089話-元鞘

「ちょ、ちょっとユキ!? あれ、みんなも、どうしたの? あ……あれっ? あれ……どうして……」


 俺に押し倒されびっくりした表情を見せたエイミーが、ベッドのまわりに集まっているアイナたちを見て更に驚いた顔をする。

 しかし次第に「どうして?」と自分に問いかけるようにつぶやき、頭を抱えてしまう。



「エイミーごめん、エイミーを助けるために精霊魔法の効果を全部アイリスに消してもらって……」

「……そう……そうだったの……」

「エイミーごめん……」


 俺は改めてエイミーに抱きついたまま謝罪の言葉をこぼすと、ミラがつかつかと足音を立ててベッドサイドへと立った。


「殿下――」

「……ミラ?」

「ご無沙汰しております。よくぞご無事で……」


 背筋に鉄骨でも入っているのかと思うほど綺麗な一礼を見せるミラと、あっさりとミラの名前を呼ぶエイミー。

 やはりエイミーの記憶が戻っていたようだった。





「みんな……ごめん……ごめんなさい。色々とご迷惑をおかけいたしました」


「エイミー……みんな、色々と手伝ってもらったんだけど、エイミーを探すのに集まったり別れたりしてたから、状況を整理したいんだけどいいかな」


「えぇ……え? 私を探すってどういう意味?」

「あー……っと、そうか、まずそこからか」


 少し長くなるかもと前を起きをしてから、俺はエイミーが舞台が終わった後突然姿を消したところからのことをエイミーに話して聞かせた。






「そうだったの……ごめんね、無理させちゃって……心配させちゃって……」


「それで、アイリスの魔技でエイミーに掛けられた『森の記憶ネムス・ミモリア』を消したんだけど、その時に他の精霊魔法も一緒に消えたってアイリスから説明を受けて」


「そう……だったんだ。じゃぁ次は私の番かな……」


 シーツをギュッと握りエイミーが話し始めたのは国が王国軍に攻撃され、全員が散り散りに逃げたときの話だった。

 エイミーは涙を流しながら、時に嗚咽しながらその時のことを話してくれた。


「国民を避難させたあと、私は最後に城の皆を逃がすため一人で森へと向かいました。そしてなんとか王国軍を引きつけ国を離れたのですが、数日飲まず食わずだったため見つけた河原で倒れてしまい……」



 このまま倒れ、もし王国軍に王女として捕まれば国民をおびき出すためのダシに使われてしまうと思ったエイミーは残った魔力で自身の記憶を封印したそうだ。


「誰にも見つからなくてもそのまま死ねるし、見つかっても記憶はないから拷問されても何も言えないから……そのときはそれぐらいしかやれることがなくて」


 王国軍からは逃げたとは言え、何も持たず森へと入り数日飲まず食わず。

 すでにそのときには意識が朦朧としていてあまり覚えていないらしい。




「雨に打たれながら自分が何者かわからなくて、どうして倒れているのかもわからなくて……一人で泣いてたところにアイナが現れたの」

「そうだったの……エイミー……頑張ったね」


 アイナがエイミーの顎をこちょこちょするとくすぐったそうにしたエイミーだったが直ぐに大粒の涙を流し始め、アイナに抱きつくと大声を上げて泣き始めたのだった。


――――――――――――――――――――


 それからエイミーはアイナ、リーチェやクルジュ、ケレスにサイラスとアイリス、ハンナとヘレス全員でたくさんの話をした。

 エイミーが保護された時の話から最近の話まで、ほとんどが楽しい思い出だったが、やはりエクルースのことを思い出してしまうのかエイミーは時折悲しそうな表情を見せる。


 アイナたちも気づいていたのだろうが、何も言わない。


 ちなみにヴァルはソファーに寝転んでゴロゴロしている。

 暇しているというより、邪魔をしないようにじっと話を聞いているだけという感じだったので、一応ヴァルなりに気を使っているのだろう。




(あとで地図を書かせるためだけに使わせた例の血の棺桶のお礼をしなくちゃな)


