018話-深夜の攻防

「……むぅ」


 眠って少し経ったぐらいだろうか。

 妙な息苦しさで意識が覚醒してしまう。


 目を開けると辺りは薄暗いランプの明かりがいくつか灯っているだけで、あちこちから寝息が聞こえてくる。


(くるし……だ、誰だこれ)


 徐々に意識がはっきりしてくると、腹の上に誰かが頭を乗せているんだと気づいた。


(この香り……アイナか……熱い……)


 俺は胸の上に乗っかっているアイナの頭を両手でそっと抱き抱え、すぐ隣にそっと寝かし、改めて横になる。





「んー……うー……」


 だがアイナはすぐにもぞもぞと動き始め、再び俺の上に乗っかってくる。

 そして今度は腕を俺の首に絡め、頬擦りまでされる。


 アイナの頬が顔に触れ、一気に眠気が吹っ飛んでしまう。


 胸の感触と目のすぐ下で動く猫の耳。

 俺の太腿に尻尾を絡めているのか、ふさふさとした毛皮のような感触がする。


「あ、アイナ……」

「んー……んゅ……」


 身体をよじって起こそうとしてもますますぎゅっと抱きつかれる。


「や、やばい……このままでは男としてまずいことになる……」


 必死に気をそらしていたのだが、いろんなものが反応しだす。

 身体を横に向けて逃げようと、左手を動かし床を押さえる。


(む、胸の感触が……)


 アイナの胸の間に腕が入ったらしく、ぎゅむっとした柔らかい膨らみを意識してしまう。


(これで……横を向けば落ちるはず……!)


「うぅ〜ん……もう……食べられないよぉ……」


 だが今度は反対側からぇエイミーが腕に抱きついて来てしまった。



「――――っ!!」


 エイミーまで俺を抱き枕のように抱きついてきて、完全に身動きが取れなくなる。


(なにがやばいって、俺の理性がやばい――座長助けて!)


 実際問題、ガバッと起き上がれば済む話だったのだが、焦りまくった俺はなぜかその考えに至らなかった。


(――あっ……さっきの座長の魔技で逃げれば……!)




 名案を思いついたと思い、俺は早速自分の手帳を出現させる。

 手の先ではなく、祈った通り目の前に現れて勝手にページがパラパラと開く。


 既に記載されていた魔技の続きにさにほど座長が紡いだ言葉が問題なく表示されていた。



(よし、これで少し違う場所に移動すれば――!)


 俺は早速、少し離れた位置をイメージして『実行』と念じると、体がふわっと浮いたような感じがしてムニっと柔らかいものの上に着地した。





(こ、これで成功した……けど、誰だこれ)


 明らかに誰かの上に出てしまったようで、うつ伏せになった俺の下に服の感触がある。


(高さがぴったりの位置で助かった――早く退けなきゃ)


 少しでも高い位置だと、落ちた衝撃で起こしてしまうところだった。

 俺はそっと床に手をつき、足の位置を確かめてゆっくりと床に膝をつく。



「ん……う~ん……ぃ……」


 可愛らしい寝言をこぼす薄い唇。

 ふわっと薔薇のような香りがする。


(――っ!! やばい、クルジュナだ!)


 そこで気づいてしまったのが悪かった。

 慌てた俺は、急いでどけようとしてクルジュナの太ももを膝でむぎゅっと押してしまう。


「ん……いたぁい……なに…………――っ!!??」



 クルジュナのぽやっとした寝起きの瞳が一瞬で見開かれる。

 薄い唇が少し開いては閉じを繰り返すのを、俺は動けずに見下ろして眺めていることしか出来なかった。


「あ、あの……こ、これはちがくて……その……ごめんすぐ退けるから」



 他の人を起こさないようになるべく小声で必死に言い訳をするが、アルコールが回っており、寝起きの頭ではまともなセリフが出てくるはずもなかった。





「ん……」


 だがクルジュナは叫ぶことも怒ることもせず、そっと俺の背中に手を回し、ゆっくりと身体を横に向ける。


「ク、クルジュナ……」

「…………」


 名前を呼ぶも反応が無い。

 代わりに背中に回された腕に少し力が入った。


「あ、あの……アイナとエイミーが寝ぼけてて……座長の魔技で……逃げたらここに……」


 なんとか言い訳をしたのだが、やはりクルジュナからの反応はない。

 代わりに背中に回された手が頭へと移動する。



(あ、首ポキってやられて死ぬ……)



 かなり本気でそう思ってしまったのだが、クルジュナはそのまま俺の頭を撫で始める。


(……助かった……のか?)


