109話-幻影が消える
ロマリの中心部から西へ進み、その一番奥に存在している区画。
入り口の門から続く大通りの突き当たりにあるその区画は、貴族街と呼ばれていた。
だがこの辺りは常時貴族が住んでいる屋敷ではなく、他の大きな街に屋敷を持っている貴族たちの別荘ばかりだった。
そのため昼だけではなく夜になっても明かりが灯る家はほとんどなく辺りは真っ暗で、通りは見回りをしている自警団のような男たちがたまに居る程度で他に人通りはない。
そんな貴族街の一番端。
赤い屋根をした二階建てのそこそこ大きな建物がツクモに教えられた屋敷だった。
その屋敷を見張れる場所に居るのはクルジュ、ケレス、サイラスにユキの幻影。
サイラスは屋敷の背後にある小さな丘の上。
屋敷の裏門が見える位置にうつ伏せで寝転んでいる。この暗闇の中では遠くから見ても岩にしか見えないだろう。
クルジュとケレス、ユキの幻影は屋敷の正面と右側面が見える場所……斜め向かいの屋敷の二階テラスに忍び込んでいた。
「留守の屋敷とはは言え、忍び込むのは少し気が引けるわね」
「えー……ここが良いって言ったのクルジュじゃん〜」
「それは……ほら、狙撃しやすいかなって……思ったんだもん」
『クルジュ確認する前に撃っちゃダメだからね?』
「わっ、わかってるわよ……ユキまで私のことをなんだと……」
基本的にクルジュはしっかりしているので大丈夫だも思っているユキだったが、キレると一番危ないと思っていることも確かだった。
「ねーねー、ユキ」
テラスの手すりに上半身を預けながらケレスがユキの幻影の肩をツンツンと突く。
ユキはクルジュのほうへチラリと視線を向けると、ケレスがユキ本体が何をやって居るのか聞いてきた。
だが
クルジュも屋敷へと視線を向けながらも聞いてくれて居るようだ。
「ん?
アイナ達がいる場所の距離はそこまで遠くないらしく、この幻影は
「うーん、何が良いかなぁー」
『なんでもいいよ適当で』
「ダメだよーユキと同じなんでしょ? 可愛い名前がいいな」
ケレスが側から見てもわかるほどウキウキした様子で名前を考え始めるのだが、いくつか出てきた名前を聞く限りセンスはあまり良くなかった。
『流石にビスマルクはどうかと……』
「え〜可愛いのに」
「じゃあ
六華、銀華、
正直これ以降出てくる予定があるかどうかはわからないのだが、確かにこういう別れて行動して居る時は名前があった方が便利だと思う
「シューカ? それも響きは可愛いね! じゃあシューカね!」
「ケレス、発音的にはシュウカ……じゃない?」
「シューカ……シュウカ……」
クルジュに発音を指摘されたケレスが何度か口の中で
クルジュも特に何もいうことなく、暗闇のテラスにうつ伏せになり、手すりの隙間から目標の屋敷に視線を向けたままだ。
「それにしても……誰も居ないね」
ここロマリの別荘街は
今はまだ季節的には秋のような気温なので、まだ観光客はほとんど来ないと聞いている。
『とりあえず誰もいないならそれに越したことは無いから……あっ!』
「んっ? シューカどしたのっ!?」
ケレスが反応するより早く、突然びっくりしたような声を出した
突然のことにあたりを見回すケレス。
だが先ほどまで隣に座っていた
「もしかして……ユキに何かあったの!?」
「ケレス、落ち着いて……幻影が消えるのは魔力切れか術者が意識を失った時や死んだ時もだけど、魔力を遮断された時とか色々理由はあるから」
あくまでも冷静にケレスを落ち着かそうとするクルジュだが、その内心はケレスより焦りを覚えていた。
ユキが自分より遥かに強いと思っているクルジュからしてみれば、ユキが突然幻影を維持できないほどの状態になるとは思えなかった。
何か起こり始めているのなら、事前にそのような警告を
「クルジュどうしよう……!?」
今にも飛び出していきそうなケレスを落ち着かせるためら自分がまず落ち着かなければと焦るクルジュだが、なんの情報も無い現状がさらに焦りを生んでしまう。
「まずケレスはサイラスに……
「そ、そうだよね……サイラスあっちの丘だよね! 行ってくる!」
「まって! ヴァルがこっちに飛んでくると思うから私はここで待つ。ケレスはサイラスと交流したら戻ってきて!」
「わかった!」
ひらりとテラスから飛び降り、着地すると同時に猛スピードで離れていくケレス。
