121話-地雷と理不尽

「私は果実水で大丈夫です」

「あ、ツクモ飲めないんだね、了解!」


 俺はウェイトレスさんにお酒と果実水を頼むと、テーブルに並べられたフライドポテトのようなものを一口つまむ。


 口の中に広がるのは想像していたしょっぱい味ではなく、正反対の激甘だった。





「……甘い……まさか甘いとは」

「ユキ様は甘いのは苦手ですが?」



「ああ、いや、苦手じゃ無いんだけど、食べる前に想像していた味と逆だったからびっくりしただけ」


「ふふっ、そうですか」




 ツクモがぴこぴこと頭の耳を揺れ動かす。

 みれば椅子の背もたれの間から垂れた尻尾も心なしか揺れ動いているように見えた。


「その耳と尻尾って本当にみんな見えていないんだよね」

「え、えぇ……普通は見えないはずです……けれど、最近立て続けに見破られているので自信がなく無くなっています」




 確か一族の秘術でその技を見破れるような異性と子供を作れと言われていると聞いた気がする。

 考えてみればツクモとは何度も話をしているのに全然ツクモのことを知らないことに気づいた。


 これも完全に俺が興味を示していないのが原因で、何を聞いたらいいのかがまだ分かっていないからと自分へ言い訳をする。

 しかし一緒に仕事をしているしここは俺の方から色々質問した方がいいかなと思い、せっかくの機会なのでツクモと少し話をすることにした。




「ツクモのこと色々と聞いても良い?」

「はっ、はい、是非っ! 何でもおたずねくださいっ!」


 改めて観察した所で、相変わらず小学生のような身長に先が黒くなっている狐耳と尻尾。

 アイナの尻尾やエイミーの耳のように感情に合わせてふりふりと動いたり、ぶわっと膨らんだりしているのを何度か見たことがある。


 耳と同じ色の金髪を肩口まで伸ばした髪。

 ぱっちりとした目に薄い唇はほんのり桃色という、大人になったら絶対美人になるだろうなという容姿である。




「所属しているルミノックスって、ツクモが作ったの?」

「創立者は私の父です。今は引退して姉が責任者になっております」


 王国と帝国での戦争で、傭兵の派遣や情報屋としてそれなりに有名だったというルミノックス。

 戦争が終わってからは人探しや裏の仕事などで食いつないでいるらしいが、その財政状況はあまり良くないらしい。


 というよりも、そこまでぶっちゃけられても反応に困るのだが、嬉しそうに話すツクモを見ていると「ストップ」とは言えなかった。




「それでですね。戦争が終わった辺りで私が隊長になって、やっと部下を十人ほど任されたんです」

「えっと、ごめん、一つだけ聞いて置きたいんだけどいいかな?」


 戦争が終わってから隊長になったと嬉しそうに教えてくれるツクモ。

 戦争が終わったのは十年ほど前。

 その前からルミノックスで諜報活動をしていたそうだ。




「ツクモってさ……何歳?」

「ほえ……あぁ、えっと……何歳でしたっけ……二百ぐらいまでは数えていたんですが……三百は行っていないかと」

 


