022話-大成功
「みなさん、本日はありがとうございましたー! 今日は全員が小箱を手に並んでおります! ぜひ『これからも応援するよ!』という団員にお心付をよろしくお願いしますっ!」
俺の最後の挨拶に、観客たちが一斉に拍手をして舞台前に並ぶ団員たちの前に行列を作る。
先日は大きな箱を一つだけ置いておひねりを入れてもらっていた。
それを今回は試しに全員に募金箱のように持って立ってもらったのだ。
結果、何度も列に並び直す人や、全員の列に並んでいく人たちで大混雑してしまった。
俺は慌てて広場まで向かい、お客さんに呼びかけながら列整理を行嬉しいハメになってしまった。
結局お客さん全員が帰ったのはそれから随分と経ってからだった。
――――――――――――――――――――
「いやーユキ、お疲れ様!」
「おつかれー! ユキすっごいね!」
「今日はいつもより観客が多かった」
「最後、ユキは何で箱を持ってないんだと詰め寄られたぞ」
「あ、私も言われた」
サイラスの列がなにやらざわざわしていた時があったのだが、そんなことになっていたのか。
「ほら、みんな撤収準備だよ」
「はーい! お代は私がはいつもの箱にまとめまーす」
リーチェが全員から小箱を回収し、昨日まで使っていた箱へザラーっと入れ始めるのを横目に、俺はアイナたちと片付けを手伝い始めた。
「ユキ……空き箱ない?」
「え?」
袖をクイッと引っ張られて振り返ると耳をぴょんと立てたリーチェ。
「どうしたの?」
「入りきらない……」
「まじ……? 座長! 何か空き箱ありますか?」
俺は座長に大きい目の木箱を借りてリーチェの隣へ行き、小銭の山を箱に移すのを手伝うことにした。
じゃらじゃらと次々に小箱からこぼれ落ちてくる硬貨を溢さないように大きな箱へ移す。
「はー……すっごい……」
「昨日より多いね」
「っていうより、こんなに多いの見たことないや」
結果昨日、八分目ぐらいまで入っていた箱が今回は満タンになり、座長に借りてきた同じようなサイズの箱も、半分くらいまで硬貨がたっぷりだった。
「ユキの作戦が大成功したみたいだね」
「座長、ありがとうございます」
「ユキ! 今日はありがとうね!」
腕に飛びついてきたアイナが、俺の頬に口づけをしてきた。
尻尾をブンブンと振って凄くテンションが高い。
「あ、アイナ!?」
「お礼! 明日もがんばろうね!」
「むーアイナ……!」
「エイミー……見られちゃったか。ほら、エイミーも」
「えっ? ええっ、わ、私はいいよ! ユキに悪いし」
「ほらみんな、今日は一つ伝えることがある」
アイナとエイミーと会話を遮り、座長が手を上げる。
「今夜は東町に宿を取ったんだ。折角だからゆっくりしようじゃないか」
「えっ? ほんと? わー! やったー!」
「もしかして前のところですか?」
「ケレス、東町ってなに?」
東町とやらに泊まるらしいが、アイナがとエイミー、サイラスまでテンションが上がっている。
俺は隣に居てたケレスに聞いてみたのだが「お楽しみよ」とはぐらかされてしまった。
「ケレス……普通に誰かの口からバラされると思うんだけど」
「それもそーね。えっと東地区……東町の真ん中に大きな温泉があるのよ」
「温泉!? お風呂だよね」
「そーよー。何人も一緒に入れるお風呂よー! あ、でも残念だけど男女は別なんだけどいい?」
「普通そうじゃないの……しかもどうしてそれを心配されてるの俺」
ケレスもそうだが、最近俺のポジションがよくわからないことになっている。
最初はエイミーやアイナは弟に察するような感じで色々と世話を焼いてくれていたが、最近では新しいおもちゃのようにおちょくられることが多い。
(皆からすれば一番年下だしなぁ……)
「ほら、ユキも移動するよ。一度宿に戻ってアイリスたちに声をかけてから出発だ」
全員が馬車に乗り込むと、太陽が傾いて影が長くなってきている広場を横切り、宿に向かってゆっくりと馬車を走らせたのだった。
――――――――――――――――――――
東町とやらは、今まで泊まっていた宿から馬車でゆっくり走って三十分ほどの場所だった。
街の雰囲気はあまり変わらないが、大きな道のあちこちから湯気が立ち上っているのが見える。
「硫黄の匂い……温泉って感じがしますね」
「硫黄……というのは温泉の匂いの名前なのかね?」
「あっ、と、そうですね。温泉のこの匂いは、温泉に含まれている物質の匂いなんです」
「なるほど。今までお湯の匂いだと思っていたよ」
「ガスなのでお湯と一緒に吹き出る……と習った気がします」
「ガス……とは?」
結局俺は御者台で温泉のことからガスのことまでなるべくわかりやすく座長に教える羽目になった。
そしてそうこうしているうちに一軒の建物の前に馬車が止まる。
今朝まで泊まっていた宿より少し豪華そうなレンガ造りの建物だった。
先に座長が降りて宿へと入っていくのを見送り、馬車を宿の隣にある馬車止めに置く。
そして全員で馬車から降りて馬をつなぐと、ゾロゾロと宿屋へと向かった。
――――――――――――――――――――
カラカラと引き戸を開くと、先にカウンターでお金を払っていた座長が部屋の鍵を手に待っていた。
俺はロビーをキョロキョロと見回す。
この宿屋も素朴な作りだが清潔で人気がありそうな雰囲気がする。
「二人部屋は私とサイラスで泊まるのだが、エイミーはユキと同じ部屋でもいいかな?」
「はい、もちろんですよ!」
どうやら今回はちゃんと部屋があるらしいが、俺は自動的に女の子部屋だそうだ。
「残りは五人部屋が二つだから、他のみんなの部屋割りはいつもどおり頼む」
「…………」
「…………」
座長が自分たちの鍵をサイラスへと渡し、もう一つ鍵を差し出すのだが誰も鍵を受け取ろうとしない。
(…………これは)
円陣を組むアイリスと、アイナ、ケレス、クルジュナまでもが視線をばちばちと交差させているのが目に見えるようだった。
ハンナとヘレスはアイリスの後ろに回り、アイリスの両腕に抱きついていた。
「とりあえず私とサイラスは部屋に戻るから、エイミー預かっておいてくれるか」
「は、はい、預かりますね」
「あ、あのみんな…………?」
「クルジュナはユキと別の方が寝れるでしょ?」
「そ、そんなこと……ないわよ? たまには……一緒に……寝たいかも……とか……」
アイナのセリフにクルジュナからまさかの一緒に寝たい宣言。
「リーチェは?」
「わ、わたしはエイミーと一緒がいいなって……思って……」
結局誰も鍵を受け取ろうとしないので、俺が受け取ってしまおうかと思い手をあげようとしたところで、珍しく静かだったケレスが口を開いた。
「アイナ、クルジュナ……忘れてない?」
何のことだろうと思ったのだが、アイナがハッとした表情になりエイミーからあっさりと鍵を受け取った。
「じゃあ、まず部屋に荷物置いて温泉だね!」
アイナが元気いっぱいに尻尾をふりふりとさせながら階段を上がっていく。
(……なんだ?)