「ユキ……ユキ……どうか、無事で……」
走り去るケレスの背中を見つめながら、残されたクルジュはギリッと奥歯を噛み締めすぐにでも廃坑へ走り出したくなる気持ちを必死に抑えるのだった。
――――――――――――――――――――
「クルジュナちゃん!」
「サイラス連れてきた!」
早く戻ってと祈るように待っていたクルジュにとってその数分は永遠のように感じられた。
だがそれも『転移』してきたヴァルと、サイラスを背負って戻ってきたケレスによって終わりを迎える。
「ケレス……なんでそんな……サイラス死にそうな顔してるよ」
「だってこの方が早い!」
「すまんクルジュナ、ケレスが突然走ってきてこれで全然状況がわからん」
小さなケレスの背で、巨大なケレスの両腕に拘束されたようなサイラス。
「クルジュナちゃん、ケレスちゃん! アイナと隊長が! いきなり爆走で! 霰華が消えて! それで私が合流して!」
「ヴァル、落ち着いて。全然わからない」
ヴァルはヴァルで何を言おうとしているのか理解してしまったクルジュだが、一度情報を共有するために全員でテラスに座らせて落ち着かせる。
「ユキの幻影が突然消えた。そうよね?」
「そうなの! いきなりフッて」
「最後に何か言ってた?」
「えっと、いきなり『なんだこれ』って言って、そのあと『あ、やば』って言って消えちゃった」
ヴァルの説明を聞く限りこちらと同じ状況のようだ。
元々ヴァルも方法は違うが幻影を使うことができる。そのため
最初から落ち着いていたサイラスがその話を聞き、アイナが飛び出したことに「不味いな」とこぼす。
アイナ、ケレス、クルジュナとサイラスは戦争時代からチームを組んでいた。
そのためお互いの性格はある程度理解しているのだが、サイラスとしてはケレスとクルジュナがこの場に留まっていたことに少し安堵を覚えていた。
「サイラス、どうする?」
「ユキのことも心配だが、アイナがまずい。裂けたら俺では戻せんぞ……座長も居ない今、ケレスでも止められんだろ」
「サイラス……それを言ったら、あなたもよ。落ち着いててね?」
「俺は落ち着いている。ケレスとクルジュも……いやお前たち二人がここに居てるだけで俺は安心してるがな」
サイラスの言葉は単純に無事な戦力という意味でない。
幼い年齢で戦争に参加していたアイナ、ケレス、クルジュナ。
この三名に関してはまさに『取扱注意』とサイラスが内心常日頃から考えていたことだった。
何しろ我を見失うと手がつけられないということを身に染みるほど知ってしまっているのだ。
全てを破壊しつくまで暴れまわる
全てを焼き尽くす
そしてロマリの近くにある丘陵地帯を美しい血吸華で埋め尽くすほど殺し尽くした、
サイラスはもちろん、アイナもケレスもクルジュナも互い力は当然知っている。
一番ヤバイとサイラスが内心で太鼓判を押していたアイナがすでに飛び出してしまっているが、ケレスとクルジュナが残っているのがせめてもの救いだった。
「私も――もう行っていい?」
「ヴァルまって。私たち『転移』使えないから……もうちょっと待って」
「ケレス、まずはアイナの確保。いい? ユキのこともあるけれどまずはアイナだからね」
「わ、わかった」
「ヴァル、ツクモのことお願いしていい?」
「私が居なくても隊長は強いよ?」
「それでもペアは決めておいた方が後々楽だから。サイラスは私と」
「おう、いつもの組み合わせだな」
状況がわからない時、戦場では仲間がバラバラになるのが一番まずい。
かと言って全員が固まっていてもリスクしかない。
そのため、クルジュはペアを決めてからユキの向かった廃坑へと向かうことにしたのだった。
実際のところ、ヴァルはアイナやケレスの実力をすべて知っているわけではなかったが、ツクモの強さ――ヤバさの片鱗については薄々知っていた。
はっきりと確信したのはつい先程、ユキの幻影――
「まずはアイナとツクモと合流、それからユキの方へと向かう。ヴァルお願いね!」
「わかった! 見える距離で魔力のこともあるからどこまでいけるかわからないけれど、なるべく頑張るわ」
そう言ってヴァルが即座に『転移』の魔技を発動させ屋敷のテラスから四人の姿がスッと消え失せた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます