092話-トカゲと追いかけっこ

『見つけたぞ』


 大量の剣と矢を『収納』に放り込み、武器屋を出てすぐ六華から連絡が入った。


『追われてるな』


 ツクモさんが何者かに追われているという声ですぐに六華の視界の共有をする。


「……なにあれ」

『地竜……だっけ?』


 トカゲがそのまま巨大化したような魔獣が森の中をダンプカーのように木々をなぎ倒しながら進んでいる。

 その先には木々を縫うようにして駆けている狐耳と尻尾を生やした幼女。


 手に長いロープを持っており、その先にはあの男が白目を向いて縛られていた。




『釣りでもしてるのかね、あれは』


「……釣りに見えなくもないが」



 確かに六華の言うように、アウスを餌にして地竜を誘導しているようにも見える。


「とりあえず、そこまで飛ぶ――『転移』」



 状況はよくわからないが、少し面白そうだったので、木の上から見ているであろう六華のもとへと『転移』することにした。

 視界が暗転し、一瞬後に足元が石畳の地面から木の枝へと変わる。




『かなり早い』

「砂煙でどこにいるかはなんとなくわかるけどな」


 少し離れた先の木々が次々となぎ倒されているのがよくわかる。

 周りに民家や村はないようだが、自然破壊も良いところだ。


 いつまでも眺めていても進まないので、ツクモさんの所へと向かうことにした。




「――『飛翔』」


 この魔技を再び使うことになるとは思わなかったが、今回のような捜査の仕事だと『転移』で一気に近づき『飛翔』で細かく探すというのが一番手っ取り早い。



 俺は木々の間を飛びながら、先に見える土埃を目指していく。

 大きな木の幹を避け、生茂る枝を抜けてなるべく障害のない木々の上にでて一気に近寄っていく。


「思ってたよりデカい……ツクモさんは……あの辺りかな」


 地竜の前方、小さな影が大きな木の枝の上をジャンプしながら森の奥へと向かっているようだった。



「魔力を強めたら加速……これぐらいかな」


 徐々にツクモさんとの距離が詰まり、数分後にはすぐ下にツクモさんの姿を捉えたのだった。



――――――――――――――――――――


「ツクモさんっ!」

「――っ!?」


「なにしてるんですかーっ!?」


 俺はなるべく声を上げ、ツクモさんの少し上空を並走するようにして声をかける。




「ユ、ユキ様っ!?」


「その呼び方やめて貰えません? それよりアレなんですか?」


「山中に怪しげな集団がいてまして――仲間が突入する間の時間稼ぎですっ!」




 俺のことを認識したツクモさんは驚いた様子もなく、分かりやすく状況を教えてくれた。


「……倒した方が早くないですか?」

「たっ、倒せませんよ! 地竜ですよ! こうして餌で釣っているだけでもギリギリですっ! ユキ様も危ないので離れていてください」



 なるほど、ツクモさんのあの魔技でもダメージが与えられないということだろう。

 一瞬「倒してしまっても〜」というセリフが脳内に浮かぶが、実際デカイだけで倒せそうではある。

 

「ちょっとやってみるか」




 俺は空中で静止し、木々をなぎ倒しながら走ってくる巨体を迎え撃つことにした。


「射出!!」

 