いつものアイナなら、最後までぎゃーぎゃーと言い争いそうなものなのだが、あっさりと引き下がったのに違和感を覚える。
だがアイナのことだし考えても仕方ないと、二階に上がっていくエイミーの後を追い俺も二階へと上がった。
木の板と漆喰のようなもので塗装された綺麗で明るい階段を上がり、直ぐ正面に廊下。
その一番突き当たりの向かい合った二部屋が今回泊まる部屋のようだ。
「ユキ、ここよ」
エイミーが鍵を開け扉を開いて手招きしている。
向かい側の扉からアイナが顔を出して「いつ遊びにきてもいいからね」といつもの笑みを浮かべていた。
(……気にし過ぎかな)
俺はアイナに手を振り、エイミーの後について木の扉を潜って部屋へと入った。
「おー……思ったより広い」
二段ベッドかと思ったのだが、壁沿いにベットが五つ並んでいる珍しい部屋だった。
普通は偶数だろうと思うのだが、エイミー曰く三人部屋とか五人部屋も結構あるらしい。
「こ、ここかー……広いね」
「ほんと、わたし温泉初めてだから楽しみ」
俺の後ろから入ってきたのはリーチェの他は意外にもハンナとヘレスだった。
「あれ……ケレスは?」
「えーユキってばケレスがよかった?」
「いや、そうじゃないんだけど……なんか珍しいなって」
ここ数日の付き合いしかないが、ケレスもこういうとき簡単に引き下がらない気がしたのだが、気にしすぎだろうか。
リーチェが唇に指を当て「ん~」と考える素振りをしながら耳をピクピクと動かす。
(ケレスもその場のノリで生きているような性格だし……深く考えるのはよそう)
「アイナもケレスも気分屋だからね~アイリスはわからないけれど」
結局リーチェとしてもそういう結論らしい。
「ユキ、ベッドどこがいい? 私ここがいいから、ユキは隣のこっちでいい?」
一番入口近くのベッド、エイミーがゴロンと転がっており、隣のベッドをポンポンと叩いていた。
「えっと……俺壁際のほうがいいんじゃない?」
「じゃぁ私真ん中~」
一応気を使ったのだがリーチェが俺の反対隣のベッドへとダイブし、ボフッと着地した。
ヘレスはリーチェの隣で、ハンナは窓際のベッドに腰掛ける。
「なんだか珍しいメンバーだよね……」
「たまにあるけどね~気分転換ってやつ?」
エイミーとアイナはいつも一緒に居るところをよく見るし、ケレスはしょっちゅうアイリスとハンナ、ヘレスとワイワイやっている事が多い。
特にハンナとヘレスがアイリスと離れ離れというのが珍しい。
「それより、ユキお風呂いこっ!」
「おっふろ~おっふろ~」
この宿にもお風呂はあるそうなのだが、せっかくなので全員で大衆浴場へ行くことになっていたのを思い出した。
エイミーやリーチェがカバンから着替えを取り出し始め、ベッドの上に寝間着や下着が並べられていくのをチラチラと目で追ってしまう。
(男として気にされていないのはちょっとショックだけど……それより久しぶりの風呂! しかも温泉!)
だが俺は久しぶりの温泉に妙にテンションが上っていた。
ハンナとヘレスも大きい風呂は入ったこと無いらしく、さっきからソワソワとしていた。
「ハンナ、温泉入ったことある?」
「私は初めてよ~楽しみだよね!」
「だよね~。ユキは入ったことありそうな言い方だったわよねさっき」
「ここじゃないけど、昔入ったことあるよ。身体……というか肌や怪我に効くから時間があれば入ってた」
「へぇ、肌に効くってどういう意味?」
その言葉に、ハンナとヘレスに加えエイミーとリーチェも身を乗り出してくる。
「えっと……温泉って地面から湧いてくるお湯なんだけど、そのときに……」
俺は効能というものをなるべくわかりやすく説明しながら、着替えの服とタオルを持ってロビーへと向かったのだった。
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