 あの血の棺桶、誰のモノでも作れるというわけではなく特定の条件が必要だそうだ。

 そしてそれはいざという時、自分の身代わりとして使えるヴァルにとっては命綱のようなものになるそうだ。


 前回宿で使わせたもので半身分、今回で更に半身分。

 どちらももう身代わりとしては使えず、タダのキーホルダー状態になっているそうだ。


「殿下――」

「もう、ミラ……殿下はやめて?」


「申し訳有りません。ですが一つだけ申し上げさせてください」


 ミラが背筋を正したままベッドに座ったままのエイミーをじっと見つめる。

 誰もがこの楽しい時間が、エイミーと過ごす時間が終わるのかと心に思っただろうか。


 それはエイミー自身も感じていただろう。

 王女としての責任と、『荒野の星』の歌手としての自分。


 天秤にかけることすら出来ない思い問題だ。




「……うん」

「殿下はどうか、ご自分の好きなようになさってください」

「ミラ……?」


 だがミラはあっさりと王女としての立場より、『荒野の星』の歌手エイミーとして好きにしろと言い放つ。


「となっては殿下も一人の女性なのです。ご自身のお好きなように――我々はいつでも殿下が母なる森にお戻りになるその日までお待ちしております」

「……ミラ、どうして……私は……国民のみんなを……責任が……」


 それはエイミーを王女として認めないとかそういった言葉ではなかった。

 心からエイミーに感謝し、これからのエイミーを思うからこその言葉だった。



「はい、いいえ殿下。では私が――元エクルース最高審議官のミラが国民を代表して愚言いたします。殿下は国民の皆に無事であるお姿を見せる義務があります。そのため、今まで通り『荒野の星』にて各地を回り、同胞にそのお姿をお見せください」


「でも……」



「殿下が皆を逃してくれたからこそ我々は今の生活があるのです。もちろん不満を持った同胞も居ることでしょう。ですが殿下に恨みを持つものなどおりません。それに――」

「……それに?」


「殿下もそろそろ女性としての喜びに目覚めるべきです」


 鉄面皮かと思われるような喋り方を続けていたミラがおもむろにニヤリと表情を歪ませ、エイミーの頬をツンツンと突く。

 その姿は王女と家臣というより、仲の良い姉妹のようだった。




「なっ!? なっ、なっ、何をっ……そっ、それを言うならミラだってっ」

「――わっ、私のことは今関係ありませんっ」


 エイミーが手をブンブンと振りながらミラに言い返すが、思わぬ反撃を食らったミラはあっさりと話をそらそうとしたのだが……。


(なんで二人して同じタイミングで俺のことを見るんだ!!)


 同時に俺に視線を注いだエイミーとミラ。

 お互いがその行動に気づき「えっ?」という表情を浮かべる。


(あっ、これダメな展開だ)


「ミラ?」

「エイミー殿下?」

「……」

「……」



「ユキ様、少々お話が」

「ユキ? ちょっと話があるんだけど」


 この場から一刻も早く逃げようと身を翻そうとしたところで、アイナに両腕を捕まれホールドされてしまう。


「ねぇユキ? まさかとは思うんだけどさぁ、ミラさんも?」

「…………」


「私言ったじゃん。ユキが奥さんを二桁作っても良いし、私は怒らないし、むしろ仲良くなりたいから紹介してね?って」

「はい……言われました」


「次はちゃんと教えてね?」


 くるっと身体を反転させられ、アイナに正面から抱きつかれそのまま唇を奪われた。


「むぐっ――っ!?」




「ちょっ! ア、アイナ! 抜け駆けずるい!」


「……殿下にも少々お話があるのですが?」

「そ、それだったら私だってミラに話があるんだけど?」


 そうしてエイミーとミラ、アイナと俺、そこにケレスとリーチェまで加わり、最後にはクルジュナまで加わり、ぎゃーぎゃーと騒ぎながら夜は更けていったのだった。

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