 仕入れたばかりの剣を収納から剣先だけ取り出し、左右へ二本展開する。

 そして俺の号令とともに弾き出された剣が風切り音を残しながら地竜へと向かう。


――ガキィン


 とてもいい音が響き、俺がちょっと格好いいなと思っていた新技はあっさりと防がれたのだった。


「ユ、ユキ様っこっちへ! 攻撃系の魔技は効きません! 拘束系か呪術系でないと!」


 木の枝を飛び移り続けていたツクモさんは俺が止まっていることに気づかなかったらしく、かなり離れた距離で止まり大声でこっちへ来いと叫ぶ。





「拘束系が効くなら問題ないよ――『封魔』」


 地竜の正面に大きな魔力のサークルが現れ、そこから発射されるように何十本もの鎖が射出され、地竜の足を中心に束縛していく。



 何本もブチブチとちぎられて行くが、そのたびに新しい鎖を射出していく。


 そして地竜の動きが見る見るうちに鈍くなり、ついに停止した。

 だが、まだ顎門を開けながら唸り声を上げ続けており、鎖を解くと襲いかかってきそうだ。




「ユキ様……凄いです……」

「効くかな……『洗脳』」


 俺はすぐ下で感嘆の声を上げているツクモさんに気づかず、周りに効果をぶちまけてしまう『洗脳』を使ってしまった。



「……ユ、ユキ様っ、愛しておりますっ!」

「うわっ、ちょっ、ツクモさんどこに居たんですかっ!? というか『洗脳』ってこんな効果じゃなかったのに!!」


 突然下からロケットのように飛び上がってきた狐っ子が首筋に抱きつき顔をペロペロと犬のように舐められる。




「ちょっ、まっ、待ってって……――待てっ!」

「――!?  はっ、はいっ!」


 俺に抱きついたまま『待て』をするツクモさん。今はそれよりツクモさんが手にもっていたアレの行方が気になる。




「ツクモさん……あの……アレス……でしたっけ? 彼はどこに?」

「引き返すときに木に結んで来ましたぁ〜」


 アレまで効果が及んでいたらどうしようかと思ったが、助かった。


――グルルル


 地竜には『洗脳』の効果が出たのか、今にも飛びかかってきそうだったのにすっかりおとなしくなっていた。


 蜥蜴をそのまま巨大なトレーラーぐらいに引き伸ばしたような長さ。

 高さはそれ以上だろうか。




「ユキ様、そいつはもう大丈夫なのですか?」

「あ、あぁ……ちょっと離れて……」


「そんな……ユキ様のいけず……」


 やはり変な方向に『洗脳』の効果が出ている気がするが、残念ながらこれ俺が近くにいる限り解けないらしい。

 『らしい』というのは試したことが無いだけなので、どうなるのかは正直よくわからない。




「それにしてもこれどうしようか」

「洗脳と仰ってましたか……それならペットにでもしますか?」


「……それより、こんなのを飼ってる怪しげな集団ってなんなの!?」


「漏れ聞こえた話によると、二代ほど前のお頭とやらが拾ったトカゲだそうです。手塩にかけて育てていたらこうなったと」




 絶対トカゲではない。

 地竜を子供から育てちゃったのか……てことはこいつはまだ子供?


 竜の寿命を考えると、まだまだ育ち盛りの年齢だとしてもおかしくはない。




「その集団とやらは道化商会ジョクラトルの関係者?」

「わかりません。ただ、人攫いの山賊としてこの辺りでは恐れられてまして……実際若い女が何人も行方不明になっていると聞きました」


「奴隷目当て?」

「わかりません。ですが山賊にしては小綺麗で商隊や村を襲っている形跡がないことから目星をつけた次第です」



 山賊や盗賊といった奴らは基本的にイメージ通り、世間からはじき出された人間が徒党を組んでいることがほとんどだ。


 集団だがいざと言う時は我先に逃げる。

 その程度の集団なので組織的に何かをすることは無く、せいぜい商隊を襲うぐらいだ。




「ですが、そろそろ家探しも終わっている頃でしょうし、ご案内しますねユキ様」


 やっと隣へと降りてくれたツクモさんだが、尻尾がブンブンと揺れていてまるで仔犬のようだった。



「いや、俺は今後の予定を伝えに来ただけだから、ツクモさんに任せます」

「――えっ……」


 時間はまだまだあるのだが、魔技の影響を早い目に解いてしまいたい。

 ただでさえ押掛女房的な感じなので、なるべく素早く離れたいのだ。




「――ぁ」


 だが、しゅんとしてしまったツクモさんが口を開きかけた時、プシュという心地よい音が微かに聞こえた。


「……ん?」


 そしてその直後、少し離れたところに鎖で巻かれていた地竜が頭から血を流し、短い唸り声を残し動かなくなってしまった。




「――えっ? やば、ツクモさんこっちへっ!」


 俺はツクモさんの手を引き森の中へと降り、地竜を陰にして反対側へと回り込む。


「な、なんじゃ……今のは……魔技の攻撃?」


 眉間から血を流し動かなくなった地竜。

 俺たちは木のてっぺんから少し空中に上がったところ。

 もし先ほどの攻撃が俺たちを狙ったとすると……。



 俺は射線を辿り、何もない晴れた空に目を凝らしながら探すが誰の姿も見えない。

 『探知』を発動するも近くに他人の反応は無い。


 ―ーだが。


 俺たちが身を隠している木の幹の上の方が抉れると木屑がボロボロと落ちてきた直後、再びあの音が耳に届いたのだった。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る