぎる……上もすごい」


 相変わらず真っ白な空間だが所々に土が盛られており小さい苗木が植えられている。




「あ、ユキとリーチェおかえりなさい」

「っと、エイミー、ただいま。ここ凄いことになってるね」


 扉のすぐ隣、壁際に設けられた花壇の手入れをしていたのかエイミーが厚手のエプロンに熊手のようなものを持ってしゃがんでいた。


「ケレスって何処かにいる?」

「居ると思う……これ押してみて?」

「なにこれ……」


 エイミーが指差す壁には二つのボタンのようなものが設置されていた。

 まるでミサイルでも発射されそうな黄色と赤色のボタン。




「シェリーが作ってくれたんだ。それを押すと天井のランプが光るんだって。ヴァルが取り付けてくれたの」



「なるほど……呼び出し的な」

「赤色は緊急用で凄い音もなるから急ぎじゃないなら黄色で良いって言ってた」


 壁に設置された黄色のボタンへ手を伸ばし、ゆっくりと力を入れて押し込む。

 爆発なんてしないよなと思いながら押したが、そういうオチもギャグ的なことも起こらず天井のほうで黄色いパトライトのようなものが光り始めた。




「光ってる」

「光ってるね……あ、ケレスとアイナだ」


 見ると奥の方から凄い勢いで走ってくる二人の姿が見えた。



「早いな……アイナも凄いけど、ケレスと身体強化の相性もすごいんだな」



 見る見るうちに豆粒程度の二人の姿がはっきりと見える距離へと近づき一分ちょいで俺の目の前までたどり着いた。




「はぁっ、はぁっ……アイナ早いね……やっぱり。あ、ユキおかえりなさい! どうしたの?」


「ふぅ……ケレスもすごいよ、危うく抜かれるところだった。ユキもリーチェもおかえりー」




「えっと二人ともお疲れ様。ケレスに相談というか確認というか、聞きたいことがあるんだけど」

「んと、もしかしなくても街のこと?」


 ある程度予測していたのかケレスがすぐに聞き返してきたのだが、相談事としてはケレスの斜め上を行っていたようだ。


 俺とリーチェが遭遇した兵士のことを言うと、危うく飛び出していきそうになったケレスを止めて、落ち着かせる。




 元々とグリムスの街だとケレスの顔が割れているのでなるべく外には出ないと言う事になっているのだ。

 今、起こったケレスが領主館に突撃されると、そのまま返してもらえないかもしれない。


「でもあのクソ親父は一発殴らなきゃ気が済まないわ。どういう兵士の教育してるのよ……よりによってユキを狙うだなんて」

「あの……私もなんだけど」


「あ、ごめんリーチェ」

「ケレスが謝ることないよー。それに私もやり返しちゃったし」


「それでその兵士は?」

「首と胴が分かれて詰所に」


「そ、そう……」


 やっぱり殺すのは不味かったかなと思ったが、そう言う行為を働いた兵士はどうせ死罪でケレスも一応貴族として裁きを下す権利を持っているから問題ないそうだ。




「実際手を出されているんだし、他の被害者の証拠もあったなら問題ないわよ。相手が弱すぎたってだけで」


 そう言うもんかと思いながら、あの元兵士だったモノはどうにかする必要がある。




「ユキ様、私が行ってきます」

「ツクモ?」


 ヴァルの影からツクモが姿を表したのだが、いつの間に居てたのか全然気づかなかった。




「ほら、こんな見た目ですし、帝国内では傭兵として戦っていたこともありますので、実力もそれなりにわかる人には分かります。ユキ様が説明するよりも手早いかと」

「隊長、それならもう証拠隠滅して行方不明にしてもらった方が早くない?」


「ま、まぁ素行不良の兵士ならそれもアリじゃが……ともかくこの件は私にお任せください。適当に対応しておきます。ユキ様は予定通り街の方へ」

「わかった。じゃあ後処理はツクモにお願いするよ」




 ほんと命の価値が低いと言うか、人に害をなす悪人の人権が無い等しい世界だなと思う。

 とりあえず今回はツクモに後処理を任せ、リーチェを『部屋』へと残してグリムスの街へと向かうことにしたのだった。


――――――――――――――――――――




「とはいえ、特に街中でやらなきゃならないことは無いし、道化商会ジョクラトルの拠点の位置を確認しておくだけなんだよな」


 この辺りにいる道化商会ジョクラトルの拠点を調べて潰してというのも現行犯でない限り、帝国の兵士に一度引き渡さねばならない。

 しかも領主がいる街の場合はその領主に引き渡さなければならず、非常に面倒なのだ。


 当社の予定通り、拠点だけ確認して帝都に向かい国王から預かった手紙を渡して国内での行動に許可をもらうのが先。

 俺はそんなことを考えながら、街中をぶらぶらと歩く。




「ケレスの家……か」


 テレビで見たドイツのような美しい街並みが続くグリムス。

 針葉樹と石造りの家のコントラスト。通り沿いに並ぶバーのようなお店と、楽しそうに昼間っから酒を飲んでいる人たち。




「平和だなぁ……」


 キョロキョロとしながら、ツクモから頂いた住所の建物を探し歩き回る。




「…………こっちか?」


 右へ左へと入り組んだ道を歩くこと一時間。

 そろそろ足も疲れてきたあたりで目的の建物が見つかった。


(……宿屋だよな)


 そこはどう見ても一軒の宿なのだが、たしかに雰囲気は怪しい。

 表の扉こそ綺麗なのだが窓ガラスは掃除された形跡がなく、柄の悪そうな男が出てくるのが見えた。


 見ただけで判断するのは良く無いが、三階建てらしい宿の部屋には全てカーテンが閉められていた。

 念のため裏口に回ってみると、薄暗い路地に似合わない大きな裏口の扉が設けられているのがわかった。




「…………『千里眼』」


 建物の中を確認してみると、宿では無いことは明らかだった。

 魔技で見ることのできた部屋だけでも、すでにおかしい。


 四人用らしい部屋の窓には鉄格子。室内には書類が散乱しており、人の姿はない。

 入り口のロビーにはカウンターも見えたが、そこにいたのは明らかに堅気ではない風貌の男。

 



「まぁ多分黒なんだけど…………」


 カウンターで酒瓶を片手に本を読んでいた男を鑑定してみると、やはり道化商会ジョクラトルに所属していることがわかった。


「じゃあ……仕掛けを――『不可視の釣糸ピスカティオ』」



 この魔技は言ってみればマーカーだ。

 どんなに離れていても、攻撃系の魔技や魔法をこの場所へと飛ばすことができるという便利なものだ。



 持続時間は特になく、五個まで設置が可能。

 設置したものは自分の意思で解除もできる。





 建物全体を包み込むように魔技を設置した俺は、そのまま次に指定された酒場も確認したのだが、こちらもやはり入り口は固く閉ざされており営業しているような雰囲気は見受けられない。

 にもかかわらず、店内には何人かの男が屯しているのが見えた。


「ここも黒」


 鑑定の結果に店内の男が全て道化商会ジョクラトル所属ということが表示されたので、先ほどの宿屋と同じように『不可視の釣糸ピスカティオ』を設置してその場を離れたのだった。


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