 クルジュナに優しく撫でられ動けないでいると、徐々に眠気が襲ってきていつのまにか眠りに落ちたのだった。



――――――――――――――――――――


「ん……ぁ……ねむ……」


 少し寝れたかなと思いながら目を開けると、頭の下に何かが敷かれていた。

 枕かなと思ったのだが妙に暖かい。



「んぁ……なに……?」

「あ、ユキおはよう」


 重いまぶたを無理やり開けると、俺の顔を覗き込んでいるケレスの顔があった。



「ケレス……なにしてるの?」

「膝枕だよ〜ユキがなんだかうなされていたから」


 俺はゆっくり上半身を起こし、あぐらをかいて座る。

 周りではハンナがまだ寝こけていたのだが、他の面々の姿は既になかった。


「うなされてた?」

「うん、それでさっきまでエイミーが膝枕してたんだけど用意があるから私が交代したの」


「そっか……ありがと」

「……怖い夢でも見た?」


「んーそんな記憶はないんだけど……そういえばみんなは?」

「朝の運動……的な?」



 アイナとは違う意味で元気系お姉さんというイメージのケレス。

 昨日あんなに飲んでいたのに、二日酔いしているような気配もない。


「運動……か……俺も体がバキバキする」

「んふふ……それよりユキ。どうしてここで寝てたの?」


「え……っ……と……」

「クルジュナがユキのこと抱き枕みたいにして寝てたからすっごいびっくりしたよ私は」




 どうやらあの時の体勢のまま二人とも寝落ちたらしい。

 昨日の夜のことをケレスに説明すると、ケレスがけらけらと笑いだす。


「あっはっはっ……はぁっ、はぁっ、そっかー、私ユキがクルジュナに寝込みを襲われたのかと思ったわよ」


「……クルジュナ何か言ってた?」

「私が起きたらクルジュも一緒に起きたんだけど、すっごい形相で外へ走って逃げてった」


「…………」


 すごい形相とやらがどっちの方向性か気になるが、最近のクルジュナの反応を考えれば命の危険はないだろう。


「もうすぐエイミーとリーチェが朝ご飯買って戻ってくるから着替えちゃおっか」

「あ、そうだね」


 俺は座長にもらった少し大きい目の服と今着ている服を交互に着ていた。

 麻の服でゴワゴワしたものだったが、最近は気慣れてきた。


「はーい、ほら、ばんざーい」


 俺の正面に座ったままのケレスが俺の服の裾をあげようとする。


「わっ、ちょ、ケレス! 自分でできるよ」

「もう、たまには良いじゃないーほらほら、諦めて脱ぎなよー」


 俺が後退ろうとすると、ケレスが四つん這いになって這い寄ってくる。



「ふふっ、じゅるり……」

「ちょっ、ケレス、怖い怖い、目が怖いって!」


 獲物を狙うようなケレスの目。

 アイナの戦闘モードのときとはまた違った獣のような瞳。


「ほら、ユキ捕まえたーっ」


 あっさりとケレスに覆い被さられ、下からケレスを見上げる格好になる。


「ユキ、どうしたの〜? おねーさんのお胸が気になる?」

「ちょっ……!」


――パァンッ!