「えぇぇぇっっ!? 隊長ってそんなにバ……お年を召していたんですかっ!?」

「ヴァル、いまなんて言いかけた?」

「あ、ユキユキそこは突っ込んじゃいやっ」




「ヴァル、あとで稽古をつけてやる」

「ひうっ……」

「……ヴァルのほうが年上じゃん」


「――っ!?」

「そういやそうだった」


 ヴァルが舌をチロッと出してVサインをしたので、指を持って反対側に反らしてみる。




「いだっ、いだいっ! ユキひどいっ、最近だんだん私の扱いが雑!」

「ユキ様、本当ですか?」




「本当って何が?」

「ヴァルが、ヴァレンシアが私より年上ということです」




「あー……あれ? ヴァル、これ言っちゃダメだったやつ?」


「ヴァル、確か十七歳とか言っていなかったか? 無理やり結婚させられそうになって逃げてきて、匿ってくれって言っていなかったかのう?」


「…………あー……そうだっけ? そうでしたっけ?」




 ツクモが椅子の上に立ち上がると、その小さな身体の周りにぶわっと俺でもわかるほどの魔力の塊が放出される。

 机の皿やグラスがカタカタと揺れ動き始め、アイナやケレスが自分のグラスと皿を持ち上げて避難させていた。


 ぐるっと見ると、ほかも全員が自分の食器を持ち上げて少し椅子を引いて避難する体制を取り始める。




「あー……あのな、ツクモ。ヴァルにも事情があったんだ。俺の顔でなんとかなるかはわからないけど、許してあげてほしい」




 これはヴァルの命的な意味で危ないなと感じてとっさにツクモの小さな手をキュッと握り、落ち着かせる。

 しばらく俺と視線を合わせていたツクモだが、数秒ほどしてから「はぁ」と短いため息とともに椅子へと座り直した。




「ユキ様に免じて聞かなかったことにしてやるが、次はないからな?」

「はぁい、隊長ありがとうっ! ユキもありがとね。ユキのせいだけど」



「ぐっ……す、すまん」

「あはは、私が言ってなかったのが悪かったんだから良いよ~」


 ツクモの怒りは一瞬で鎮火したらしく、席に座って両手でグラスを掴みコクコクと果実水を飲む姿を見て胸をなでおろす。

 



「それよりツクモの一族ってどれぐらい居るの?」

「私の家族と姉の家族……他は居ません……その……数十年前に前に里が滅ぼされまして」




 ツクモが目を伏せながら果実水を飲む。

 いきなり地雷を踏んでしまったと後悔したものの、既に聞いてしまったことは仕方がない。


「ごめん」

「いえ、ユキ様が謝られることではありません。でもそういう事情もあって私は世継ぎを作らなければならないのです。数千年続く一族の血をここで途絶えさせるわけには……」


 ツクモが言うには、彼女たちの一族が滅ぼされかけたのはその尻尾が原因らしい。その尻尾にはとても高い魔力が宿っており、それを狙ったと言う話だ。




「す、すいません、こんな話で」

「俺こそごめん。とりあえずおかわり頼もうか」


 ツクモのグラスが空になっていたのでおかわりを頼み、話題を変えることにした俺は少しだけ気になっていたことを尋ねてみることにした。

 流石にこの話は地雷ではないと信じたい。




「あの何だっけ、ツクモやヴァルと一緒にいた……アウスだっけ」

「アウスがどうかしましたか?」


「最近見かけないけれど何やっているのかなぁって」


 最後に見たのはどこだったかな。

 確か首都の街中でツクモとバトっていてその後に見かけたかどうか思い出せない。


「アウスは色々と調子に乗った罰として帝国の北地送りにしました。どこまでも続く雪原を転がり回りながら仕事をしてるのではないでしょうか」


「……シベリア送りかよ」

「んー? ユキどしたのー? シベリア送りされた先輩の話?」


「なんだヴァル知ってたのか」

「そりゃ一応元相方というか先輩だし」




「ヴァルもツクモとバトってたけど、何でおまえは飛ばされてないんだ?」


「うぐっ……ユキユキ、やっぱり私のこと嫌いでしょ?」

「ユキ様がヴァルにご執心だと伺ったので、ヴァルには今回の任務に参加させました」


 俺がヴァルにご執心。

 誰がそんな話をしたのだろうかと一瞬考えたのだが、冷静になると考えるまでもなかった。




「…………」


 容疑者の方に視線を向けると、ものすごい勢いで顔を逸らすヴァル。


 問い詰めようかとも思ったが、ヴァルには世話になっていることも確かだしあえて黙っておくことにしよう。




「ところでユキ様は……その……私としとねを共にしていただくことを改めてお願いしてもよろしいでしょうか?」


「――ぶっ!?」

「た、隊長!?」

「ちょっ、ツクモさん!?」

「うっわ」


 突然こんな席でとんでもない事を言い始めたツクモに全員の視線が集まる。


 ハンナとヘレスはクルジュ2世かと思うほどの厳しい視線を向けてくるし、ケレスとクルジュの焦った顔。

 アイナとヴァルはいつのまに移動したのか、すでに俺の両隣へと移動してきていた。




「ユキ……だめよ? そんな小さな子に手を出しちゃ」

「エイミー!? だ、出さないよっ」

「……手を出して……頂けないのですか……ぐすっ……」

「ツクモ!?」


 エイミーが頬をぷくっと膨らませ、俺は咄嗟に否定したのが悪かったのか?

 突然ツクモが泣き出したせいで、今度は俺に全員の視線が集中するのだった。

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