「あいたっ!」


 もう昨日のように座長の魔技で逃げようと構えたとき、ケレスの頭が誰かに叩かれたような音がした。




「はぁ、冗談はこれぐらいにして……ほら、ユキおいで」


 ケレスが上半身を起こしながら、俺の手を引っ張る。


「わっ……」


 無理やり起こされた俺は、床に座ったケレスに前から抱きつく体勢になってしまう。




「あ……アイナおはよう……?」


 ケレスの肩に顔を置くような形になり、ケレスの背後を見ると、トレイを片手に持ったアイナが立っていた。


「ユキおはよー! だめだよーケレスは本気で蹴り返すぐらいしやきゃ、食べられちゃうよ」


 食べられるというのはどっちの意味だろうか。

 羊のような角を生やしたケレスだが、個人的には悪魔なのではないかと思っている今日この頃。


(魂の方だったらどうしよう……あっ、ケレスってアイナより体温高い……あったかい)


 アイナほど引き締まっていない女の子らしい体つきのケレスにギュッと抱きしめられる。


「ユキ、ケレスに抱きついてどうしたの? 怖い夢見た?」


 今度はエイミーとその後ろにリーチェがサンドウィッチを並べたトレイを持って立っていた。


「エイミー、リーチェおはよう……これは、そのケレスが」

「それより朝ごはん食べちゃおーもうすぐみんな帰ってくるから」


「ユキ、ハンナも起こしてあげて」


 アイナに言われて、俺は少し名残惜しさを感じながら立ち上がりすぐに後ろを向く。

 そして四つん這いで壁沿いでシーツにくるまって寝ているハンナを揺すり起こす。


「ハンナー、ヘレスー朝だよー」




「ユキもやっぱり男なんだ……」

「……だね」

「あわわ……ケレスずるい」

「えぇ……私? 朝だからでしょ?」




 俺は背後から聞こえる話し声を全力で無視して、ハンナと壁の間で寝ていたヘレスも起こす。


「ん……んん……ユキ? おはよぉ……」


 ヘレスが目を覚ますが、ハンナが起きる気配がない。


「ハンナも、朝ごはんだよー」

「んんー! あとごふん……むにゃ……」

「ハンナ、寝起きが悪いのよね~」


 ハンナはゴロンと寝返りをして仰向けになって再び寝始める。



「ほらハンナ起きなよーお腹出てるよーユキに見られてるよー……触られるよ? あ、ユキだめだよー」

「えぇ……」


 俺は床座ったままなのだが、ヘレスがハンナの耳元でそんなことを呟き始める。


「あーユキ、そこはだめだってー、さすがに……それは二人っきりの時の方が」

「へ、ヘレス何言ってるんだよ!」



「――っっ!!」


 突然ガバッと起き上がるハンナ。

 あたりをキョロキョロして、俺と視線が合う。


「…………何したの?」

「……なにもしてない、してない。ヘレスが勝手に喋ってただけだよ」


 ハンナがジト目をヘレスへと向ける。

 油の切れたロボットのような動きだった。


「ハンナおはよう」

「ヘレス……その起こし方やめてって何度言えば……」


(何度もこんな起こし方されてるんだ……俺に対する風評被害じゃないかなこれ)



「ほらヘレスもハンナも、朝ごはんだよ」


 ヘレスが手櫛です髪を整え、おへそが見えていた服を整えて座り込む。

 相変わらずジト目のまま俺の顔をじっと睨みつけるヘレス。


「……ほんとに何もしてないの?」

「してないって……」

「……そっか」


(えぇ……それどういう反応!?)


 少しシュンとした顔をしたヘレスだったが、すぐに「ほらハンナ行くよ」とリーチェの元へと行ってしまった。




(……女心は分からん……)


 俺も一端の大人だし、アイドル達相手に仕事をしてきたのでそれなりにはわかっている……はずだ。

 だが秋の空以上にコロコロと変化する女心を予想する事は未だに難しすぎる。





「お、みんな起きたね?」


 背後から座長の声がして振り返ると、サイラスやアイリスの姿も見えた。

 みんな首にタオルを巻いており、どうやらランニングでもしてきたようだった。


「じゃあ、食事にするよー! みんな座ってー」


 リーチェの元気な声に、全員が車座になる。


「今日も公演がんばろー!」


 そんな元気いっぱいのセリフで全員がサンドウィッチを頬張り始めたのだった。

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